5.13.灼灼岩金からの指示
鍔迫り合いの状態が二秒続いたが、すぐに槙田が押され始めた。
完全な力と力の勝負で負けていたのだ。
耐えようとして足を踏ん張るが、滑るように後退してしまうので立ち止まれない。
全体重と全力の力を里川に乗せているというのに、彼は一歩も引かなかった。
無表情のまま己の中にある力のすべてを使い果たすようにして、この一試合に全力を投じている。
生きているのであればとんでもない奴だと槙田は素直に褒めたいところだったが、残念ながらその言葉は今届きそうになかった。
「──」
「ぐぅぬぅ……!!」
瓦礫に足がついてようやく後退を止めた槙田だったが、それでもなお押し込んでくる里川は容赦がない。
このまま瓦礫に押し倒してしまおうと考えているようだ。
『そこの小僧!! 聞こえているのだろう!!』
「……え!? 僕ですか!!?」
『お主しかおらん!! 我の声が聞こえているのだな!!』
「はっはいそうです!!」
『小僧に縋ることになるとはな……情けない……。小僧! 我が主から我を手放させよ! さすれば正気を取り戻す!! ……かもしれん!』
「確証はないんですか!?」
『とにかく早くせよ!! でなければ完全に浸食される!』
「わわっわかりました!!」
灼灼岩金は、先ほどの恨み声とは打って変わって元気な中年男性のような声になっていた。
声が如何せん大きすぎる気がするが、そんな事は今どうでもいい。
とにかくどうすればいいかは分かった。
テールはそれを槙田に伝える。
「槙田さん!! はやく武器を手放させてください! そうすればいいそうです!」
「……簡単にぃ……言ってくれるぅ……!」
指示を聞いた槙田は一気に体の力を抜いて脱力した。
地面すれっすれまでしゃがみ込み、力を入れ続けていた里川の剣を回避する。
自分の頭上を通り過ぎたことを確認した瞬間、跳ね上がるようにして体を持ち上げた。
その後に風を切りながら紅蓮焔が付いてくる。
若干の炎を纏いながら斬り上げる攻撃は炎が強い風に吹かれる激しい音を発しながら里川に襲い掛かった。
だが、魔法は槙田だけが使えるというわけではない。
里川もゴボリと地面から溶岩を持ち上げ、隙だらけになった横腹への攻撃を防ぐために使われた。
槙田の攻撃は粘液質の重い溶岩を切り裂いただけに終わり、里川には一切の傷を負わせることはできなかった。
そのまま距離を取られ、仕切り直しとなる。
『ええい、はようせい! 我は操られた主に己を振われたくはない!!』
武器とはいえ、彼らは主を選ぶ。
認めた者にはその名に恥じぬ働きをしてくれる。
灼灼岩金も、里川器という主を気に入って彼の人生のすべてに付き添った。
握っている本人は同じであっても、意識がないのであればそれは他人だ。
まったく同じ技、同じ魔法を使ったとしても、やはり他人だ。
どこぞの誰とも知らない人間に、自分を使ってほしくなどはない。
ましてや主を操っている人格であれば尚更のこと。
しかし現状としては槙田よりも力の強い里川が両手で灼灼岩金を握っている。
今近くにいる仲間の中で一番力の強いのは槙田だ。
なので力づくで手放させるということは難しいだろう。
そこでしばらくは呆気に取られて黙っていたレミが、ようやく我に返ってテールに問い詰める。
「ちょちょ、テール君今何が起こってるの!?」
「里川さんの武器が指示をくれました! 武器に呪いがかけられていて、それで里川さんが操られているみたいです……。解除方法は武器を手放させることですが、早くしないと完全に乗っ取られてしまうらしいんですよ!」
「訳が分からないわ……。ああ、でもやるしかないわね! メルちゃん戦える?」
「行けます!」
「よし!」
バッと立ち上がったメルが、剣を構えた。
レミも同じように構え、里川に狙いをつける。
しかし、メルがあの二人の戦いについて行けるとは到底思えない。
レミも里川の攻撃を受け流すことが精いっぱいだし、一撃を与えたのは不意を狙った一撃だけだ。
あの時もしっかりと防がれてしまったので攻撃を与えたとはお世辞にも言えないが。
とにかく、里川を今のうちに何とかしなければならない。
なのでレミはメルも作戦に入れた状態での策を頭の中で巡らせる。
「テール君、君は声を聞き続けて状況を教えて」
「了解です」
「メルちゃんは里川さんの不意を狙う。正面から戦っちゃだめよ」
「分かりました」
「私は魔法で援護。槙田さんはこういうの嫌うでしょうけど、今はそうも言っていられないので無視させていただきましょう。短期決着! さぁ行くわよ!」
タンッと軽い調子で踏み出したレミは里川に接近する。
それに気付いた槙田は少し眉を顰めたが、操られている奴との真剣勝負など面白くないとして目をつぶったようだ。
レミの接近に合わせる様に、槙田も突撃する。
「……」
ギョロギョロッと二人を交互に見た里川が地面を思いっきり踏む。
地面が盛大に割れ、その隙間から溶岩が零れ出た。
だが思っていた噴き出し方と違ったらしく、首を傾げる結果となった。
そこでテールにまた言葉が投げつけられる。
『小僧!! 我の力は今封じている!! だがいつまで持つか分からぬと伝えよ!!』
「はい! 皆さん!! 魔法は今使えないみたいです!! でも一時的なのでお気をつけて!!」
「ははぁ……刀が反抗期かぁ……!」
「それはラッキー!」
レミが薙刀を振り回して遠心力を乗せる。
大きく振りかぶった薙刀から繰り出される強烈な一撃は、先ほど里川を吹き飛ばした。
今回もそれと同程度の力を乗せる。
そしてすぐ正面からは槙田の紅蓮焔が刃を向けて里川に迫っていた。
二方向の同時攻撃。
完璧な間合いと連携を見せた二人の攻撃をかいくぐるのはほぼ不可能だろう。
歴戦の猛者でなければ。
パシィッ!!
里川は回避こそしなかったが、驚きの行動に出た。
レミの遠心力が乗った薙刀を、片手だけで受け止めたのだ。
「ええ!?」
そして残っている片手で、槙田の攻撃を弾く。
下段から突き上げる様にして迫ってきたのでそれをしっかりと叩き落とそうとした。
だがそこで、槙田の剣が消える。
そのせいで空ぶってしまい、隙が生じた。
槙田は下段からの突き技を繰り出す寸前、叩き落されるであろう場所を予測してその寸前で切っ先をカクッと地面に向けたのだ。
垂直に立った紅蓮焔は刃をこちらに向けており、次の攻撃が確実に入るようになっていた。
「炎上流、垢ねぶり」