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面談

「よくおいでくださいました、さ、どうぞお掛けください」


理想と現実の乖離は、時として人に遠い目をさせるものであると、私は思う。

いや、別に特段美化したりしていた訳ではないけれど、多少は夢を見させてくれても良いのではないだろうか、というか、これはないのではないだろうか。

実家に迎えが来て、目隠しをされてから某所に集められた私を含めた百名余りは、会議室のような所で、パイプ椅子に座って待たされた。


「それでは皆様、どうぞ、良き旅となりますように」


担当者らしいスーツに銀縁眼鏡の男性が、一段上がっただけの壇上に立ち、名乗りもせず、ただそう言って深々と頭を下げたと思ったら、一瞬意識が途切れた。

……あの一瞬でおそらく私達は死んだのだろうと、後から悟ったが、当時は分からなかった。

意識が途切れたと知覚したのは本当に一瞬で、薄らぼんやりと意識が浮上してきて、気が付くといわゆる「会社の応接室」のような部屋で、一人ソファに座っていた。

何となく作り物感満載の部屋であったが、おそらくその印象は間違いないのだろう。

ドアから入ってきた男性が、ドアそのものに慣れていないような、そんな風に思わせるぎこちなさであったのだ。

「親しみやすい会社の先輩」のような、スーツを多少着崩してラフな感じを装った服装。

ゆるふわな髪は、清潔感を感じさせる程度にはまとめられている。

こちらに視線を向けた男性は、ニッコリと笑みを浮かべて、冒頭の台詞を吐き出したのだ。

ここは自分の勤める会社や取引先ではなく、「神」に連れてこられた空間のはずだが、何だろう、この日常感満載の空間は。

まあ、自分に拒否権などないし、おそらくこれからの話になるのだろうからと、促されるまま腰を下ろす。

向かいに座った青年は、手元の書類を捲る。


「まずは、この度はご協力ありがとうございます、まあ、拒否権はありませんけどねぇ」


ブフフ、と一人で笑いながら、青年は話を続ける。

ええと、これは突っ込まなくてはいけないのだろうか……?

「ああ、すいません。それでは、これからの事をご説明しますね」

そうして青年が書類を捲りながら、選ばれた百余名は順次個別に担当者と面談している事や、全員が同じ世界に行く訳ではない事などを語った。

数百どころか数千、いやそれ以上ある世界にバラバラに放り込まれるそうで、「流浪者」は一つの世界に一人、重複する事はないそうです、重複は「流浪者」を放り込む意味が無くなるのだそうです、へぇ、そうなんだ。

視線は書類に向いたままであったが、落ち着いた低い声で、きちんと相手に聞かせるようなゆったりとした話し方なので、聞き取り易かった。


「どこの世界の皆さんも同じように思い違いをされる事が多いのですが、別段、あなた方の世界が特別に良いとか悪いとかそういう差はないですし、数百数千ある世界の中で贔屓したり優遇したりとか、そんな面倒臭い事はしていませんからね、最初に申し上げておきますよ」


そんな事をしたらその世界だけではなく、全体のバランスが崩れてしまい易いのだと、青年は何故か愚痴をこぼし始めた。

目の前のテーブルには、いつの間にか緑茶が供されていたので、誰が用意したのだとか、そんな突っ込みはしないまま有り難く頂戴する。


「そもそもですね、我々はただ管理する者であって、某かを創造したり采配したりする立場ではないんですよ」

「そうなんですか」

「そうなんですよ。例えばですね…うん、あなた方の世界でいう「神」に該当する存在は確かにいらっしゃいます、とてもお優しくて寛大で公平なお方です。ですが、イチイチ生物一人一人の些末時に手を差し伸べられるほど暇なお方ではないんですよ。それに、この世にどれだけの数の生物がいると思っています?億や兆では単位が全然足りませんからね?無理に決まっています」

「ああ、おっしゃる通りですねぇ」

「選ばれる事自体に意味なんて無いんですよ、本当に。言うなれば、素人ディーラーがルーレットに玉を放り込んで、その玉があなた方を指し示すところにたまたま転がっていった、ただそれだけなんですよ」

「なるほど」

「たまにね、選ばれた事そのものに選民意識を持つ方がいらっしゃいまして、こちらが何もご説明しない内に、能力を寄越せだとか容姿の指定をするだとか、果てには富裕層に産まれて贅沢したいとか、本当に何様のつもりなんでしょうね?」

「同輩が、失礼したようですね」

「いえいえ、貴女お一人に謝っていただくような事ではないですよ、お気になさらず。まあ、重ねて言いますけれどね、我々はあなた方の世界で言うところの管理職に過ぎないんですよ。何かを付与するとか、容姿や能力に手を加えるとか、出来ないんですよ」

「そうなんですね、大変お疲れ様です」

「ありがとうございます。実は実際に過去、まだまだ規定が甘い頃に、面倒臭くなった同僚が適当にハイハイ言いながら何もせずに送り出した事もあったのですが、そうしますと、あっさり死んでしまわれるか、その世界に多大な迷惑をかけるとか、もう、目も当てられない事になりました」

「あらまぁ…」

「上からも散々怒られましてね、あんまりにも適当に言い過ぎてもいたので、同僚は暫く謹慎させられました。目も当てられない方々は、リセットなどないのだとしっかりお教えしましたが、やらかしてくださった事に違いはありませんので、やり直しなどという温情はありませんし、そのまま「死亡」した事になりました。彼らがその後どうなったかなどは、僕は部署が違うので知りませんけれどもね」

「因果応報と申しますものね」

「ええ、その通りです。どこの世界にどう産まれようが、その世界の因果からは逃れられないし、従うべき道徳も法律も免除される訳ではないんですけどね。なまじ記憶があるのが悪いのかもしれないのですが、こればかりは、仕様なので仕方ないんですよね」

「仕様なんですか」

「ええ。だって、記憶が無ければ、普通に産まれてくるのと変わらないじゃないですか」

「ええ」

「それだと、わざわざ手間暇かけて世界を渡っていただいた意味が無いんですよね」

「ああ、それは、確かに」


どこであろうとも「意思を持ったモノ」が居る場所では、起こる問題はあまり変わらないんだなぁと、少しずれた感想を抱いていたら、青年がポリポリたこめかみを掻きながら頭を下げる。はて?

「すいません、つい、うっかり、愚痴をお聞かせしてしまいました」

「いえいえ、誰だって吐き出したくなる事はありますから」

自分もよく友人と飲みに行き、お互いに愚痴や不満をぶちまけていたものである。

何も心に溜まったものがない人など、居やしないのだから。


「……ありがとうございます。では、改めまして、これから貴女に幾つかの問いにお答えいただきます」

「問い、ですか?」

「はい。先程申し上げたように、我々には何かを変更する能力も権限もありませんが、上から予め幾つかの選択肢を預かってきております。その中からでしたら、選んでいただけるモノもあるのです」

青年は捲っていた書類の中から十数枚抜き取ると、テーブルの上に、自分に見易いように並べてくれた。

「それぞれの項目ごとに、数の制限はありませんので幾つ選んでいただいても構いません。ただ、申し訳ありませんが、貴女の行く先の世界の事をお教えする事は禁じられております」

「理由を伺っても?」

「事前情報をお教えしたばかりに、以前は偏った項目をお選びになる方が多かったらしく…何でしたか…「チート」とか「俺無双」とか騒ぎまして…世界のバランスが崩れそうな事態にまで発展した事がかつてあったそうなのです。ですので、あくまで「今の時点」でのご希望に添います」

「なるほど」


頷いて書類に視線を落とすが、思った以上に沢山の項目があって面食らう。

先程の愚痴から察すると、そんなに融通が利かなさそうであったと認識したのだが、違うようだ。

「容姿」の項目で三十以上、髪や目の色など細かく指定出来るようだ。

「身体能力」なんて項目もあって、これも何やかやと三十以上の選択肢がある。

家電の取扱説明書も真っ青の小さな字で、書類十数枚分にも及ぶ項目と選択肢が並んでいる。

更には、選択肢の中でも矛盾するような内容のモノは同時に選択してしまわないように、分かり易いように書き方が変えてあって、まあ、小さい字の割には理解しやすい表記になっていた。


「ここでの時間は止まっておりますので、じっくり選んでいただいて構いませんよ」

「そうなんですか」


それならば、どうやら先を急がねばならない訳ではないようだし、と熟読する事にする。

まるでゲームのステ振りのような錯覚を起こすが、これはゲームではなく、次の自分の人生そのものを左右しかねない書類なのだ、取扱説明書のような雑な読み込み方は出来まい。

ちょいちょい青年に説明を求めながら、あれば嬉しい選択肢を選んでいく。

数に制限は無いそうだが、結局は選んだ全ての項目のバランス次第のようだし、欲張っても碌な事にはならないだろう。

こう言っては何だが、地球での三十余年の人生は、取り立てて語れるような事柄は無いけれど、穏やかに幸せに暮らせていたのではないだろうか。

事件も事故もスリルも興奮も求めていないので、突出する必要はないのだ、叶うならば、同じように穏やかに暮らしていきたいものである。

結局、ざっくりとした希望を青年に伝えて、概ね、青年に選んで貰った形になったが、まあ、良いとしよう。


「いやぁ、なかなか楽しい時間を過ごさせていただきました」


あまりに青年が良い笑顔なので理由を問えば、これまで彼が面談をした人は、とにかく自身の希望に添うように、有利になるように、自身の「幸せ」を追求出来るように、それはもう真剣に長々と書類に向かって「一人」で唸っているばかりであったらしい。

まあ、ゲームやアニメに馴染み過ぎた地球人達ならば、ステ振りや成長させたい方向の取捨選択は「特段説明されずとも分かっている」のだろう。

何せ、バーチャルなんちゃらとかいう体験型のゲームだと概ね最初の設定がもの凄く重要で、ゲーム開始以降は成長の方向転換が出来ないモノもあるらしく、ゲームの進行を左右する事すらあるのだと聞いた事がある。


ちなみに自分は、バーチャル酔いをするー個人差はあるが、三パーセントくらいの確率でバーチャルが体質的に合わない人がいるそうだ。自分はその三パーセントに当たったらしいーので、アナログゲームしか出来なかった。


さておき、これがキャラクターではなく、自分自身の事だと本当に理解して選んでいたかというと、大いに疑問が残るがまあ、自分には関係ないだろう。

つまり、自分のように半ば青年に託すように、というか協力させて選ぶ者がいなかったようなのだ。

他人事とはいえ、まるで「キャラクターデザイン」をしているようで萌えた、と青年は破顔していた、まあ、楽しかったのならば何よりです。

「こちらこそ、とても助かりました」

新たな生を受ける前に「自分を作れる」という体験は、おそらく今回限りだろう。

次の生を終えたならば普通にそちらの世界の輪廻の中に入るそうでー魂というモノは、世界を跨ぐ事は本来無いそうで、その世界で植物になるか虫になるか動物になるかはさておき、同じ世界に再び生を受けるのだそうだー覚えておけるはずもないが、なかなか貴重な経験をしたものである。

「それでは、こちらのアンケートを元に、貴女をお送りします」

「はい。ありがとうございました」


「…よき人生を」








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