5.21.ギアクローズ号
甲板の上で青白い姿をした亡霊たちが忙しなく動き回っている。
ロープを引き、帆を動かし、甲板を掃除したり物資を運搬したりと忙しそうだ。
これが一切聞こえないのがなんだか不気味だが、船を動かすための帆などが受ける風や、甲板をブラシで擦る音だけはしっかりと聞こえていた。
そんな中、一行はナルス案内の下、甲板を歩き回っている最中だ。
さすがに警戒は緩められないが、木幕は至って冷静だし警戒もしていないように思える。
それについて回るスゥはこの状況を楽しんでいるらしい。
ぴょんぴょんと跳ねまわりながら甲板の上を駆けまわっていた。
また、ぼぁっという音を立てて帆を膨らませる。
それに従って航行速度が速くなり、水飛沫が高く上がった。
ギアクローズ号はとんでもなく大きいが、速度は意外と速い。
風さえ捉えてしまえば進む速度はこの世界で一番だろう。
なにせ普通の追い風に加えて、ナルス・アテーギア本人の風魔法があるのだ。
遅いわけがない。
「風よ、吹け」
ナルスが片手を上げてそう唱えると、爆風が後ろから襲ってきた。
それによって船体が急激に速度を乗せたため、船員全員がよろめいてしまう。
だがすぐに立て直して作業を続行しはじめた。
海を見れみれば、凄い速度で進んでいるのがわかる。
これだけ速ければ数ヵ月の旅も数日で終わってしまうかもしれない。
「はっはっはっは! なかなか良い風であるな」
「すごい……」
手すりを握って体を支えているメルが、感心したようにそう言った。
この場所は不気味ではあるが、しっかりと航路はアテーゲ王国へと向かっているし、敵意を向けられているわけではない。
彼らは本当に自分たちをアテーゲ王国へと届けようとしているようだ。
「大丈夫……なのかな?」
『大丈夫ではない!』
「そうなんですか?」
『当たり前だ。警戒しとけ、常にな。よいな? 今は素早い移動手段が手に入ったからこれに乗っただけ。さぁここで問題。海の上で逃げ場はあるか?』
「……ない」
『だろぉ? こいつらはそれが狙いなんだよ』
絶対に逃がさないために、ナルス・アテーギアはこの船に木幕を呼び込んだ。
未だに手を出さないのは陸から十分に離れていないからだろう。
それか、ただ本当に木幕と話をしたいだけか。
どちらにせよ、やはり危険な場所に居るという事実は変わらない。
いつ敵が襲ってくるか分かっていないのだ。
しかし武器を構えるわけにもいかないので、ここは木幕の近くへと寄っておいた。
レミを見てみると、彼女は常に警戒している表情で周囲を見渡している。
常に魔法袋に手を置いていることから、いつでも武器を取り出せるようにしていた。
「して、ナルスよ。お主はいつ目覚めたのだ?」
「うむ……それが良く覚えておらんでな……。いつの間にか船に乗って漂っておったわ」
「左様か」
「では私からも一つ。木幕、お主は罠だと分かっているのになぜ乗った」
「きな臭い話だとは今も思っておる。だがお主のことを聞きたくてな」
「私のことをか?」
木幕はコクリと頷く。
振り向いてナルスを見るや否や、すぐに問う。
「お主の目的は何だ。それが某とかかわった者たちのすべての目的となる」
木幕たちとかかわった人物たちの目的は未だに分かっていない。
だから木幕はこの船に乗ること自体が罠であることを知りながらも、彼から話を聞くために乗り込んだのだ。
既に彼も罠だと明言している。
その為レミが速攻で武器を取り出して構えたが、ナルスはそれを意に介した様子はない。
メルも話を聞いてさすがに警戒してテールの前に出たが、それも無視した。
一つ大きく息を吐いた後、ナルスは空を見上げた。
強靭な精神力で自我を保っているが、いつ操られるかは分からない。
恐らくこのままだと強制的に剣を抜くことになってしまうだろう。
であればその前に、伝えておこうと思った。
「……私たちの目的は、お主の死だ」
「テールではないのか」
「左様。我ら亡霊はお主の底に眠る力に直接刃をねじ込むことができる。その結果、暴走が早まる」
「攻撃が当たれば某の負け、か」
「その通り」
そこで木幕とナルスは同時に自分が持っている得物の柄に手を置いた。
彼らの目的は分かった。
それは木幕の暴走を速めること。
暴走してしまえばテールもろとも破壊してくれるだろうという考えなのだろう。
二種類の呪い。
その一種類は木幕に直接手を下してくるタイプのものだった。
厄介だなとは思わなかったが、面倒だと木幕は思った。
ナルスの動きに対し完璧に対応し、抜刀させる前に切り伏せる準備が整っている。
さすがのナルスもここで剣を抜けば斬られるのはこちらだと気づき、数歩引いたようだ。
「……。藤雪万と比べれば……いや……」
「お主は藤雪と出会ったことがあるのだったな」
「若い頃の話よ。手も足も出なかった。だが少なくとも、お主よりは強い」
「では試してみせよ……。レミ! メル! 剣を構えろ!」
「はい!」
「やっぱりこうなりますよね。はいはい知ってましたよ! もう!」
木幕の号令により、二人が構えを取る。
その瞬間周囲で仕事をしていた青白い亡霊が一斉に立ち上がり、自らの武器を抜刀してこちらに切っ先を向けた。
ナルスは剣をようやく抜き放ち、バッと振り下ろす。
「野郎共、かかれ」




