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呪い研ぎの研ぎ師  作者: 真打
第五章 盗賊と海賊
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5.12.下がらぬ理由


 槙田の恐ろしい表情は、優勢であった里川の身を一瞬強張らせた。

 地獄の底から妖がこちらを覗き見ているような不気味さ。

 笑っているというのが尚更たちが悪い。


 明らかに何かを企んでいるように思えた。

 もしや、今までこちらが優勢に見えたのは彼の演技だったのだろうか。

 押さえ込まれている体勢から逆転の機会を伺っていたのだとしたら、今まさにこの思考時間が危うい。


 里川は即座に灼灼岩金を振り下ろしたが、遅かった。

 槙田は振り下ろされる直前に切っ先を灼灼岩金の鍔を突いた。

 正確な狙いと、この攻撃に出る思い切りの良さ。

 もし失敗すれば確実に頭から両断されていたことだろう。


「っ!?」

「ふぅ……はぁ!!」

「ごっほ!!」


 強烈な掌底。

 腹部にしっかりとめり込んだ拳は否応なしに里川をよろめかせて後退させた。

 腹を押さえて痛みに耐えていたが、槙田ほどの力を持つ人物の打撃は堪える。

 ましてやそれがまともに入ったのだ。

 立っていられなくなり、膝をついてしまう。

 しかし武器は構えたまま、切っ先を槙田に向けている。

 どれだけの致命傷を負ったとしても、これだけは疎かにしてはいけない。


 ようやく仕切り直しだ、といった風に槙田は一つ息を吐く。

 そして真後ろにいたメルたちを見る。

 これ以上下がれないのは、彼女たちがいたからだ。

 下がる方向を間違えたと言えばそれまでなのだが、そのおかげであの咄嗟の攻撃が出たというもの。


「小娘ぇ……」

「……え、あっはい!!」

「剣だけに、頼るなよぉ……?」


 人とは、武器を手に取るとそれに頼りがちになる。

 そのせいで負けてしまうということもあるのだ。

 今の一連の流れでこれを言うのは場違いかもしれないが、メルはその教えを素直に受け入れた。


「槙田さーん。魔法は使わないんですね?」

「いや、あいつ次第だぁ……」

「ああ、なるほど……」


 敵が魔法を使うなら、こちらも魔法を使う。

 使わないのであれば、正々堂々立ち合って実力を示し合う。

 それが彼らの、暗黙の了解であった。


 次第に痛みが引いてきたのか、里川が腹をさすりながら立ち上がった。


「チィ……藤雪を前にして……力及ばすとは……。槙田、お前も藤雪を殺しに来たのではないのか?」

「誰だそれはぁ……知らぬぅ……」

「知らないだと……? お前も藤雪に殺された魂だろう?」

「……ああぁ……、貴様は知らねぇのかぁ……」


 妙に納得したように、槙田は唸った。

 一早く殺されてしまったのであれば、あの事を里川が知っているはずがない。

 槙田は妙な空間に飛ばされてしまった為、すべてを把握していたが。


「数百年前ぇ……この世には、数多くの侍が呼ばれたぁ……」

「……十二人ではないのか?」

「然りぃ……。一柱の神が死ぬまで、これは繰り返されたぁ……。これがどういう意味か、分かるかぁ……?」

「…………つまり……お前もその一人で、藤雪とは違う人物に殺された?」

「ああぁ」


 槙田はコクリと頷いた。

 どうやら里川は、藤雪が歩いてきた道のりを見ることはできなかったらしい。

 であれば、こういう反応をするのも納得だ。


 しかし、里川ほどの実力を持つ人物がすぐに死ぬとは思えない。

 相手が悪かっただけかもしれないが……もしそうなら、彼を殺した藤雪という人物は彼以上の実力を持っているということになる。

 無論負けるつもりはないが、葛篭以上に強い人物だと骨が折れそうだなと思う。

 それもこれも、まずこの男を倒してからの話になるが。


 里川は頭の中で槙田が口にした言葉の意味を深く考える。

 次第に話の大きさを理解した。

 彼らが一柱の神が死ぬのを知っているということは、その現場に立ち会ったのだろう。

 神を止めたのは、彼らなのかもしれない。


 里川の眼帯から出ていた青い煙が、次第に消えていく。

 おや、と思って彼は目を擦る。

 すると、人間らしい瞳が姿を現した。


「……なんだ?」

「知らぬぅ……。己の身はぁ……己がよく知っているだろうぅ……」

「はぁ、まったく。こんな話をされては興が冷めるというもの」

「したらば手伝えぇ……。お主より他の侍が、まだ襲ってくるのでなぁ……」

「ほぉ、そりゃ面白い事だ。是非ともそいつらと戦ってみたい。いいだろう、お前を殺すのはまた今度にしてやる」


 これも里川の本音だったが、なによりも槙田を殺したという侍と一度だけでもいいから相対してみたかった。

 自分よりも強い相手になによりの興味を示す里川。

 槙田もその考えを気に入っており、小さく頷いて紅蓮焔を納刀した。


 まさか他の魂が仲間になるとは思っていなかったレミは、遠くからその様子を見て驚愕していた。

 だがすぐに優しく笑う。

 昔はこんな事ばかりだったからだ。

 仲間になり、そして対峙し、どちらかが死ぬ。

 昔と同じことを繰り返している様だった。


 一つ安心しているレミとメルではあったが、一人だけまったく安心していない人物がいた。

 テールは、常に刀の声を聞いていた。

 灼灼岩金の声は自分以外に聞こえないが、彼が口にしている言葉はこれから迫る危険を知らせていたのだ。


『主!! 主!! 気をつけよ!! 意識が乗っ取られ始めているぞ!! おい主聞いているのか!! 主!!!!』

「槙田さん!! 気をつけてください!! 様子が変です!!」

「……なにぃ?」


 咄嗟に、テールは槙田に警告した。

 彼はこちらを向いて不思議そうな顔をした後、里川の方に向き直る。

 彼もきょとんとして敵意のない表情を浮かべていた。

 明らかに危険はない。

 そう判断した次の瞬間だった。


「……ぐ?」


 里川が眼帯をしている目を押さえた。

 妙な感じがして手を当てただけなのだが、今度は明らかな異常がその身に襲い掛かる。

 激痛が走り、頭が焼ける様に痛む。

 脳をかき回されている様な感覚が体を突き抜け、次第に意識が遠のいていく。


「ぐぬううぅ、ぐぉぉあ!?」

『主!! 我を手放せ!! 呪われているのは我である!! 今なら間に合う!! 早う手放せ!! 主よ!!!!』

「里川ぁ……!?」

「槙田さん武器を! 武器を手放させてください! それが原因です!」

「日本刀だとぉ……? チィ!」


 本当かどうかは分からないが、今は信じるほかないだろうとして槙田は下段に紅蓮焔を構えたまま突っ走る。

 今の里川の状態であれば少し衝撃を与えるだけで簡単に刀を取り落としてしまうだろう。

 間合いに入った瞬間、鍔元を狙って灼灼岩金を弾き上げる様にして斬り上げる。


 だが、それは弾き上げられなかった。

 それどころか、槙田の攻撃を片手だけで凌いだのだ。

 これがどういう意味を示しているのかは、相対している槙田と、灼灼岩金の声を聞けるテールはすぐに理解できた。


『遅かったか……!!』

「……いい面してんじゃねぇかぁ……!」


 無表情のまま、真っ赤な瞳から真っ赤な涙を流している里川が、両手で灼灼岩金を握りしめた。


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