5.15.礼に終わる
最初に飛び出したのは里川だった。
地面を踏みしめて二歩接近し、三歩目で思い切り地面を蹴り抉って肉薄する。
だがその前に槙田の紅蓮焔が火を吹かないわけがない。
下段から斬り上げられた攻撃が里川の服を掠める。
紙一重で回避した里川は即座に槙田に肉薄。
振り下ろされる紅蓮焔を警戒して左手首を右手の手刀で押さえつけ、左の肩、肘、手首、指の関節すべてに力を入れて脇腹へと一撃を入れる。
見事に入ったはずだったが、槙田はにやりと笑って肘を曲げた。
里川の左腕の筋肉を強打し、体勢が一瞬崩れたところで今度は柄頭を肩に打ち込み、一歩引いて首を落とす要領で切り下げる。
体勢が崩れた今ではすぐに逃げた方がいい。
だが里川は逃げなかった。
バッと左手で刀身を掴み取るようにして手を向ける。
無論強烈な一撃であるこの攻撃を無傷で受け止められるわけがなく、薪割をする様に里川の腕が割られてしまった。
手首と肘の関節の間で刃は止まり、美しくはないがしっかりと刃を“止める”ことに成功する。
驚愕の目を向けた槙田に対し、里川は渾身の力で彼の顎に右の拳をめり込ませた。
バギャッ!
遠くで見守っていた者たちにも聞こえる程の音が、槙田の肉体から鳴り響く。
とんでもない威力であるということが分かった。
腕を割られて攻撃に転じる里川もそうだが、今の一撃を喰らっても笑っている槙田も相当狂っている。
常人であればどちらかの攻撃を一度でも喰らえば戦闘は困難になるだろう。
しかしまだ紅蓮焔は里川の左腕から離れてはいない。
それをいいことに里川は何連続も槙田に打撃を繰り出していく。
彼は何の抵抗もせずにその攻撃を全て受け止め、笑い続けた。
そしてついに動き出す。
ズッと割った左腕を完全に両断した。
ぼちゃりと左腕の半身が地面に落ちた瞬間、里川の肉体を二度斬った。
強烈な違和感に襲われたのか、腹部を押さえて三歩下がって上体を確かめてみると、鎧も服も何もかもが綺麗に両断されている。
傷もとんでもなく深いらしい。
流れ出ている青い煙が、その重症さを表している様だった。
さすがにもう駄目かもしれない、と里川は痛む体を庇う。
痛む?
死して尚も体が痛むということがあるのか。
面白いこともあるものだ。
だがこれがあるからこそ自分の剣術は最大限に発揮される。
だから無茶な刀の振り方をするし、無茶な戦い方をする。
いつの間にかこれが普通のことになっていたが、今思うと楽しい時間を短縮してしまうというなんとも愚かな行為だ。
この素晴らしく高揚する戦いも、己の死を持って終わりとなる。
相手にとっても失礼か?
そうかもしれないが、相手が強かっただけのこと。
そんな人物と一時の楽しみを共有できたのだから、まぁ満足だ。
「ぐぉべごっほがぁっは……」
「刀を拾え、里川器ぁ……」
「……また、乗っ取られる、かも……しれぬ、ぞ……」
「その前に始末してやるぅ……」
「ごっほ、ごほごぼっ。ぁり、がてぇなぁ……」
重い足を動かし、灼灼岩金をを拾える位置まで下がった。
今にでも倒れそうで、今にも臓物が切り口から零れそうだったが何とか抑えて耐え抜き、右手で灼灼岩金を拾い上げる。
片手中段に構えた里川は、じりっと前に踏み込む。
それに応える様に、槙田は二歩踏んで脇構えに構えを変えた。
ヂャッと音を立てて刃を返し、背を低くして足を大きく広げる。
大きく息を吐き、里川を睨む。
一方里川は腰だめに剣を構える。
今の状態では、これが精いっぱいだった。
「炎上流秘術、ろくろ首」
「貫けや灼灼岩金」
槙田が大きく足を踏み込むと同時に脇構えから上段に斬り上げる。
その一歩はとても大きく、これだけで自分の背と少しの距離を移動した。
だが一撃目は間合いを取るだけ。
この攻撃は二撃目で真価を発揮する。
振り上げた紅蓮焔を肩に担ぎ、肩を撫でる様に峰を動かして切っ先で弧を描くように上段からの攻撃に切り替えた。
最大限に溜めに溜めた力をこの一瞬ですべて使いきるつもりで、里川を叩き伏せる様にして斬る伏せる。
ろくろ首が首を伸ばして引っ込め、そして伸ばして襲い掛かってくる様。
これが鮮明に見えてしまった里川は、静かにその切っ先を下した。
これは、勝てない。
「良き技なり」
シンッ……!
紅蓮焔を振り切った槙田は切っ先を地面すれすれで停止させた。
あれだけのとんでもない勢いを乗せているというのに、ここまで綺麗に止めるというのはなかなかできる事ではない。
一拍おいて背を正した槙田は血振るいをして、納刀した。
そして最初と同じように礼をし、振り返ってこちらへと戻ってくる。
彼の後ろで肩から腰に掛けて両断された里川が、地面に倒れ伏した。
「相変わらず、無茶苦茶な奴だ」
あれが槙田正次という男の、実力である。
里川と彼は似た者同士だったが、操られてしまったからこそ勝機を逃したと言っていい。
あの神の呪いも中途半端なものなのだな、と木幕は嘲笑うかのようにして鼻を鳴らしたのだった。