5.17.灼灼岩金
武器が痛がっている。
武器にもこんな感情があるのかと驚いてしまった反面、一体何が原因なのかとすぐさま柄を握って刃を見た。
この薙刀はこの世界で作られた物なので本来の作り方とはまったく違う。
なんなら刃の分厚さから違うのだ。
茎が木材の柄の中に長く入っており、その周囲にはグルグルと縄が巻かれている。
柄と付け根は鉄板か何かで頑丈に固定されており、引っ張っても簡単には動かなかった。
しかし分厚い刃であるのにも関わらず、その真ん中に一筋のひび割れが入っているということにテールは気付いた。
武器が痛がっている理由はこれだ。
こんなにも分厚い鉄の塊にこれ程の傷が入るようなことが今までにあったらしい。
と思っていたのだが、どうやらこの罅が入ったのは、今さっきだったようだ。
『攻撃を、防がれた……。それだけなのに、それだけなのにぃ……』
「攻撃……?」
「……テール君?」
「レミさん、里川さんを攻撃した時……ありましたよね」
「ええ。結局防がれたけど一度だけ……」
「どうやらその一撃で刃に罅が入ったみたいです。これ以上使わないで、とこの子は言ってます」
「え!?」
バッと薙刀の刃に顔を寄せて確認したところ、確かに一線の罅が入っていた。
あと数回でもこの刃が何かにぶつかれば、折れてしまう可能性がある。
確かにこれ以上使うのは危険でしかない。
テールは声を聞くことに集中していたので、触れた瞬間は刃を見ていなかった。
声を聞いたからこそ異変に気付き、それを見事見つけることに成功した。
本当に武器の声が聞こえるのかどうか、少し怪しいところではあったがレミはこの事で信じ切ったようだ。
感心したように笑い、少し悲しそうに薙刀を撫でた。
「本当みたいね。ありがとう、教えてくれて」
「いえ、声を聞かなければ分からなかったことですし……」
『はっはっはっは!! そんなくず鉄に我の刃が負けるはずがなかろう!!』
「貴方ですかやったのは!」
『生憎この刃は武器破壊が得意でなぁ!! 主もよく使っておった戦法よ!! ていうか、はよ取にこいやあああああ!! こぞおおおおお!!』
自分にだけ聞こえる刀の声というのも、時と場合によっては嫌になりそうだ。
本当にやかましいのでそろそろ取りに行かせてもらいたい。
しかし懸念はある。
あの刀は呪いを掛けられており、実際に里川を乗っ取った。
刀の意思でなかったとしても呪いの力が残っているのであれば触れるのは危険そうだ。
それにしてもやかましい。
どうしようかと考えていると、ひょいとそれを槙田が持ち上げた。
「……」
『ぬっ! なにをする主を斬った宿敵め!』
「……大丈夫そうだなぁ……。呪いはねぇ……」
『呪いは主にのみかけられたものだ! そうでなければ我が貴様を呪い殺しているぞ!!』
「あ、大丈夫なんだ」
構えていたのが馬鹿らしくなる内容だ。
だが安全が確保されたのであれば、ようやくその刀を手に取ることができそうだ。
暇を持て余していた槙田が鞘も一緒に持って来てくれて、手渡してくる。
丁寧にそれを受け取ってみると、様々なところが欠けているにしては重かった。
柄の紐は解れ、鍔は欠けて刃は本当にボロボロだ。
よくこんな武器を今まで使い続けてきたものだと感心する。
ここまで使い潰して尚、この刀を持ち続けたかったのだろう。
『よぉーし! ようやっとお主の手に渡ったな! 我は灼灼岩金! 溶岩を操る奇術を携えておる! さぁ存分に使うが好い!!』
「研いでいいですか?」
『お主が研ぐと我が消えるだろうが!!!!!!』
「分かるんですか!!?」
『……分かるとも』
罵声に近いツッコミを入れた灼灼岩金であったが、最後の言葉だけはやけに冷静だった。
その口調で続ける。
『元より我はこの世に存在してはならぬ産物。呪いによりこの場に留まり続けているだけに過ぎぬ。特別な研ぎ師のみが我らの呪いを消せる。主らが再びこの世に呼び戻されたということは、呪い研ぎの研ぎ師がこの世に生まれ落ちたということ。我らを弄んだ神がそのような存在を放置しておくわけがない。武器に呪いをかけることによってこの世に縛り付けるのだ。それができなくなれば楽しみはなくなる』
この話は、木幕たちも知らないことだ。
彼らは長い間保管されていた魂と武器であるからこそ、この事を理解していた。
そもそも、異世界の人間をこの世界に何人も送り込むことなど不可能に等しい。
だがそれでは邪神ナリデアリアは詰まらなかったのだろう。
そこで取った手段が武器に呪いをかけ、この世界に縛り付けるという手法。
これによって数多くの侍をこの世界に縛り付けることができるようになった。
しかし所詮は呪いだ。
それを解呪できる人物がいつか現れると予見していた。
それがテールだったのだ。
木幕たちの話を繋げてみるとなんとも長い話になる。
日本刀を呪うことによって魔法を使うことができるようになり、過激な戦いが数十年繰り返された。
その終止符を打とうとした一人が藤雪万。
彼は他の十一人の侍を殺し、自害して神の下へ行き戦いを挑んだ。
結果としては負けてしまったが、神は初めて歯向かった人間を面白く思って藤雪と他十一名の武器と魂を大切に保管した。
俗にいうコレクションというやつだ。
それから数十年……また戦いが繰り返され、神はその戦いを大いに楽しんだ。
しかしそれは、木幕という人物の出現によって笑えないものとなる。
彼の素の力は今まで呼んだ侍の中でも強く、当時生きていた最強の男葛篭平八にぶつけても倒れることはなかった。
こちらの存在に気付きはじめ、ついには神を殺すと宣言した。
結果、彼は十一人の侍を殺し、自害して神の下へと辿り着いた。
正々堂々、真剣勝負をせよとの願いを聞き入れ、実際に戦って邪神ナリデアリアは敗退を期すことになる。
だがただで死にはしなかった。
神である自分を殺した恨みをすべて木幕にぶつけ、彼の身近にいる人物に不死の呪いを。
かかわった者たちに呪いをかけ、自らのコレクションにも手を出して“木幕が絶対に死なないように仕組んだ”のだ。
呪いを消すことができる人物が出現し、木幕と接触した時この呪いは発動する。
そして今まさに呪いは発動し、テールを殺さんと牙をむいている。
ずっと見ていた藤雪が殺した侍たちの刀は、すべて知っていたのだ。
だからこそ守らなければならない。
あの呪いに振り回されている者たちをすべて救わなければならなかった。
『呪い研ぎの研ぎ師よ。まだ我は研ぐな。その代わり、我が奇術でお主を守ろう』
「そ、そういうことなら……」
『うむうむ! では我を存分に使うがいいぞ!! ぐぬははははは!!』
ペットは飼い主に似るというが、武器も主に似るのだろうか?
と、少しだけ失礼なことを考えてしまったテールなのだった。