5.11.似た者同士
姿勢を正して下段に構えた槙田に対し、里川は大きく足を開き、片手で逆霞の構えを取って残っている手はだらりとぶら下げていた。
槙田の燃えている羽織の勢いが少し増し、里川の足元からは溶岩がゴボリと顔を出した。
「……槙田正次。志摩の鬼か」
「ほぉ……俺のことを知っているかぁ……」
「有名だからなぁ。忍び衆をよくもまぁ従えさせたものだ」
「むぅ……何故そのことが広まっているぅ……。そのせいで奴らは住む場を失ったぁ……」
「然道という男が言いふらしておったが」
「……あのくそ野郎かぁ……」
嫌な名前を聞いて顔を思い出してしまったのか、槙田は苦い顔をして頭を掻きむしる。
明らかにいらいらとした様子ではあったが、一つ息を吐いた瞬間その苛立ちは何処かへと消え去った。
「かくいうお主はぁ……里川器ぁ……。主に裏切られぇ……山賊の頭となり、復讐を果たした男ぉ……。三つの領土を落とした、というのはよく聞く話ぃ……」
「三度も斬り捨てられるとは思わなんだ。どうだ、主に裏切られたから襲い掛かる男は間違っていると思うか?」
「否ぁ……。否、否ぁ……。俺もぉ、そうだからなぁ」
ニヤリと不気味に笑った槙田に対し、里川も不気味な笑みで答える。
彼らがどういう生き様を歩いて来たのかは、今は関係のない話だ。
己の自慢話をして何になる。
貴様の褒め言葉を聞いて何の励ましになるというのか。
一瞬の笑みでの会話。
言葉も何もない会話ではあったが、互いの言いたいことはしかと理解することができた。
忍び衆を従える程の実力を持った男。
三つの領地を山賊という生半可な戦力だけで叩き潰した男。
彼らの実力は拮抗している。
久方ぶりに本気の戦いをすることができるかもしれない!!
槙田が一度刀を納刀する。
里川もほとんど同じタイミングで姿勢を正してボロボロになった鞘へと納刀した。
双方、元武士。
それなりの礼儀は、今も尚心の中心に存在している。
ギロリと相手を睨んだまま、軽く礼をする。
とても流麗で自然すぎる流れ。
頭を上げた後の抜刀も水が流れる様に自然であり、そこから己の最も得意とする構えに変わる。
槙田は下段、里川は逆霞。
準備は整い、これからの流れであれがどちらが勝ったとしても文句は言えない。
更に戦い方に、卑怯という文字は存在しない。
それこそが戦略の一つであり勝ち方なのだから。
グンッと足に力を入れた里川は姿勢を低くしたまま突っ込んだ。
日本刀、灼灼岩金を振り回しながら突っ走ってくる姿は怒りにすべてを任せた人間の戦い方とまったく同じだ。
普通であれば何の脅威にもならないものではあるが、彼は冷静だった。
それこそが彼の強みであった。
「轟けや灼灼岩金」
「参るぞ紅蓮焔ぁ……。炎上流……輪入道」
間合いに入った瞬間、里川が肩を使った全力の大振りで上段から槙田を切り伏せる。
それに合わせる様に下段から脇構えに切り替えた槙田は瞬時に踏み込んで切っ先で輪を描くようにして日本刀、紅蓮焔を振り上げた。
ギジャチーンッ!!
たった一撃だというのに、弾け合う金属音はどちらかの刀が折れたものなのではないか、という程に甲高いものだった。
鍔迫り合いへと持ち込まれ、ギチギチと音を鳴らして拮抗する。
そしてこの一撃で、お互いの実力を推し量ることができた。
(……あの小娘に魅せられる戦いはできねぇかぁ……)
(底が見えん)
里川が力任せに押し返す。
身を引くと同時に槙田が追撃するがそれをしっかりと弾き返し、間合いを取った。
怒りに任せた攻撃というのは、とんでもない火力になる。
里川は怒りながら冷静さを保ち続けているので、常に最高火力での斬撃を繰り出すことができるようだ。
話に聞いていただけでは理解できなかった彼の強さを、槙田は素直に認めた。
一方、里川は底の見えない強さに身を震わせていた。
これは恐れではなく武者震いだ。
生きてきた中で、一撃、剣を交えただけでここまで思い知らされるような人物とは相対したことがない。
だが、だからこそまだ強みを目指せると教えてくれる。
彼のような人物に仕えていたのであれば、自分はもっとまともな生き様を歩めたかもしれない。
互いに認め合いながらも、一つだけは意見が一致した。
快。
今目の前にいる強者と相対する時だけは、邪念を一切合切斬り捨てて刀を握ることができた。
「ははぁ……! では耐えてみろぉ……! 炎上流、百鬼夜行ぅ!」
「暴れろや灼灼岩金!」
ズダンッ!!
大きく踏み込み散歩で間合いを詰めた槙田は上段から攻撃を切り出し、そこから連撃を繰り出した。
その一撃一撃が酷く重く、さすがに片手だけでは防ぎきれなかった里川がようやく灼灼岩金を両手で握った。
がむしゃらな連撃を一つ一つ丁寧に……とはいかない。
一つは伏せて躱し、一つは柄で何とか防いで軌道を逸らし、一つは叩き落した。
すぐに攻撃に転じるがその瞬間には刃がこちらに迫ってきており、防ぐほかない。
とんでもなく素早い速度で繰り出される連撃は、数百ともいえる数の敵が襲い掛かってくるように感じられた。
二十連撃目で、槙田の眉がピクリと動く。
先ほどから里川の刀がまったく弾かれなくなっていたのだ。
最初の三連撃では弾かれていたのだが、両手で握り始めて十連撃を繰り出したあたりから明らかに
抵抗する力を付けている気がする。
ギャヂィーンッ!!
これに気付いた最後の一手で、槙田の攻撃が完全に止められた。
「……慣れてきたかぁ……? 戦いにぃ……」
「久方思い出せなかった戦というものを体が思い出した。感謝する、槙田正次! 吠えろ! 灼灼岩金!!」
ギギャチャンッ!!
槙田の刀を上に弾いた里川は、振り上げたと同時に大上段からの攻撃を繰り出す。
その一撃を危なげなく防いだ槙田だったが、その威力に目を見開いて驚いた。
危うく柄頭が左手から逃げるところだった。
一太刀目の攻撃力よりも数十段強くなった攻撃。
刃を食いしばり、目を細め、怒りの表情を露わにして再び大上段に灼灼岩金を振り上げて全く同じ攻撃を繰り出す。
それを今度は横に弾いて往なした。
すぐに攻撃に転じようとしたが、その時には既に大上段に構えられていた。
同方向からの連撃。
単調であるからこそ何も考えることなく繰り出すことができる。
弾かれても上から攻撃するということを決めておけば、それ以外のことは考えなくてもいい。
守ることに重きを置く必要はないのだから、ただただ振り上げ振り下ろすを繰り返せばそれでいい。
相手が下がる歩数に合わせてこちらが踏み込めば自ずと勝利が見えてくる。
これが、三人の主を殺した里川の技である。
連撃の速度は次第に早くなり、槙田は受け流すことができずに完全に受けの体勢を貫いていた。
こうなってしまえばあとは持久戦だ。
しかし、後退し続けていた槙田が足を踏ん張って後退を止めた。
それでも里川の多連撃は続くが、次に灼灼岩金を振り上げた時に見た槙田の顔は、酷く恐ろしいものだった。
「これ以上下がれねぇんだよぉ……」