5.19.旧友
とんでもない大きさの船だ。
どうやって浮いているのか分からないくらいに大きい。
まだ遠くの海にあるというのにはっきりと書かれている船の名前が見える程だ。
里川の次は木幕たちとかかわった者の魂。
次から次へととんでもない人たちが集結してくる。
港町に残っている住民は大混乱に陥っていた。
既に里川の襲撃で街が壊されて心のよりどころが無くなっているというのに、あれほどにまで大きい船が接近してきているのだからそうなってしまうのも無理はない。
あれには一体何が乗っているのか。
誰が操舵しているのか。
漁船でもなければ貿易船でもなく、帆に描かれている大きな髑髏マークが彼らが何かを教えてくれていた。
海賊。
ギアクローズ号の船長、ナルス・アテーギアは元海賊であり、元アテーゲ領領主だ。
今では大きくなってアテーゲ王国となっているが、昔は領地の一部だった。
海賊たちが作り上げた街であり、魔王軍の海軍との戦闘を全面的に引き受ける代わりに、その土地を開拓して貿易都市としたのだ。
アテーゲ領を領土としていた本国も、彼らの戦闘能力の高さや数多くの貿易路を無視はできなかったのだろう。
それに魔王軍と戦ってくれるなんて願ってもない話だった。
彼らが海賊に協力し、支援をするようになるのはそう遠い話ではなかったらしい。
海賊たちはとにかく強かった。
魔王海軍と戦えるだけの実力を有していたのだから、下手をすればローデン要塞の面々ともいい勝負をするほどだろう。
その魂が、今目の前に迫っている。
これから彼らがどのような行動に出るか見当がつかないので、今は神経を研ぎ澄ませて警戒をするしかない。
ここからではどうせ攻撃は届かないのだ。
今はどうしようもできない。
「こここ、これ大丈夫なんですか!? 大丈夫だよねテール!」
「どちらかというと僕たちより港に住んでた人たちの方が心配なんですけど……」
『……まぁお前らが来たからあいつらも来たんだろうしな! 我もだが! ぐぬぁあっはっはっはは!』
「今は人ごとじゃないですよ?」
『はっは……はぁっ!!?』
灼灼岩金も今は一緒に旅をする身だ。
あの船の上にいる人物たちが襲い掛かってくるというのであれば、灼灼岩金も戦火に巻き込まれることは確定している。
それに何故気付いていないのか、とテールは少しだけ呆れた。
いや、馬鹿そうな武器なのでこれが平常運転なのかもしれない。
すると、ギアクローズ号がゆっくりと海に停泊した。
ガラガラと音を立てながら錨が海に落ち、それと同時進行で小舟が下ろされる。
数名の人物が作業を終わらせて船の奥に戻っていく。
小舟に乗り込んだ八名は、ゆっくりとこちらへと舟をこいできた。
どうやら敵意はないらしい。
本格的に攻め滅ぼすつもりであれば砲門を使えばいいし、小舟も一隻ではなく数十隻くらい用意できるはずだ。
であれば彼らの目的は一体何なのか。
それは話してみれば分かることだ。
「参るぞ」
「え!? 善さんどこに行くんですか!?」
「あの者らと話をする」
「また滅茶苦茶な……。もー! スゥちゃん呼んできますから二人をお願いしますよー! テール君、メルちゃん、とりあえず善さんについて行って」
「「分かりました」」
レミは二人に指示を出したあと、走ってスゥが待っているであろう馬車まで走っていった。
それを見送った後、今も海の方へと歩いていく木幕を追いかける。
海に近づくにつれ、小船も陸に近づいてきていた。
ようやく彼らの姿を視界に捉えられるようになったまでは良かったのだが、その誰も彼もが青白い煙を体から発生させており、体は半透明であった。
明らかな亡霊。
五体満足な亡霊もいるが、そうでない亡霊もいる。
メルは小さく声を上げてテールの後ろに隠れた。
ようやく小舟が陸に着くと、先頭に立っていた男が軽い足取りでふわりと小舟から飛び降りた。
明らかに海賊の船長と思われる背の高い半透明の亡霊だ。
顔が半分爛れており、目玉が飛び出すかのようにこちらを見ている。
かつては貫禄のある老人だったであろう素顔が酷く醜いものになっていた。
そんな彼が笑うのだ。
不気味というより恐怖が背をなぞってくる。
「おぉぉお!! 木幕!! 久しいではないか、元気にしておったか!」
「ああ、久しいな」
「「……えっ!!?」」
不気味な亡霊はさも楽しそうな声で木幕の名を呼んだ。