転生
…管理職の青年は言っていた。
『キャラデザ…コホン、ご自身の設定は出来るけれど、転生を果たしたら我々はそちらの世界の住人のする事に干渉はしないし出来ないし、普通にそちらの世界の住人として暮らすので、生まれ出た先の境遇までは責任を負えませんので、ご了承ください』と。
つまり、『貴族だとか商人だとか労働階級だとか
生活水準を選べないし、家庭内環境が円満か破綻仕掛けか壊れているかも指定出来ないし分からない、記憶がある分辛い事もあるかもしれませんが、まあ、頑張ってください』と。
確かに記憶がある分、周囲の環境を認識出来れば即座に自身の生活水準を把握する事が出来るだろうから、生まれた場所によったら気が滅入るかもしれないのかな、とは思っていた。
何でか、貴族とか商人とか、富裕層に産まれて贅沢し放題であるとかいうラッキーに遭遇出来るとは、欠片も思えなかったし、何かが「無理」だと囁いていたのだ。
だが、いくら何でもこれはないのではないだろうか。
雲一つ無い青空が、仰向けに横たわる自分の目の前にある。
ただ、全面青空とはいかないのは、ここが平地ではなく森の中だからだろう。
日差しを受けて透けて見える緑の葉が、ほどよい木陰を自分に提供してくれているようだが、決して幼子が横たわるような場所ではないだろう、少なくとも、周囲に大人の姿が見えない状況では。
一応体は清潔にされているようだし、産着もそんなに草臥れていないが、視界がまだ怪しいし首が据わっていないのか思うように周囲を見回せないので、生まれたてか産後数日くらいだろうか。
『おしめの苦行頑張って』
とか、青年にからかわれもしたので、記憶は多分生まれた直後くらいからあるはずだ。
その自分に親や周囲の大人の記憶がないので、ほぼ間違いないだろう。
つまり、自分の人生は既に終焉に向かっているという事だ。
首も据わっていない赤子に自力移動は不可能だ。
また、動かせる範囲で精一杯動かした目にうつるのは、踏み固めた道すら見えない森の中。
ここで泣き叫んでも助けよりも捕食者が寄って来るだけだろう。
自分に出来るのは、ただひたすらに誰かが来るかもしれないという海に落とした硬貨を拾えるような確率を信じるか、捕食者にご飯にされる時に出来るだけ痛くありませんようにと願うか、あっさり餓死出来る事を祈るか、くらいだろうか。
産着は柔らかく肌触りは良い、寝かせられている場所も背中が地面からの突起物に当たって痛いという事もない、とても丁重に、しかし森の地べたに寝かせられている。
「あぶ……」
事情があったのだろうと察せられるが、客観的に見て、捨てられているという結論は変わるまい。
思わず溜め息をついてしまった。
ようように手をかざすと、おもちゃみたいな赤子の手しか見えない。
まだ反射でしか握るような動作が出来ない、思う通りに動かせない、確かにこれはきちんと家で面倒を見てもらっていたら、恥ずか死ぬかもしれない。
まあ、それはそれで受け入れざるを得なかっただろうけれど、今の自分には無意味な想像であるのだろう。
本当に清々しいほど良い天気だ。
木漏れ日が気持ち良い、ヌクヌクしていて、寝そうだ。
どうせ何も出来ないし、どうしようもないし、欲求に身を任せて目を閉じる。
さあ、次も目覚める事が出来るのだろうか、おやすみなさい。
目が覚めると、見知らぬ天井が視界いっぱいに……広がらなかった。
『知らない天井だ…』の台詞はお預けのようである、言わないけど。
変わらぬ青空天井、少し産着が湿っているのは朝露のせいかな。
相変わらず誰も通りかからないし、森の捕食者もおいでになっていないようだ。
ただただ、静かな森で相変わらず横たわっているようだ。
同じ姿勢で横たわっていたら床擦れしないだろうか、いや、そんな心配は無意味か?
しかし、昨日から何も口にしていないというのに、まだ生きているとはどういう事だろうか。
赤子は普通、数時間おきに母乳を求めるものであるし、生れたてならばなおさら、細かな栄養補給は必須だろう。
まだ二日目だからだろうか、手はフクフクと健康そうに丸い。
不思議だが、乾きも覚えていない。
生後間もなくの赤子であるというのに、お腹も空いていないのだ。
もしかして、自分は既に死んでいるのだろうか。
しかし、手は動くし目も動く。
特に血の臭いもしていないし、どこも痛くないし、土の感触はちゃんとある。
「あぶぅ…?」
訳が分からない。
生まれた時の記憶も無いので、僅かにも比較対象が無いのは痛いところか。
……体力の無い赤子らしくあっさりと眠りに落ちては目覚め、やはり喉の乾きも空腹も覚えず、もう幾度目かも数えられなくなった朝日を見るが、一向に状況は変わらなかった。
ただ、それなりの期間、自分は飲まず食わずでも生きていたようで、最近見回せる範囲が増えてきた、首が据わったのだろう。
そうすると、少し把握出来る範囲が増えた。
まず、自分が寝かされているのは、森の中の、ぽっかりと木々が丸く植わっていない場所で、周囲の枝振りが伸びて天井を形成しているような感じのようだ。
短い下草は生えているが、自分を覆い隠すほどではなく、しかも、自分がここに寝っ転がってからこちら、伸びている様子はない。
けれど、動物が来て踏んだり食べたりしている訳ではないのは、荒らされた様子の無い事から分かる。
また、ずっと転がされているだけの自分が、薄汚れている様子がない。
相変わらず手はフクフクだし、産着の肌触りは良い。
朝露を浴びて湿っても、暫くすると背中側すら乾いているようで、不快感を長時間覚える事もないのだ。
「あぶぅ?」
訳が分からない。
もしかして、自分は人間ではないのだろうか。
この世界の生き物を何一つ見ていないので、当たり前のように健康そうな赤子の手を見ていたが、もしやこれすらもおかしい事なのだろうかとさえ思ってしまう。
それとも、この空間がおかしいのだろうか。
木漏れ日の気持ちの良い、森の中にぽっかりと開いた空間は、こう、刺々しさというか攻撃的な何かがなくて、ついうっかり寛いでいる自分がいる。
最初の数日こそ、捕食者を恐れたり、通りすがりの人を期待したりしていたが、おそらく半年くらい経っただろうか、今ではすっかり弛緩している。
とはいえ、首が据わったようなので、少しずつ寝返りの練習をしていたりする、まだ成功はしていない。
「あぶあぶ」
地べたに寝転んだままだが、虫に集られた事すらなく、床擦れもなく、寝転んでいる場所がおかしいだけの健康な赤子である、多分。
しかし、これはもしかして、自力で移動出来るようになるまで、一人奮闘しなくてはならないのだろうか。
努力が苦になるタイプではないし、同じ事の繰り返しに飽きっぽいタイプでもないし寧ろ延々と同じ作業でもこなせるタイプなのでそれ自体に問題はないが、つまらない、寂しい、話し相手欲しい。
言葉が通じるかどうかに関しては不安には思っていない、選択肢を嬉々として選別してくれた青年が、「言葉だけは自力では大変でしょうから」と言語理解的な能力を選んでくれているので。
手を上げてニギニギしながら、空を見上げる。
いつだって雲一つなく、晴れ渡った空を。