5.16.声が聞こえる事
「大儀であった、槙田」
「ああぁ……。だが木幕、気を付けろぉ……」
「分かっている」
槙田をあれだけ苦戦させた男、里川器。
木幕が持つ魂たちの中で、槙田に勝てる人物はそう多くない。
しかし里川は彼を押し込んだ。
それだけの実力を持つ侍が、初陣を切ってくるとなれば次に襲い掛かってくる敵も強敵である可能性があった。
いや、確実に強いのだろう。
それを槙田は木幕に教えたが、既に理解していたようだ。
これから先、テールを殺しに来る刺客は残り十一人。
それも、里川と同等かそれ以上の強さを持っている人物だろう。
彼を殺した藤雪万という人物の実力も気になるところだが、これから出会う十一人すべてを切り伏せられるほどの実力を持っているはずだ。
そのことに気付いた槙田は再び不敵な笑みを浮かべた。
それは木幕も同じだった。
「善さん、その顔止めてください」
「む」
パシッと顔を片手で覆い、いつもの表情に戻る。
彼が喜怒哀楽をはっきり現したのは今が初めてだったが、歳を取っているせいか少し不気味であった。
『おおーい小僧!! こぞーーーう!!』
「え、はいっ!!」
『小僧、我を忘れておっただろう!! 主亡き今も我は生きておる!!』
「貴方魂が作り出した武器じゃないんですか!?」
『当たり前であろうが!! ちゃあんと実態がある!! 小僧お前は何を言っているのだ!! 早く手に取りに来い!!』
「そ、そうなのか……」
里川の隣りに転がっていた灼灼岩金が大声を上げていた。
木幕たちの近くにいたテールはすぐにそれを取りに行くべく歩き出したが、そこで誰かに首根っこをがしっと掴まれる。
槙田がギョロリとした目で睨みつけた。
彼もテールの発言の中に気になることが数多くあったが、戦闘中であったのでほとんどは無視して戦闘に役立てた。
そのおかげで勝ちが見えたのだが、どうにも説明してもらわないと腑に落ちない。
「ぐえっ」
「まぁてぇ……。どういうことかぁ、説明しろぉ……」
「ぶ、武器が」
「それだぁ……。貴様は刀と会話ができるのかぁ……?」
「は、は、はい……」
何言ってんだこいつ。
そんな表情をして深く眉をゆがめた後、木幕たちを見る。
だがそんな話は彼らも聞いていなかったので小さく首を横に振るしかなかった。
唯一同行を共にしていたメルに槙田が目線を向けると、彼女は素早く頷く。
なぜ口を利かないかは置いておいて、この肯定は会話できるのは事実だと言っているのだろう。
しかしそんな簡単に信じられない。
他に何か相手の能力を暴く目玉などがあってもいいはずだ。
ここはそういう世界だと、槙田も既に理解している。
だからまだ疑いの目を向けた。
しかしそこで、木幕が片手を槙田に向けて止める。
「槙田、どうやらそれは誠のようだ」
「……ああぁー? 日本刀と会話ぁ……? 付喪神でも宿ってるってことかぁ……?」
「それはどうか知らぬが、実際に辻間は蛇弧牢の名を当てたらしい」
「……ほぉ……?」
辻間は忍びであり、己の名や武器の名を簡単には口にしない。
この世界に来て少し抜け始めているところはあるようだが、その程度であれば今も尚守り続けている事だろう。
だからこそ辻間の口から自分の武器の名を出すとは思えなかった。
しかし槙田はまだ疑う。
テールを掴んでいる手を離す気はないらしく、未だに眉を寄せて睨んでいた。
これでは埒があきそうにないと思い、レミがパンパンと手を叩いて槙田に近寄る。
テールを掴んでいる手を何度か叩いて解放させた。
「はいはい槙田さんそこまでそこまで」
「ぬぅ……なにをするぅ……」
「貴方のやってることはカツアゲと一緒なんですよ、まったく」
「かつ……?」
「チンピラとやってること同じってことです!」
「ぬぅ!? なんだとぉ……?」
いやその通りだ。
その会話を聞いていた誰もがレミの言葉に同感した。
まだ何か言いたそうな表情をしていた槙田だったが、一度大きく舌を打ってそっぽを向く。
これでようやくまともな会話ができそうだ。
レミは嘆息した後、テールを見る。
「テール君、もうちょっと詳しく教えてくれる? 貴方は武器の声を聞くことができるのね?」
「はい。でも、皆さんの持っている武器からはまだ聞こえません。里川さんが持っていた武器は今も叫んでいますが……」
『はよ取りにこんか小僧!! おいこら! こらああああ!!』
「それはいつから?」
「僕がつい……じゃなくて、国を出るちょっと前からです。初めは夢の中でしたけど」
「私の薙刀、何か言ってる?」
「長年使われていない物は手に触れなければいけないみたいなんです」
「あら」
確かにこの薙刀は、つい最近買い替えたものだ。
木幕の持っている刀とは違い、彼女の武器は保護魔法が施されていない。
なので定期的なメンテナンスと、悪すぎる状態であれば特注で作ってもらわなければならなかった。
だからこの薙刀は若い。
触れなくても声が聞こえるのは、何十年と使われてきた武器だけなのでこの声を聞こうとするのであれば、触れる必要があった。
しかしそれは難しいだろう。
木幕たちは自分の武器にただならぬ愛着を持っている。
そんな簡単に触らせてくれるはずがないのだ。
「はい、じゃあ触れてみて」
「……え!?」
「? どうぞ?」
予想外なことをレミが口にしたので、つい驚いてしまった。
あまり愛着がないのだろうか、とも思ったがそういうわけではないらしい。
なぜこんな簡単に触らせてくれるのだろうか?
それがとても気になった。
「あの、いいんですか? 武器は半身って木幕さん言ってましたから、てっきり……」
「ああ、そういうことね。大丈夫、これは“私の半身”じゃない」
レミが持つこの薙刀は、いうなれば予備である。
なので誰かに触れられても別にいい物。
本当の彼女の武器は、大事にしまわれている。
そういうことであれば、とテールも遠慮なしに武器を触ることができた。
刃は危ないので柄に手を触れる。
すると、やはり声が聞こえてきた。
『痛い……痛い……』
「え?」
『もう使わないで……危ない……主、危ない……』