6.10.氷輪御殿
魔法袋に手を入れたレミは、一つの武器を掴んだ。
取り出すのを一瞬だけ躊躇ってしまったが、乱馬が構えたのを見て覚悟を決める。
ぐっと引っ張り出した薙刀は、淡い水色をしていた。
長い柄、控えめに反られた細めの刃。
穂の根本は細い縄で綺麗に縛られており、そこから続く柄は様々な文様が描かれている。
これはこの薙刀がこの世界に来て出現したものだ。
なんなら、この紋様は本当の持ち主を失った二百四十年後に現れた。
青と白色で様々な紋様が描かれた薙刀。
柄が明るい色であるために、穂も少し明るく見えた。
レミはそれをしっかりと手に取り、基本姿勢を取る。
薙刀の穂を下にし、柄を垂直に立てて身に寄せる。
優しく手で支えながら、今倒すべき敵を見た。
「氷輪御殿。このお方の名前です」
「ほぉ。隼丸。俺の相方たちだ」
喋ることが好きな乱馬だったが、これ以上の発言は自重した。
即座に構えを変え、防衛姿勢を取る。
なぜならば、先ほどまで逃げて遠距離攻撃を仕掛けてきたレミが突っ込んできたからだ。
姿勢を低く、刃で風を切りながら大きく横に薙ぐ。
その射程は氷輪御殿を手に持っている位置のせいで短い。
面白い薙刀の使い方だと乱馬は警戒し、一度距離を取ったがすぐに踏ん張って魔法を使って移動する。
その位置はレミの真隣だ。
彼の魔法は、カット。
三秒の間にできる行動をすべてカットすることができる。
一度使うと一秒はこの魔法が使えないという難点と、移動した瞬間は彼も視界に入る情報を頭で整理して攻撃に移らなければならないので若干の遅延がある。
これを使いこなすのにずいぶんな時間を有してしまったが、今では完全に自分のものになっていた。
ちなみに乱馬はこの魔法をカットではなく“邪魔されない高速移動”として捉えている。
この魔法は面白い。
捕らえられても『ここまで移動したい』と思えばすぐに逃げることができるのだ。
だからレミが氷魔法で乱馬の足を捕らえた時も逃げ出すことができた。
穴に落とされた時もあるが、あの時はこの魔法が“三秒前”の間であればそこから“三秒後”に進む時間を選択することができたので、落とされる一秒前に戻り、そこから三秒できるだけ遠くに移動したため穴に落ちることなく逃げ出すことができたのだ。
そして初見では絶対に回避することができない。
なので楽しみたい相手を何度も一撃で倒してしまった苦い魔法でもあった。
だからレミ相手でも……いや、誰に対しても一撃は自分の魔法がどのようなものなのかを考えさせる。
それでわからなければ、所詮その程度の人間というだけだ。
楽しむ理由がない。
レミの真隣に出現した乱馬は予想していた風景が視界の中に飛び込んできたため、すぐに行動に移る。
振り上げていた隼丸の一振りを渾身の力で振り下ろし、レミの頭をかち割ろうとする。
相手は気付いていないのでいけると思ったが、さきほどの殺気をだだ漏れにしているのだ。
レミが気付かないはずがない。
グルンと頭上で氷輪御殿を旋回させて隼丸を弾く。
その威力は絶大で、先ほど使っていた鈍ら薙刀の比ではない。
一度弾かれただけで体が持っていかれた。
体勢を大きく崩されてしまう。
「おおっとととっ!」
「永氷流……永輪」
「津間津二振り雀の型!」
遠心力を殺さず振り下ろされた氷輪御殿を何とか回避した乱馬だったが、レミの追撃がいつまでも続いてくる。
それを察知した乱馬はようやく自身が本当に有する流派の一つを使い、その攻撃をすべて往なす。
旋回、回転を駆使して様々な方向から薙刀を連続で振るうレミに対し、乱馬は下段からの切り上げてそのすべてを往なし、弾き、時には攻撃を加えていく。
普段であれば乱馬の多連攻撃が相手をすぐに切り裂くのだが、レミの振るう氷輪御殿から繰り出される一撃一撃には遠心力が乗り切っており、一度弾くだけでも相当な力を入れなければならなかった。
少し間違えればまた体が崩される。
実際今も弾かれてすぐに体勢を立て直す、を繰り返していた。
その為乱馬の得意な間合いへと持っていけない。
攻撃をしてはみるが、どうしても一歩届かなかった。
これは得物の長さによる差だ。
再び上段から氷輪御殿が振り下ろされる。
それを二振りの隼丸でしっかりと受け止めようやくレミの連撃が一時的に中断された。
「津間津二振り鳶の型!」
氷輪御殿を払いのけ、二振りの隼丸を右脇構えに降ろして同方向からの斬撃を繰り出す。
大きく一歩踏み込み、下駄がカコンッと鳴った。
払いのけられた勢いを利用したレミは氷輪御殿をぐるりと回して半歩引く。
下がりながら遠心力を乗せた攻撃を繰り出して掬い上げる様にして切り込まれた隼丸を完全に弾いた。
乱馬の体勢が大きく崩れ、三歩後退する。
石突付近を思い切り握り込み、大きく一歩踏み込んで追撃した。
「永氷流、氷湖一閃」
凍った湖の上で物が遠くまで滑っていく勢いを模し、真横からの斬撃を繰り出す。
振り回すようにして繰り出された攻撃は強力だ。
乱馬が何とか踏ん張って隼丸を迫りくる氷輪御殿に叩きつけたが、勢いはまったく殺されることなく逆に乱馬が吹き飛んだ。
自分よりか弱い女にここまで翻弄されるとは思っていなかった。
たたらを踏みながら体勢を立て直し、追撃が来なかったことに少しだけほっとする。
ん? ほっとする?
乱馬は今自分が抱いた感情に疑問符を浮かべた。
今戦っている相手に対して恐怖を抱き、次攻撃されたら防げなかったことに悔しさではなく安堵を浮かべてしまった自分がいる。
今自分は戦いを一切楽しんでいない。
死ぬか殺すかの瀬戸際をひた走っている状態だ。
腕を見てみると、痺れて少しだけ震えている。
魔法を使うことすら忘れ、とにかく抗っていた。
こんなことはこの世界にくる以前から一度もなかった経験だ。
乱馬は自分より強い相手とほとんど戦ったことがない。
攻撃を尽く弾き、傷を癒され、更に自分が劣勢になる状況など……数えるくらいしかなかった。
久しく感じていなかった高ぶり。
心拍数が上がり、今まで彼の顔に張り付いていた余裕の表情は既に消え去っていた。
笠を手で上げる。
そこから伺えた乱馬の顔は、とても真剣な面持ちだった。
咥えていた細い枝をフッと飛ばし、片手に持っていた隼丸の切っ先をレミに向ける。
「では俺も、本気で行こう」
一振りを肩に担ぎ、一振りの切っ先をレミに向ける。
体は横を向いており、独特な構えが再び呼び出された。
「津間津二振り梟の型」




