6.9.双方の猛攻
「鋏二文字」
踏み込んできた乱馬は大きく腕を広げて二方向からの攻撃を繰り出す。
刃が接近してくるタイミングを見計らい、レミは一度で二振りの日本刀を叩き落した。
だがそれは薙刀の攻撃をその場で止める。
薙刀は少し振ればすぐに遠心力が乗り、一撃の火力が上がる。
先ほどのレミの攻撃もしっかりと遠心力が乗り切っており、日本刀を叩き折る気持ちで振り下ろしたのだが……それが二振りの日本刀によって完全に止められてしまった。
挟み込むようにして攻撃を止めた乱馬は、再び体が一瞬で動いてレミの体を切り裂く。
「治れ」
即座に傷を治したレミは薙刀を持ち上げて旋回し、下段からの攻撃で踏み込む。
半身で回避した乱馬はそのまま回転し、同じ方向から二振りの日本刀をレミへと向けた。
薙刀を身に寄せて防いだあと、刀をかちあげて振るったのだが今度は乱馬の体が一瞬で消えた。
だが視界の中では捉えられており、数メートル左へと移動している。
今のは瞬間移動のようだった。
となると彼の攻撃は瞬間移動を主とした魔法なのかもしれない。
しかしそうだとすれば……。
(どうして攻撃をしてないのに傷が?)
瞬間移動系の魔法であれば、攻撃は必ず“しなければならない”。
移動しかできないのだから、自動で攻撃はできないはずだ。
だが彼は瞬間移動に加え攻撃もしてくる。
瞬間移動というよりは、高速で攻撃しているような感じだ。
西形の魔法に似ている。
もし乱馬が本気で魔法を使ったのであれば……レミはただでは済まないかもしれない。
だが彼の魔法は大体予想が付いた。
相手が魔法を使うのであれば、こちらも使って優位に立てばいいだけの話。
「凍れ!」
「ぬお!?」
パリパリパリッという音を立てながらレミの足元から氷が出現し、乱馬の足を捕らえる。
完全に動きを封じたと思ったのだが、すぐに瞬間移動をしてその場から離れた。
それを見て再び疑問が浮かぶ。
高速移動の魔法であれば、今の氷魔法で拘束できたはずだ。
瞬間移動でも拘束はできたはず。
この二つでないとなるならば……いったい彼はどのような魔法を持っているのだろうか。
しかし遠距離攻撃が有効であると気付いたレミは、手を向けて魔法を放つ。
「燃えろ」
「おわっ!? あっちちちち!!」
ボウッと乱馬の足元から炎を噴出させる。
すぐに瞬間移動で回避されてしまったが、移動距離は短い。
即座に次の炎を出現させるが、また回避される。
「でぇい! 卑怯だぞ遠距離奇術!!」
「落ちろ」
「ぬぉお!!?」
バゴッと地面に穴が空き、その下に乱馬が落ちていく。
だがいつの間にか地上に出現して、刀の柄を使って笠をくいと上げた。
その顔はこの状況をとても楽しんでいるように思う。
にやにやと笑いながら、ぐっと屈んだあと足を伸ばし同時に全速力でこちらに走ってくる。
下駄だというのにその速度には驚かされる。
踏み込みも、すりあしすらうまくできないはずだが、そもそも彼はそんな行動を取らない。
ただ足を上げ、こちらに向けて移動するだけ。
硬い木材が地面を蹴って鳴らされる音が大きくなってきた。
一定の距離を取っているので炎魔法を繰り出して応戦するが、瞬間移動を駆使して回避しながら近づいてきた。
接近しなければ攻撃ができない乱馬は、多少の無理を通しても前に進まなければならない。
とはいえ彼の奇術の使い方は上手い。
移動距離が短いのが気にかかるが、今はそれ以上に接近を阻止しなければならなかった。
何度目かの炎魔法をかいくぐった乱馬が満面の不敵な笑みを浮かべてレミに肉薄した。
手に持っている日本刀は後ろにある。
防御も回避もしない姿勢を見てレミはようやくマズいということに気が付いた。
だが気付いた時にはもう遅い。
既に乱馬の攻撃は始まり……終わっていた。
「以上、幕引き」
チンッという音を立てて日本刀を納刀した。
それも一瞬で。
彼の持っている謎の魔法が使用されたことが分かる。
となれば、もう彼の攻撃は決まっていた。
バツバツァッ!
レミの体に大小さまざまな裂傷が生まれる。
手足はもちろん胴体、首、頭や顔まで様々なところを切り付けられたらしい。
持っていた薙刀も完全に柄が両断され、手の中にあったのは一尺ほどの柄のみだった。
「治れ」
怪我というのは、一瞬では理解できないものだ。
だが体には大きな違和感が生まれる。
それを見て頭で理解するよりも先に、治癒魔法を自分に掛けた。
治癒魔法は自分に使う分であればそんなに大きな力を使わない。
即座に体についていた傷が癒え、再び戦闘態勢を取った。
しかし武器が斬られてしまったため、後退しながら警戒する。
魔法袋の中には“あの”薙刀が入っていた。
だが取り出してしまえば……呪いの力が濃くなる。
どうしようか迷っていると、乱馬がおや、と言った様子で首を傾げた。
「なんで今ので死んでねぇんだ」
「……」
「斬るんじゃなくて突けば良かったかもな。次はそうしよう」
乱馬が再び日本刀を抜刀する。
構えもせずただ二振りを下段横に降ろしてゆっくりと歩いてきた。
そこでようやく彼の圧をレミは感じることができた。
カコン、カコンと下駄を鳴らしている。
歩くたびに、音が鳴るたびに彼の周囲が少しばかり揺らめいた。
楽に刀を横へと降ろしながら歩いて来る姿は、どこをどう見ても隙がない。
ただ脱力しているだけだというのに、攻める箇所が一つもないように感じられた。
隙のない脱力した構え。
周囲が若干揺らめくほどの濃厚な殺気。
次の仕合で確実に命を刈り取ってやるという、乱馬の本気が伺えた。
「さぁ、本気出せよ。小娘」
「くそっ」
レミは意を決して、魔法袋に手を突っ込んだ。




