5.25.アテーゲ王国
船の上から見るアテーゲ王国は、海に隣接している要塞のようだった。
巨大な壁が三枚海に建てられており、その上には攻城兵器がずらりと並んでいる。
大砲を一発受けても微動だにしなさそうな分厚い壁はこの辺りで採れる特別な岩を使用しているようだ。
赤黒い石材は黒いレンガと混じってなんだか不気味に見える。
その周辺では石の桟橋や木の桟橋が多く張り巡らされており、どの様な船が来ても迎え受けられるようにしているようだ。
今も大量の物資を詰め込んだ貨物船が船の上からロープを投げ、桟橋にいた人たちにそれを結び付けてもらっている。
大きな板で桟橋と船に架け橋を作り、そこから積み荷を降ろしていた。
ここは要塞であり、一つの国であり、貿易都市でもある。
昔から変わらない賑わいはこの国を常に発展し続けてきた。
一目見ただけでも難攻不落の国だということが分かる。
だが、ナルスは難しい顔をしていた。
「……荒れたな……我が故郷は」
「あの戦から六百年が過ぎている。そうなるのも、不思議なことではない。名が残っているだけでも称賛に値する」
「確かにそうだな。時の流れとは残酷なものだ」
六百年。
この時間は何かが大きく変わるのに十分すぎる力を持つ。
山頂からこぼれた岩が川に下るかもしれないし、一つの国が消滅するかもしれない。
今価値があっても、昔はさして価値のない物になる可能性もある。
ナルスはそう思いながら、自らが築き上げたアテーゲの地を感慨深そうに眺めていた。
確かにアテーゲの地は大きくなり、国となった。
自分の子孫が今も尚活躍しているかもしれない国だ。
だがやはり、変わりすぎている。
風化して立て直されたり修復されたりするのでこれは当たり前のことだ。
本来なら繁栄を喜ぶべきなのだろう。
しかしナルスが覚えている大地はもうその場になかった。
それがなんとも、寂しく感じた。
「木幕。私は、もう満足だ」
「そうか」
アテーゲ王国を眺めながら、ナルスはそう言った。
木幕はそれを聞いた後、踵を返してテールたちの下へと戻る。
「葉我流奇術」
トントン、と指で木幕は携えていた日本刀を軽く叩く。
それに応える様にして、数百枚という葉が周囲を舞い始めた。
一つに集まって絨毯の様になり、木幕はそれに乗る。
レミはそれを見て軽い足取りで葉の絨毯に乗り込んだ。
スゥも飛び込むようにして乗り込み、テールとメルを手招きした。
木幕の魔法。
初めて見る魔法なのでテールもメルも興味津々といった様子で眺めていたが、スゥに手招きされたのでそそくさとそれに乗り込む。
葉だというのに足場はしっかりとしている。
ここで戦ってもこの葉は崩れることはないだろう。
「わぁ……」
「座っててね。飛ぶから」
「「えっ」」
即座に伏せた瞬間、確かに浮遊感が体に伝わってきた。
周囲を見てみると甲板の上を飛んでおり、その下にはナルスが見える。
彼は手を振って見送ってくれていた。
「木幕さんの魔法って……」
「見ての通りだけど、善さんは自分の魔法を説明したがらないから私もしない。まぁ見て学んでね」
そう話している間にも、葉の絨毯は上昇していく。
ある一定の高さまで浮上したら今度は横移動を開始し、アテーゲ王国へと向かっていった。
離れていくギアクローズ号を見ていたテールとメルだったが、霧の中に再び隠れてしまいその姿を消してしまった。
「なんか、ナルスさん変な人だったね」
「船に乗せてくれて、急に襲ってきたと思ったら……また大人しくなって……。感情がまったく読み取れなかった」
「結局本人は戦わなかったし、強いのかどうかわからなかったね。でもああいう人ばかりだったら、そんなに気をつけなくても良いんじゃないかな?」
「それは違う」
メルの言葉を、間髪入れず木幕は否定する。
怒っているわけではないようだが、その言葉は鋭かった。
「あやつは、操られなかった」
「あ、そういえば……」
「耐え忍んだのだよ。あの男は自我があるのであれば某に刃は向けぬ。だが操られていたのであれば、某もこの刃を抜かねばならなかっただろう」
「ナルスさんってそんなに強い人なんですか?」
「刃を交えたことはない。だが亡霊になって現れても自我を保てる男だ。弱いと、思うか?」
その問いに二人は首を横に振った。
彼が本気で戦うつもりであれば、あそこまで順調に敵を殲滅することはできなかっただろう。
短略詠唱ができる時点で、彼は非常に強い能力を秘めている。
ましてやあれだけの大きな船を風で押すのだ。
彼の風魔法は今まで見た来た人物の誰よりも強力な物だろう。
しかし、放っておいてもよかったのだろうか?
強い人物なら、あのまま放っておけば危険かもしれない。
意識を乗っ取られはしなかったとはいえ、一時的なことであるかもしれないのだ。
いつか完全に操られ、その牙をこちらに向ける日が来るかもしれない。
だが、それは問題ないらしいようだった。
「某の葉が、ナルスについておる。何かあればすぐにでも始末できる」
「そんなこともできるんですか」
「もし、奴があのままであるのなら、いつか助けになるだろう」
そうなる可能性は至極低いが、木幕はそれに期待している様だった。
次第にアテーゲ王国が近づいてくる。
もう少しすれば大地に足を下すことができそうだ。
「テール」
「はい?」
「アテーゲ王国で、お主は一度研ぎを教えてもらえ。スゥ、クナイを準備せよ」
「っ!」
「分かりました」
ようやく沖田川から研ぎを教えてもらえる。
そのことを嬉しく思いながら、はやくアテーゲ王国につかないかなとそわそわしたのだった。




