6.6.悩みを解決する方法
葛篭と沖田川は顔を見合わせ、難しい顔をした。
頭の中で様々な推測が展開されるが、まずは話を聞かなければならない。
すぐにテールの方へと向きなおり、説明を求める。
なのでテールは事の発端から説明することにした。
「王族から内密で剣を磨く依頼を受けたんです。この仕事は師匠に頼まれたんですけど、研いだのは僕です。どっちが研いでも同じ出来になるっていうことだったんで」
「ふむ、その考えは良くないな。だがまずは話を聞こう。それで?」
「……鏡みたいに綺麗に研いだ剣を後日納品しました。王子の誕生日にプレゼントされたみたいなんですけど、それを王子は切れ味を確かめたいとすぐに魔物を用意して使ったみたいなんです。で、それが折れたんです。その結果怪我をしたみたいで……」
「折れたじゃと? 研ぎ師であれば刀身の傷は目につく。お主が研いだ時傷はあったか?」
「いえ、まったくありませんでした」
テールがあの剣を研いだ時、そんな傷は一切なかった。
それとは別に、傷も亀裂もなかったことを証明できることが一つある。
「それで……夢を見たんです。僕が研いだ剣が折れるように細工されている夢を」
「ほぉ」
「初めは細工しているとは分かりませんでした。ただ剣のガード付近をやすりか何かで削っているって分かっただけです。それが分かったのは衛兵が来て僕と師匠が捕まって、玉座で説明を受けた時でした。細工がされてあったって聞いて……夢の中で細工をした人もその場にいたんです」
「面白いこともあるもんだな。ふむ、なるほど。細工したのがテールたちかもしれないってことで捕えられたのか。てなると鍛冶師もか?」
「葛篭さんの言う通り、鍛冶師の人も連れてこられてました。どっちが細工をしたのかって聞かれて、僕たちはやっていないと否定しました。でも僕は犯人が分かってたんです。だから言ったんですが……」
「夢の話など、世迷いごとと捉えられるのが普通じゃな。明らかな失言じゃ」
沖田川の言う通り、あれは失言だった。
だがあれは……本当のことだったのだ。
美しく打たれた剣に、輝くように研がれた剣身は職人の力で美しさを醸し出していた。
それを台無しにしたあの男だけは、どうしても許せなかった。
今であれば自信を持ってあの男が犯人だと言い切れる。
剣の声を聞き、助けを求める言葉を聞いたのだ。
今思えば、何もできなかった自分が悔しい。
「そんで? それからどうなった」
「……剣を研いだのはどちらだと聞かれ、師匠が自分が研いだと答えました。僕は咄嗟に、自分が研いだと言いました」
「その時点でお主らが下手人だと決めつけられておったのじゃな」
「……はい……」
「だが腑に落ちねぇなぁ。証拠はねぇんだろ? 素直にはい私がやりました、なんていう奴なんているはずがねぇ。どうして研ぎ師に矛先が向くんだ。鍛冶師の方が色んな道具が揃ってるから細工は容易だ。そっちの方が疑われそうなもんだがな」
「それは……僕たち研ぎ師が、不遇職だからですね……」
テールは葛篭の問いに答える様に、言いづらそうに不遇職のことを口にした。
この世界での、研ぎ師スキルを持つ者に対してのすべてを。
研ぎ師は鍛冶師の仕事に文句を言う職。
そんな風に言われている。
彼らが完璧だと思う作品に手を施そうというのだ。
これは鍛冶師を馬鹿にしている行為だ、と言われたこともある。
あれはいつのことだったか……本当に初期の初期。
キュリアル王国に来てすぐの頃だったと思う。
神様がくれたスキルを馬鹿にされたことに腹が立ったのだったか?
それすら今は思い出せない、というより思い出したくない。
ただ、認めさせようと頑張った。
メルの協力もあったが本当にゆっくりと、カタツムリ以下の速度で研ぎ師の実力は認められていった気がする。
だが結局……。
「国から、追放されました。内密に行われた磨き仕事に乗じて鍛冶師を陥れようとしたのではないか、ってことで……」
それで、今に至る。
話をすべて聞いた沖田川は額に青筋を浮かべて眉間に深い皺をよせていた。
葛篭は怒りの表情は表に出さず、落ち着いている様ではあったが腕を組んで大きく唸る。
彼らも人間だ。
研ぎに邪念を持ってはいけないとは言うが、こういう話を聞いた手前、憤りを感じないわけがない。
これがテールが抱える本当の悩み。
こんなものを抱えていれば、研ぎの腕が訛るのも分かるというもの。
「……テール。手前の師匠はどうなった」
「分かりません。ただ生きているとは思います。いつか研ぎ師スキルを認められ、助け出せる日がくればな、と思っているんですが……。僕は入国禁止ですし、どうやってその立場を覆す方法を手に入れればいいか……」
難しい。
本当に難しい話であり、生涯実現できそうにないことだ。
ビジョンすら浮かばず、根本的な解決策はないに等しい。
「あるじゃねぇか」
「え?」
「手前の悩みを解決する方法がよ」
ぽんとテールの背を叩いた葛篭が、木幕を見る。
彼は少し離れたところで座っていたが、葛篭に目線を向けられて立ち上がった。
足音を一切立てずにこちらにやってくる。
簡易的な研ぎ場の前で足を止め、テールと目を合わせた。
「……世話が焼ける」
「「まったくだ」じゃ」
「えっと……」
「参るぞ。お主の師を救いにな」
木幕の言葉に、鳥肌が立った。
これほどにまで嬉しい言葉を聞いたことがあっただろうか。
自然と目が霞み、腕で目を擦るが再び霞んだ。
彼がカルロを助けてくれる手伝いをしてくれる。
仙人という立場を使えば、確かにキュリアル王国に入国することは容易い。
彼らのことは、多くの国が認知しているのだから。
「いいんですか……?」
「でなければ邪念が取れぬであろう。某らの魂、半身を研ぐのだ。そのような邪念がある状況で仕事ができると思うでないわ。沖田川、お主はこの場をテールと共に片付けよ。葛篭、あれから何日経った?」
「港からこっちゃまで一月。亡霊の時間だけぇ進みがちゃう。あん船さ速けぇこっだけで済んだっちゅうよーだえ」
「左様か……。なれば、戻るには時間がかかるか……。砥石から回収するか?」
「んにゃ、戻った方がよからぁ。……んん、待てや? 手前の体さ考えるならば早さ方がよからぁな。そっだらレミに聞きゃあ早から」
「そうするか」
話が着々と進んで行く。
テールは零れだした涙を一生懸命拭いながら、小さな声で感謝した。
カルロを助けるという見えなかった道がようやく見えたのだ。
本当に嬉しく、感謝しかない。
だがその言葉を口に出せる余裕は、今なかった。
「……っぐぅう……!」
「さぁ、テールや。長旅の時間じゃ。お主の仕事道具は、しっかりと片付けるのじゃよ」
「うぅ……はい……! ……はい……!」
隣で沖田川が丁寧に道具を片付けてくれた。
テールも霞む視界でなんとか手を動かし、嗚咽を漏らしながら道具を仕舞った。
その涙を吸った砥石は、使い潰されるまで彼の側から離れることはないだろう。




