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令和兄妹―永劫の日曜日ー

作者: 相浦アキラ
掲載日:2021/10/03

「小苗ちゃーーーーーん!」


「…………」


「小苗ちゃーーーん! 無視しないでよぉ! お兄ちゃん哀しいよ!」


「……仕方ない兄上ですね。またソシャゲのガチャで爆死したのですか?」


「違うよー! 明日仕事に行きたくないんだよーー!」


「知りません」


「知りませんじゃないよー! 頼むからどうにかしてくれよー! もう主任に怒られるの嫌なんだよー!」


「知りませんったら知りません」


「そんな事言わないで助けてよー小苗もーん!!」


「私は兄上の猫型ロボットではございません! ダメなもんはダメです」


「ケチだなー! いいじゃないかー! ちょっと因果律捻じ曲げるくらい!」


「ダメです。因果律を安易に捻じ曲げすぎると、世界に歪みが出来てしまいます」


「知らないよー! そんなちっぽけな歪みなんか! 毎週月曜日という名の魔王がやって来るという不都合極まりない現実の方がよっぽどこの世界の歪みだよー!」


「……うっ、せっかく猫動画で現実逃避してたのに嫌な事を思い出させないでください。私だって人並みに月曜日は嫌いなんですよ。サザエさんのエンディングテーマを聴いていて……ふと時計の針の音が死刑宣告へのカウントダウンに感じられて、恐怖と絶望のあまり衝動的に世界を破壊しかけた事も一度や二度じゃありません」


「そんなに嫌いだったら月曜日なんか無くしちゃえばいいじゃないか! そうだ! 日曜日を永劫にループさせちゃおう!」


「そんな……だっ、ダメですよ兄上。お母様に怒られちゃいます」


「大丈夫。ママは今頃、ヨガ教室の合宿でタカのポーズでもしてる筈だよ。バレないって」


「えー……でも……世界の歪みが……」


「ところで、小苗ちゃん。冷蔵庫に入ってる僕のクリームマリトッツォの所有権だけど、小苗ちゃんに譲渡する用意がある事にはあるよ。小苗ちゃんの決断次第だけどね」


「マジですか!!」


「僕は真実しか口にしないよ」


「……仕方ない兄上ですねぇ。……よし、やっちゃいましょう」


「やったーーーーー! ありがとう小苗ちゃん!」


「早速行きますよ! えいっ!」


「……今の掛け声だけでちゃんとなったの?」


「ええ。バッチシです。これで私が解除するまで世界は日曜日を繰り返すことになるでしょう。記憶が残るのは私と兄上だけです」


「やったー! イエーイ! ダンシングサンデーナイ~! カミングウェターナルサンデ~! フォーエバ~~~! ヲゥヲゥヲゥヲゥ~!」


「全く兄上ったら。いい年して恥ずかしいですよ!」


「とか言いながら、小苗ちゃんもレモンサワーと冷凍ピザの準備を踊る様にキレキレにこなしているじゃあないかーーーーーー!」


「あら! 私としたことがなんてはしたない……フフフ!!」


「ヒッヒッヒ……イエーイ!!!」


 ◇


 ――1日目。


「兄上……」


「小苗ちゃん……」


「ううううぅ……私……」


「僕も……涙が……」


「兄上……かつて、このような事が一度でもあったでしょうか。日曜の夕暮れ時にこの曲を聴きながら……こんなにも愉快な心持ちでいられるという事が……」


「……僕も驚いているよ。こんな恍惚が、この世界に存在していたなんて」


「兄上、そろそろきますよ……」


「うん……」


「「ジャンケンポン!!!」」


「勝ったーーーーーーー!!! よっしゃあああああああああああああああああああああ!! どうだああああああああああああああああ!!」


「流石ですね兄上。私は負けちゃいました……」


「案ずる事は無いって。小苗ちゃんも明日は絶対勝てる筈だよ。パーを出しさえすればね」


「そうですけど、なんかズルいですね……」


「そんな些末なことは気にしなくていいさ! 今まで僕たちは、彼女とのジャンケンの勝敗に関わらず、底知れぬ絶望に突き落とされて来たじゃないか! ……そうだ。僕たちは一度だって本来の意味で彼女に勝った事は無かった。だから……多少の不正があっても彼女はきっと酌量してくれる筈だよ!!」


「それもそうですね! よーし! 明日は絶対パーを出します!!」


「ちょっと小苗ちゃん! サザエさんに聞かれたらチョキ出されちゃうよ!!」


「もー兄上ったら! 聞こえてませんよ!!」


「冗談冗談! ウフフフフフフ!!」


「……全然似てませんよ」


「マジで!?」


 ◇


 ――2日目。


「小苗ちゃん。ついにこの時が来たね」


「兄上……」


「ちゃんと覚えてるかい?」


「はい。……忘れる筈もありません」


「よし……僕も頑張るぞー!!」


「「ジャンケンポン!!!!」」





「――――!!!」


「やったーーーーーー!!!! 勝ったぞおおおおおおお!!! 小苗ちゃんもおめでとう!!!」


「ううううう……初めてです……私は初めて本当の意味で、彼女に勝利することができました!!!」


「よおおおおおおおし、祝杯をあげよう!! レモンサワーの素、原液じゃああああああああああ!!」


「はい!!!!!」


 ◇


 ――7日目。


「「ジャンケンポン!!!!」」


「やったー! 今日も勝ったね小苗ちゃん!!」


「ヒヒヒ……うれしいれす……」


「ちょっとー! 小苗ちゃん飲みすぎー!! どんだけー?」


「ぜんぜん……のんれまへんって……」


「まあいっか! 二日酔いも無いしね! どんどん飲んじゃおう!!」


「いえーい……ダンシング……サタデーナイ~」


「あー!! それこの前僕が考えた歌じゃん!! 某音楽著作権管理団体に言いつけるぞー!!」


「えへへへ……ごめんなさーい……」


 ◇


 ――31日目。


「「ジャンケンポン!」」


「やったー! 勝ったー!」


「私も勝ちました!」


「おめでとー!」


「兄上もおめでとうございます」


「……うん」


 ◇


 ――98日目。


「…………」


「あ、勝ったよ。小苗ちゃん」


「……良かったですね」


「うん」


 ◇


 ――159日目。


「…………」


「…………」


「なんか……流石に飽きてきたね……」


「はい……」


「あのさ……小苗ちゃん……」


「…………」


「そろそろ、因果律を元に戻しちゃってもいいんじゃない?」


「嫌です……」


「なんで?」


「嫌ったら嫌です!!」


「でも、飽きたでしょ?」


「……ええ兄上!! その通りです! ええ飽きましたよ!! 飽きましたとも!! これ以上ないほど倦厭し尽くしましたとも!!!」


「だったら……」


「兄上。単に飽きたからといって因果律を元に戻して良い程、事は単純ではないのです。私の精神が休日に対してのニヒリズムに囚われてしまっている……それこそが問題の本質なのです。もはや休日という名の凍り付いた退屈なぞ……今の私にとっては取るに足らない矮小で卑俗な存在でしかなくなってしまったのです……この意味が分かりますか?」


「まさか……」


「そうです。休日の虚栄が完璧に瓦解した今、私は何の希望を持って月曜日という名の叫喚地獄に身を投じればよいのでしょうか? 一筋の光明もない暗黒の中で、明日から私は何を糧に生きていけばいいのでしょうか!?」


「小苗ちゃん!! 希望はある筈だ!! 実際に月曜日が来てみれば、きっと小苗ちゃんも思い出しているに決まっているんだ! 休日の素晴らしさを!! むしろ以前より克明に感じられる筈なんだ!!」


「……兄上、もう遅いんです」


「まだ遅くない!!」


「……兄上」


「ごめん。もとはと言えば、全部僕のせいだ。僕が変な頼み事をしなければ、小苗ちゃんがこんなに苦しむ事も無かった」


「…………」


「そんな僕が言うのもおこがましいかも知れないけど……でも、辛くても小苗ちゃんには明日を生きて欲しいんだ。小苗ちゃんは、たった一人の僕の大切な妹だから」


「何ですか……それ……」


「ずっと小苗ちゃんの事、応援してあげるからさ! 僕も主任に怒られないように頑張るからさ!」


「兄上……でも……」


「別にすぐじゃなくていいんだ。小苗ちゃんの心の準備が出来たらでいいよ」


「…………」


「大丈夫。きっと大丈夫だから」


 ◇


 ――165日目。


「兄上。今日で長かった連休も終わりですね」


「うん」


「今日のカラオケ、楽しかったです」


「僕も楽しかったよ」


「特に……兄上が歌ってくださった忍空の曲……どれも心打たれました」


「良かった。小苗ちゃんに聴いてほしくて、ずっと練習してたんだ」


「練習してるのずっと聞こえてましたけどね」


「えーマジ!?」


「……兄上、ありがとうございます」


「どういたしまして!」


 ◇


 ――166日目。


 月曜日がやってくる。

 あまりにも久々過ぎる出勤……僕にとっても辛い月曜日だったけど……それでも何とかやり過ごす事ができた。


「小苗ちゃーーーーーん!」


「…………」


「仕事きつかったよおおおおおおおおおお!! しかもまた主任に怒られたよおおおおおおおおおおおおお!!! もういやだああああああ!!」


「…………」


「どうしたの、小苗ちゃん!?」


「……私は……もうダメです……」


「小苗ちゃん! 気をしっかり!!」


「兄上……土曜日が……」


「まさか……!!!!」


「休日……出勤……に……」


「小苗ちゃあああああああああああん!!!!」


 ◇


 僕はあの手この手で小苗ちゃんを宥めまくった。家事雑事を全て請け負ったり、コンビニスイーツを日替わりで贈呈したり……そういった血のにじむような努力の甲斐あって、世界は何事も無く日曜日を迎えることが出来た。


 しかし……光陰矢の如しとは良く言ったもので、楽しかった休日は飛ぶように過ぎていくのだった。

 リビングの窓には容赦なく西日が差し込み、僕と小苗ちゃんを茜色に染めていく。


「小苗ちゃん、大丈夫?」


「……ええ。お陰様で」


「良かった……」


 明々と照らされた小苗ちゃんの美しい横顔を伺い見る。

 彼女の口元が柔和に綻んでいたので、僕は少しだけ安心した。



「兄上。お天道様が沈んで行きますね」


「……うん」


「休日出勤という名の阿鼻地獄で味わった懊悩を慰めるには、あまりにも短すぎる束の間の休息でしたが……それでも愉快な日曜日でした。万全とは言えませんが、明日からも何とかやって行けそうです」


「それは良かった。――あっ、そろそろ始まるよ!!」


「……はい!!」




「「ジャンケンポン!!!!」」






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