旅立ち?
昨今、最も熱かった話題をご存知だろうか?
東大合格よりも遥か狭き門であり、ましてや海外の某有名大学入学を狙うよりも難しい。
けれど、決して選出される時点での学力や世間への貢献度は関係ない。
年齢は多少考慮されるらしいと噂に聞くが、性別も、出身地も、有利になる要素ではないのだとか。
数百年おきに、完全にランダムで選ばれる、その名も「流浪者」。
それが何と、今年選出されたのだ。
今は西暦で数えると、五千年は越えていた。
文明は一進一退を繰り返した。
特に車が宙を飛んではいないし、かつて様々な媒体で妄想と想像を膨らませ羽ばたかせていた「近未来」的な発展も遂げてはいない。
ライト○ーバーは未だ古式ゆかしい映画の中だけの存在だし、机の引き出しを開けても耳をネズミに齧られた猫型ロボットは出てこない。
星の寿命が語られ、地球の寿命すらまことしやかに囁かれていた西暦二千年代には、人類は思いもしなかっただろう。
文明は一定水準を越えてしまうと、「神」に介入される事を。
現代において、「神」の存在を疑う者はいない、一人も、である。
老いも若きも疑う事のない事実として、「神」はいる。
……ノスト○ダムスだの、大予言だのと、太古に一世を風靡した愉快な話題は、ある意味、「神」を見てしまった人々の警告だったのかもしれない。
いつから地球上の人類がそれを明確に認識していたのかはもう、誰にも分からない。
けれど、「神」は遥か昔より「管理者」として存在していたそうだ。
「神」によると、地球を含めた銀河系だけでなく、他にも沢山生物が生息する星や銀河系があり、複数の「神」によってその成長や衰退を監視されているのだそうだ。
そうして、その星の中に留まらず、宇宙や他の銀河系にまで悪影響を及ぼしそうな成長を遂げてしまう前に、その事象の「鍵となる人物」や「中心人物」が頭角を現す前に、他の銀河系の「要注意人物」と入れ替えて、過剰な発展を制限しているのだそうだ。
全く同じレベルで文明が発展している世界は無いし、日用品一つとっても当たり前に入手出来るか否かで、出来る事は大きく変わる。
発展し過ぎてある文明から飛ばされた人物は、多少飛ばされた先で文明の促進に貢献する事はあるが概ね時の流れに埋もれてしまうし、逆の場合は飛ばされた先の生活に順応するだけでかなりの時間を消費してしまうだろう。
そうやってある種のバランサーとして選出されるのが、「流浪者」なのだ。
数百年おきというと、人類の寿命からしても忘れ去られそうな長き時であるが、DVDやブルーレイが普及した更に後に、USBメモリよりも小型で大容量の記録装置が幾つも開発され、例え千年前のテレビ番組であろうとバックアップがあり閲覧も可能になった現代では、火山の噴火や大地震の予測のように、「流浪者」の事も伝え続けられてきたのだ。
便利な家電は増えたが、実質、文明的には西暦二千年初期の頃と大きく変わらない……いや、電信柱が世界から消え、電線などは全て地下に埋められたし、廃棄物処理に関しては比べ物にならないだろうか。
細かい分別は現代も必要としているが、ほぼ全ての資源がリサイクル可能になった為、分別を怠ったりゴミのポイ捨てをしたりするとータバコの吸い殻一つでも、だー禁固五年、三百万円以上の罰金など、重い罪に問われるようになったのだ。
電線が無くなって景観がよくなったくらいで、概ね、景色としては西暦二千年初期と大きく変わらないようだ。
山々に囲まれ、田園風景の広がる田舎があり、高層ビルが建ち並ぶ首都や都市圏がある。
生物の種の保存の観点から、多少、自然が増えたりしているらしいが。
さて、話は戻るが、「流浪者」の選出である。
ちょうど今年が当たり年であるそうでー何の当たりかは知らないがー「神」から世界安寧首脳会議でお告げがあったらしい。
この世界安寧首脳会議は、世界で広く「神」が認知された頃には既に開催されており、概ね「神」からのお告げはその会議中に与えられるのだそうだ。
過剰な発展による「神」の大きな介入を阻止する為の組織であるなどと、まことしやかな噂があるらしいが、まあ、詳細を一般人が知る事はない。
ただ、「神」に関しては何人たりとも偽証も隠蔽も出来ないそうで、きちんと告知される。
今年の選出人数は、百名くらいだそうだ。
これは当然、人類側が選べる事はなく、「神」から順次お告げがくる。
お告げを受けた人物には、洩れなく右手の甲に「印」が現れるそうだ。
「印」が現れた人物には、一ヶ月の身辺整理の猶予が与えられるが、拒否権はない。
遥か昔にあった「神隠し」のように前触れもなく消されたり、かつて一世を風靡したライトノベルにありがちな現世では事故などで死亡して転生だとか転移などといった事になるよりは、譲歩されていると言えるのだろうか。
まあ、ベッドの下に隠した物だとか、人に見せられないあれこれを片付けられるのは、良い事なのだろう、多分。
そうして一ヶ月後、「流浪者」に選ばれた者は一ヶ所に集められ、死亡した者として処理される……戻ってはこられないのだ。
だが、特に若者にありがちだが、ライトノベルの影響か、ゲームやアニメの影響か、「チート」が貰えるだとか「勇者」や「聖人」のような「特別」になれると勘違いしている者も少なくなくて、「流浪者」に憧れている者も一定数いるようだ。
まあ、誰も戻ってこられないので、想像だけは膨らんでしまうのだろう。
さておき、「印」が現れた人物には、すぐに公的機関から「一ヶ月の間に済ませるべき事」という感じの冊子が送られ、例えば「円満な退職の仕方」であるとか、「独身でマンションを購入している場合には、希望者は国が一度買い取り現金化してくれるので遺産として身内に渡せますよ、その為の国家予算も組んであります」などといった具体的な事までかなり詳細にしっかりと説明されている。
そんな冊子の注意事項に書いてあるのだ。
一、私物や財産は一切持ち込めない
一、世界を渡るので、そのままの姿で行く訳ではない
一、行く先の世界に合わせた姿になるので、いわゆる「一度死ぬ」事になる
一、記憶は持ち越してそのままだが、あくまでも行く先の世界の住人になるだけである
一、やらなければならない事も、やるべき事もなく、ただ普通に生活するだけである
などなど、おそらく過去に何か勘違いした者がいたのだろうと想像にかたくないほどに事細かに、何十項目と言葉が並べられていて、しかし字が小さい。
下手な家電の説明書よりも読む気を削ぐ仕様である。
……読んだけど。
まあ、ざっくり言うと、
「世界の安定の為に移動させるだけであって、おまえに特別なモノなど何もないから勘違いしないように」
とオブラートに包みつつも明言している訳なのだ。
そして、お分かりだろうか。
何の因果か、「流浪者」に選出されてしまったのだ、自分が。
三十路OL、街暮らしに憧れて大学入学と同時に田舎から飛び出してそのまま街で就職、マンション暮らしの独身。
彼氏に「他に好きな人が出来た」とフラれ、それならもうお一人様で生きていくと決意し、我が城を購入して一人暮らしを謳歌していた自分が、である。
呆然としたものだが、一ヶ月という猶予期間は長そうで実はそう長くない。
会社には
「必見、これであなたも円満退職」
などと書いてあった冊子の通りの退職届を提出、即日受理されたというか、受理せざるを得ないらしい、強制である。
有給が消化出来ていなかったが、これは国から補填されるそうで必要書類を提出したら、一週間後には会社の最後の給料と一緒に通帳に振り込まれていた。
服や家電など売れる物は一つ残らず売り払い、本やアクセサリーは妹達を呼びつけてー自分は一男三女、第二子の長女であるー欲しいと言えばそのまま渡し、残った物はやはり売り払った。
最後に、終の棲家になるはずだったマンションを、国に売り払った。
その後、通帳を全て解約し、現金化してから、田舎に帰った。
金融機関でこの手の手続きは考え直すように解約のデメリットを話されたりするなど、通常は少々面倒臭い事も起きたりするが、「流浪者」に選出されたという国からのお墨付き書類と共に依頼したら速攻で手続きされた、ついでにちょっと憐れまれたような気がしなくもない。
第三者からの憐れみの方が何だか突き刺さった気がした、不思議なものである。
両親はまだ健在であったが、何も言わずに差し出した自分の手の甲を見て、泣き崩れた。
特に親しい友人にはもう挨拶を済ませたので、大仰な事はせずにひっそりと去りたい旨を両親に伝え、そうして携えてきた現金を全て渡した。
残りの日々を、実家に残していた私物を処分しつつのんびりと過ごし、そうしてきっちり一ヶ月後に迎えに来た国からの使者と共に、実家を後にしたのだった。