6.8.対峙
腰を深く落とした乱馬は、右手に持っている一振りの切っ先をレミに向けて静止している。
彼はこの二人の中ではレミの方が強いと看破しており、注意を向けるべき人物を絞っていた。
下駄をカコンと一度鳴らし、足の向きを整える。
彼の構えは独特だ。
左手に持っている一振りを肩の乗せ、右手に持っている一振りを中段に構えている。
体を横に向けており、足を少し開いて腰を落とす。
体を横に向けている為、肩に置かれている一振りは横腹を向けていた。
その刀身は白い。
太陽の光を反射して刀身を輝かせていた。
笠のせいで彼の顔は見えないが、所々刻まれた傷からこちらの様子は見えているらしい。
メルは彼を見て眉を顰める。
乱馬の構えは確かに独特だが、彼からは里川の様な重圧を一切感じない。
もう少し簡単に彼と対峙した感想を言うなれば、あまり強さを感じなかった。
カコン、カコン……。
腰を低くしたままこちらに歩いて来る。
二刀流の相手はメルも何度か対峙したことがあるので対策の方法はなんとなく分かっていた。
片手で剣を振るうとなると、その重さに体が振り回されるのだ。
そこを突くように懐に潜り込むことができれば、相手の体勢は崩れる。
剣に振り回された瞬間、その剣を弾けば飛んでいく。
さすがにこれは難しいかもしれないが、一つの策として頭の片隅に置いておけばいい。
それに今はレミに切っ先が向けられている。
完全に舐めているということが分かったので、少しカチンときて飛び出そうとした瞬間……レミに止められた。
「メルちゃんストップ!!」
「っ! ど、どうしてですか?」
「誘ってる。あの人がやってるのは待ちの構え。飛び込んだら絶対にやられる。それにあの人の魔法も分かってない……」
不確定要素が多すぎる。
彼は木幕たちと同じ侍だ。
基本的に卓越した技術を持っているはずである。
どういう戦い方をしてくるのか、どういう動きをするのか、どういう魔法を使うのかまったく分からない状況でこちらから攻めるということはしたくなかった。
だが……双方が待ちの姿勢を貫いているのであれば、どちらかがそれを崩さなければならない。
なので乱馬はすぐに切り替えた。
「こねぇならいくぜぇ……? 待っているのは実は苦手なんだ」
その瞬間、乱馬は構えを変えた。
肩に乗せていた刀をバッと降ろし、刀身を体で隠した。
落としていた腰を少し上げ、カコンッと下駄を鳴らして走ってくる。
切っ先をレミに向けたまま狙いを定めた。
こちらは長物、それにメルもいる。
二対一という状況を使って優位に立ち回るように頭を巡らせる。
メルが戦いやすい様に、レミがこの場を支配していかなければならない。
即座にまずは相手の刀を弾く。
基本姿勢から跳ね上げる様にして振るった薙刀はしっかりとその刃を弾いたが、その瞬間彼は手首を緩め、更には握り手の力も緩めたようだった。
手首をくるりと回して先ほどのレミの攻撃の勢いを完全に殺す。
その瞬間、レミの薙刀に衝撃が走った。
「っ!?」
レミの振り上げた薙刀を払うようにして、横から殴られるように斬撃が繰り出された。
だが乱馬の刀は振るわれていない。
なんなら今から攻撃を繰り出そうとしているくらいだ。
ゆえに、その攻撃は確実に当たる。
バツッ!
乱馬の一撃は風を切りながらレミへと迫り、切っ先が届く。
だが咄嗟に身を引いたお陰で腹部を少し傷つけただけで済んだ。
(凄い切れ味……! いや違う、太刀筋!)
不格好な体勢だったが、両手で刀を握った状態で振り抜いた様な一撃だった。
片手でこれだけの美しい斬撃を繰り出せる人物はなかなかいない。
それは攻めあぐねていたメルでも分かったことだ。
これを理解してしまったメルは、この戦いに参加するタイミングが完全に失われた。
今の自分が出ても足手まといになる。
自分が今できる事は何か。
それは一つしかなかった。
踵を返して、テールたちがいる場所へと全力で走り出す。
レミがやって欲しかったことを即座に実行してくれたメルに対し、彼女は心の中で感謝した。
一方、メルが逃げるとは思っていなかった乱馬は「あっ」と素っ頓狂な声を上げて彼女を見送った。
しかしそんなに問題視はしていないようで、すぐにレミの方へと向きなおる。
その瞬間、乱馬の腕が一瞬で移動した。
これに気付いた時には、レミの足が斬られていた。
「んぐ!?」
少し乱暴に薙刀を振りながら後退する。
何が起きたのか分からなかったので近づくのは危険だと判断したのだ。
だが逃げ腰になったレミを追撃するようにして乱馬が追撃する。
彼はまた一瞬で動き、日本刀を切り抜いた姿勢を取った。
するとやはり、レミの体が切り裂かれた。
乱馬がカクッ、カクッと動けば必ずどこかが斬られてしまう。
その動作は確実にレミが防げない箇所を攻撃しており、とても正確だった。
しかし実際に攻撃を受けて、レミは彼の魔法をなんとなく察する。
攻撃した事実を消す様な魔法。
今まで見てきた魔法に比べるととても地味ではあるが、それでも十分な脅威だ。
いつの間にか攻撃されてしまうのだ。
防ぐ術は今のところ思いつかないが、攻撃してきている以上確実に防ぐ方法はある。
「治れ」
一度落ち着いて手を胸に当てる。
体が一気に治癒され、仕切り直しとなった。
「うわなんだそれ、卑怯だぞ」
「貴方の魔法もですが」
「まだ序の口だぜ?」
乱馬は手首を回して日本刀を振り回す。
ずっしりと構えて切っ先をレミへと向けた。
そして再び、走り出す。




