遭遇
「……………」
「……………」
「……にゃに?」
「……お主こそ、何者じゃ。物の怪の類いか?」
ある日の事である、いや、それ以外に表現出来ない、今が何月とか何日とか自分には分からないので。
改めて、ある日の事である。
いつものように日課をこなしていたら、大柄な感じの大人くらいの背丈の、二足歩行のでかいモフモフな猫がいた。
結界の外側で、酷く弾きはしないが中に入れもしないらしく、車窓を覗き込む子供のように両手を結界について、猫が覗き込んでいた、二足歩行である。
「にゃんこが しゃべった」
「にゃんことは失礼な輩じゃな。儂は猫人族じゃぞ。思考なき獣と一緒にするでないわ」
「にぇこじんじょく?」
「見ての通り、猫の姿を持つ種族じゃ。そんな事も知らぬのか?」
ペタペタと結界を触りながら、呆れたように溜め息をつく猫に、自分はこっくりと頷いた。
これがいわゆる「第一村人発見!」という事だろうか?逆か?違うか?
「ここしか しらにゃい から」
「このような幼子が…いや、今は聞くまい。世界にはあらゆる種族がおる。犬の姿を持つ種族を犬人族、狼なら狼人族、という風にな。見たところ、お主は世界で一番多い人族じゃな」
「ひちょじょく」
「全ての種族の原点…などと格好つけて語られる事もあるが、いわゆる、どの種族と交わっても子が成せる特異で哀れな種族でもあるじゃろう」
二足歩行で衣服を着た猫は周囲を警戒しつつも先を急ぐ様子がなく、どうもモノを教えてくれそうな雰囲気なのでー会話に飢えていたのもあるーちょっと結界に穴あけて招き入れる。当然、穴はすぐ塞ぐ。
「幼子の所業とは思えぬ…いや、まあ、今は良かろう」
勧めた切り株の椅子に腰を下ろした猫、じゃなくて猫人族は、ジラスと名乗った。
依頼を受けて、特殊な薬の素材を求めてこの森に踏み入った、冒険者なのだそうだ。
居るんだ、冒険者。
「お主が、カルラが何故ここで生活しているのか、今は問うまい。じゃが、見目から人族である事は間違いあるまい。己のようにこの森に踏み入る者は多くはないが居るゆえ、知らぬならば、教えておかねばなるまい」
数えきれぬ程の種族が、街に村に、あちこちにいるが、一番多いのは人族らしい。
何の獣の特徴も持たずー大抵の種族はジラスのように猫が二足歩行しているかのような獣由来の姿が一番楽だそうだが、人族の姿に種族の特徴の耳や尻尾がついている状態にもなれるそうだ。人族の多い地域に住む獣人族は、耳や尻尾だけをつけているような状態でいる事の方が多いらしいー非力だがそれを知能で補う頭脳派種族が、人族なのだそうだ。
だが、先程ジラスが言ったように、人族だけがどの種族とでも子供が作れるー他の獣由来の姿を持つ種族・獣人族は、同族としか子が成せないらしいー特性を持つ事から、古き時代には性奴隷や繁殖奴隷として扱われていた事もあるそうだ。
知能は高いものの、身体能力はどの種族よりも劣る人族は、暴力に屈さざるを得なかったようである。
時としてどんな奸計でも、圧倒的な暴力には屈さざるを得なかったのだろう。
人族の雄はどの種族の雌をも胎ませられるし、人族の雌もまた然り。
産まれてくる子供は人族か相手の種族かの二択で、混血はないらしい。
現代では、奴隷自体が廃止され禁止され厳しい罰則も出来たそうだが、それでも完全に安全である訳ではないので、あまりはっきり人族だと分かるような格好は止めた方が良いと、ジラスは語った。
「冒険者のような街から街へ移動する者は、大抵フード付きのマントを着ておる。将来的にそのような物を着ると揉め事も少なく済んで良いじゃろう」
「わか、た」
一通り種族について語ってくれたジラスは、荷物の中から水筒のような物を取り出すと数口飲み込み、またしまい込む。
「ときに、カルラ。お主は何故、ここにいるのじゃ」
答えられるようならば教えて欲しいと、無理に聞き出すつもりのないらしいジラスに、私は一つ頷いた。
「うみゃれて いみゃみゃで ここしか しらにゃい」
まだ呂律がよく回らないので、赤ちゃん言葉で聞き取り辛かっただろうが、ジラスは根気よく耳を傾けてくれた。
赤子の時におそらく捨てられたかどうかしたのだろうとは思うが、何も分からない事。
よく分からないが結界を張れたので、その中で生活している事。
自分で動けなかった赤子の頃の食料や水に関しては、あえて触れずにおいた。
どういう扱いになるか判断出来なかったし、ジラスがどういう立ち位置の人か、自分は知らないので。
ただまあ、その辺の野草やベリーを食べつないでいるとだけ、話した。
「舌が回らぬは幼子ゆえ致し方ないが…お主、本当に三つか?」
「みっちゅ」
短い指で三を作って示すが、ジラスは苦笑するに留めたようだ。
「どうする、カルラ。儂と来るか?」
依頼品を探し当てたらまた戻ってくるので、麓まで一緒に降りるか、とジラスは誘ってくれた、大変良い人だが、その後の責任までは、負ってはくれまい。
おそらく、孤児院か教会のようなところへ預けられるのだろう。
申し訳ないのだけれど、街に興味はあるが、今は、自由を拘束されるのは遠慮したい。
体は三歳児でも、精神は三十路なのだ、無理、絶対無理。
「あいがちょ でも ここにいりゅ」
「…そうか、承知した」
休憩させて貰って助かったとそう笑みを向けたジラスに一つ頷くと、立ち上がったので、先程と同じ所に穴を開けてあげた。
「では、な」
「きを ちゅけて」
バイバイ、と手を振ると、一つ頷いたジラスは颯爽と去っていった、格好いい猫…猫人族であった。
それから、時折、某かの依頼を受けたジラスが、この場所を訪れるようになった。
食料だとか、お菓子だとか、子供用の衣服だとか、回数を重ねる毎に手土産が増えていって、無一文で街にも行けない自分には大変有り難いが、対価を払う事が出来ないと毎回断ろうとした。
けれど、ジラスいわく、ここはかなり深い森で、結界の中しか知らない自分には思いもよらなかったが、結構獰猛で凶悪な魔物が跋扈しており、移動や休憩に非常に気を張るのだそうだ。
そんな森の深い場所に、これほど安全な場所があり、そこで休憩出来る事は千金にも値するのだと、逆に彼の方が対価を払わねばならないが、ここでお金を渡しても使う当てが今のところないだろうから物品になるのだと、そう言って毎回、押し付けるように与えてくれるので、いつしか、素直にお礼を言って受け取るようになった。
それくらい、頻繁にーとはいえ十日に一回とか、二週間に一回とか、まちまちではあったがージラスが来るようになっていて、馴染んだ自分がいた。
ジラスはおそらく、結構高ランクの冒険者なのだろう。
彼いわく「とても危険な」この場所に、それなりの頻度で通えるほどの実力があるのだろう。
また、彼自身の装備品もそうだが、自分に渡される衣服や食料の質がいいのだ。
彼のおかげでようやく裸足を脱却した自分であるが、貰った靴で足が痛くなった事がないし、衣服もとても肌触りがよい。
ジラスの所持品ー時々泊まっていくので、テントや道具類も目にしているーなどから察するに、地球ほどの高度な文明ではないと断言出来る。
子供服も麻や綿が多いから、大きく間違ってはいないだろう。
だが、織りや縫いがとても丁寧だし、何らかの処理が成されていて、肌触りは本当に良いのだ。
そんなものをヒョイヒョイと手土産で渡せるあたり、決して懐が寂しい人の所業ではないだろう、どんなに甘い人でも、元手が無ければ購入出来ないのだから。
猫顔ではよく分からなかったが、彼は三十路だそうだ。
自分では中堅どころ、などと言っていたが、その真偽を図る術を自分は持たない。
ただ、どういう意図があろうと、彼自身が自分に結構甘い、それを知る事が出来ただけで何だかこう、胸の内がポカポカするのだ。
「ジラス どうぞ」
ぶつ切り単語ならば、割と発音に問題がなくなった今日この頃。
熱した石と切り株鍋を使用し、ジラスがくれた塩や調味料などで味付けしたスープを、彼が差し入れてくれた器に注いで手渡す。
調味料が揃うと、薄味で味気なかった結界内の野草も、結構美味しい事が判明した。
最近はどの組み合わせが美味しいか、試行錯誤中である。
「かたじけない」
受け取ったジラスは、ハフハフしながらスープを飲む、やはり猫舌のようだ。
ちょっぴり背が伸びたもうじき四歳児はしかし、生活習慣自体は相変わらず代わり映えしない。
強いて言えば、ジラスが色々と持ってきてくれたので、蔓草は全てロープにしたーうろ覚えのネット情報を何とか記憶から引っ張り出したよ、何でロープの作り方なんか検索したんだっけ?ーので、少しずつ、乾かして貯めていた枝木を組んではロープで縛っている。
建物はまだまだ無理だが、風よけの垣根程度にはなったので、自分が寝床にしている周囲に打ち込んでみたりしている。
幾ら安全地帯で天気の影響を受けないとはいえ、やはり、将来的には小屋で良いから建物が欲しい。
そして欲を言えば、風呂を作りたい。
この世界では、お湯で体を拭く程度で済ませるらしい、愕然とする。
風呂の素晴らしさを、この世界の人々は知らないのだ。
まあ、水の確保、湯を沸かす資源の確保ー薪もしくは魔道具的な何かだろうーが割と厳しいと、ジラスから教えて貰う街の様子から察せられるので、賢い四歳児は風呂については口を噤んでいるのだ。
自分もハフハフとスープを啜りながら、ぼんやりと物思いに耽る。
将来的には街に降りても良いのだけれど、ここでのんびり過ごしてもいいのかもしれないとも思っている。
色々ジラスが差し入れてくれるので多少生活に彩りが出たが、別段、無ければ無いで、それなりには過ごせる。
まあ、代わり映えもなく単調な日々になるだろうが、元々自分の希望は「平穏な生活」だ、大きく間違ってはいまい。
ジラスの差し入れの中に植物図鑑のようなものとか、魔力で起こせる現象事例のようなものとか、幾つかの本がありました。
サポちゃんに確認しつつ、理解を深めている今日この頃、将来的には魔力で起こせる現象で小屋くらいは建てたいところです。
「カルラ。何か足りぬ物はあるか?」
「だいじょうぶ ありがと」
食事を終えて身支度を整えたジラスが、お暇すると言い置いて、そうしていつものように自分に問いかけてくれるが、具体的に欲しい物を自分が言った事はない。
来てくれたなら嬉しいから歓迎するけれど、あてにしてはいけないのだ。
それでなくとも冒険者という職業は、他の仕事と比べても圧倒的に死亡率が高いそうだ。
幾らジラスが強くとも、パタリと来なくなってしまわないとも、限らないのだ。
寂しいけれど、この世界はそういう覚悟も必要なのだと、他ならぬジラスが教えてくれたのだから。
そうか、と頷いたジラスは、いつものように結界をすり抜けてージラスだけ通れるように工夫する事が出来るようになったのだ、エッヘンー颯爽と去っていった。
見送るとちょっとしんみりするけれど、感傷に浸っている暇はない。
アウトドアで生活を充実させようとすると、とにかく動かなければならないのだ、保護者のいない四歳児は忙しいのである。
ジラスから貰った食器だって今はまだ地ベタ…は嫌なので、切り株椅子の上に置いている状態なのだ、棚が欲しいかな。
「はやく おおきく ならないかな」
まだまだ短い手足が残念な、今日この頃なのである。