閑話ー青年の独り言ー
今時の地球産日本人にしては、何というかゆったりとしているなぁ、というのが、最初の印象であった。
地球産日本人は、小説やアニメに始まり、娯楽という娯楽を産み出し提供し、今なお、新たなるジャンルを開拓し続けているその発想力は称賛に値するが、見ていて忙しなくて疲れもする。
そんな日本国人の女性であるその人は、パンツスーツに緩くウエーブのかかった長髪を背に流していて「キャリアウーマン」的な外見であったのだが、どちらかというと、上と下の仲裁役というかワンクッション的な人材に思えるような、それを苦に感じないような、暖かい雰囲気の持ち主であった。
少なくとも、「流浪者」に選ばれるには毛色が違うタイプという印象だ。
人間達には教えていないが、当然「流浪者」に選ばれるには基準がある。
まずは人間達の間で語られるように、将来的に世界を越えて影響を与えかねない人物は真っ先に選出される、「その類い希な能力が発揮出来ない世界」へ移す為に。
ただまあ、当然それだけで百名余りも選べるはずもない。
知識や技術の有無などは些末事だ、基準たり得ない。
それよりも個々人の持つ「心の強さ」が必要になる。
育った世界を離れ、世界を越え、記憶を保持したまま知らない世界へ生まれ直す。
字面だけ見ればとても簡単に見えてしまうのだが、肉体的な事よりも、精神的負担の方が酷く大きかったりする。
そもそも、生物は世界を跨げるような構造をしていない。
それぞれの世界に適応出来る構造であるだけなのだ、例えるなら、地上で生活している人類を、何の予告も準備も無しに宇宙へ放り投げるようなものだろうか。
まあ、この場合肉体的負担も酷いが分かり易いものの例えなので注目すべきはそこではなく、
「何の足場もない場所へ説明もなく投げ出される事」
に注目して貰いたい。
実際、まだ選出基準の甘かった数千年前には、生まれ出て自我がはっきりした途端に発狂して、命を落とした者もいたのだ。
少なくとも、越境に耐えうる精神の持ち主を選出する必要があった。
世界を越えた影響を与えかねない者は、当然、精神的にも過剰に強い。
選出する苦労は全くなかったが、必要数には絶対的に足りない、というかそんなに沢山いても困るが。
だから、不足分を補う選出基準として「精神的な強さ」を数値化してデータ化する作業は行われ、ゆうに二千年はかかったと聞いている。
今回の「管理者」は若い世代なので、当時の事は書面でしか知らないが
「ご苦労様です」
と言いたくなるような惨状であったようだ。
さておき、そうして先人の多大な努力の元で、世界を越えられる「精神的な強さ」を持つ者が選出出来るようになった。
だが、往々にしてそういう者は自我がーというより我欲が、というべきかー強くてほとほと手を焼いている、精神が強いと言う事は、はっきりと自己主張出来ると言う事と同義である事が多いらしい。
なので、彼女のようにのんびりというか、ゆったりというか、そういうタイプは珍しい。
心の強さは極論を言えば自信家であると言えるので、先程も述べたように大抵は自己主張が強く、自己の利益に執着し、つまり、選択肢を前に盛大に揉める。
具体的に言うと、選択肢一覧を順に見ていくのではなくてとにかく欲しいものを探すような感じで、無いと文句を言い始める、寄越せと言い始める、どうして無い選択肢を増やせると思っているのか、全く困ったものである。
期間は決まっていないものの、定期的に訪れる「選出期」は、我々の中では大変不評で、叶うならば担当者に選ばれたくないと、毎回押し付け合うのである。
今回、じゃんけんに負けてしまった為に数名の担当者に選ばれてしまった人の仕事を横取……コホン、肩代わりしてあげる事にしたのだが、やはり想像通りというか予定通りというか、騒ぎに騒いでくれた数人にお慰み程度の選択肢をくっつけてから半ば投げるように行くべき世界へ送って、ちょっと休憩と一息入れて、そうして最後の一人が彼女であった。
ソファの脇に立つ、スッと背筋の伸びた姿は、お手本にしたいくらいに綺麗であった。
座るように促して、他の面々と同じように話し始めたのだが……おかしいな、どうして自分は愚痴をこぼしていたのだろう。
反論することなく、ただ相槌を打つ彼女に、ついつい口が軽くなっていたように思う。
ああでも、吐き出すだけ吐き出すと楽になるものもある、ちょっとすっきりした。
お詫びという訳ではないけれど、項目ごとにある選択肢を選ぶ基準がイマイチわからないらしいー本当に地球産日本国人らしくないー彼女に助言していく内に、何というかほとんど自分が選んだような形になった。
決して彼女に自主性や自己主張が無い訳ではないのは、話していて分かってはいたけれど……え、いいの?
いや、自分は楽しかったけれど。
彼女はゆるりと目を細めて、逆にお礼を言ってきた。
『可能な限り平穏に過ごしたい』
希望はそれだけであったので、ある意味難しいものであったけれど、ならばと、自衛出来る方向で調整したつもりだ。
「それでは、こちらのアンケートを元に、貴女をお送りします、よき人生を」
いつもの決まり切った文言の後に、どこかのホテルの従業員のように『いってらっしゃいませ』などと言う事はあっても、『よき人生を』などと、自分は初めて言ったのではないだろうか。
「ありがとう」
丁寧に頭を下げて、笑顔で消えていった彼女を見送って吐き出した息は、いつものように重い息ではなく、こう、何かを達成したかのような、そんな息だった。
「あ、総主様!また現場に出られて」
「ははは、いいだろう?たまには」
「たまには、ではなく再々出られているではないですかっ」
「ああ、はいはい、戻りますよ」