僕だけが。
僕と渡辺は幼いころからの親友だったけれど、彼女の出現は容易にその絆を断ち切った。
ともに同じ高校に進んだ僕らは初めて彼女を見た瞬間から、その親しみやすいキャラクターを好むようになった。
僕と渡辺の違いは、彼が誰にも好かれるタイプの人間であるのに比べ、僕には基本的に渡辺以外の友達がいないということだった。渡辺は彼女を含むクラスの面々とグループを着実に作っていく。一方で、僕は休み時間には本を読んで時間をつぶす、クラスから浮いた存在となっていった。
そんな僕にも渡辺は今までと変わらず、声をかけ続けてくれた。
でも僕はだんだんと渡辺に、暗い嫉妬の感情を覚えるようになっていった。彼女たちと楽し気にする渡辺が許せなかった。
そうしてある日僕は、声をかけてきた渡辺に言った。
「うるさいなあ。きみは僕なんかじゃなく、あの子たちと遊べばいいじゃないか。もう声をかけないでくれ」
渡辺は一瞬たじろいだ表情をしたが、「なんだよ」とつぶやくと僕の席を離れていった。
それで終わり。僕は唯一の友を失った。
一か月程がたった。僕は親の転勤の話を聞かされた。どうでもいいことだった。今の環境になんの未練もなかった。僕はたんたんとその事実を受け入れ、転入等、新しい環境への準備をはじめた。
「ねえ。なんで最近渡辺くんと話さないの?」
本を読んで時間をつぶしていた僕に、あの彼女が話しかけてきた。
僕はぎょっとして目をあげた。彼女は首を傾けて不思議そうに僕を見ていた。
「渡辺くんとあんなに仲よかったじゃない。それが急に話をしなくなって。どうかしたの?」
僕は、
「別に・・・なんでもないけど」
と絞りだすような声を返した。
「うそ。私、渡辺くんに聞いてたんだ。あいつとは昔からの付き合いなんだ。俺はあいつの事をみんな知ってる。あいつも俺のことをみんな知ってる。親友ってこういうことだろって」
そして言う。
「私、間に入ってもいいよ。二人がまた一緒にいられるように、話す機会つくるよ」
「なんで・・・そこまでしようとするの?」
「だって私、渡辺くんと付き合ってるんだもん。親友どうしが仲たがいしてるの見るなんて、嫌だよ」
びっくりして彼女の顔を見つめる。付き合っていたのか。
僕は、「こうなったのも、もとはといえばきみのせいだ」と口に出しかけるのを必死にこらえる。
そして、
「ありがとう。でも意味ないよ。僕もうすぐ、転校するんだ。仲直りなんて意味ない」
彼女は口に両手をあてて、絶句する。
そして・・・ホロホロと涙を流しはじめた。
泣かせてしまった? なんで? 泣くようなシーンだったか?
「あ、えっと、その」
僕はあわあわ、と慌てる事しかできない。
その時、教室に入ってきた人物が目に入る。
「渡辺! あの・・・この子が。泣かせるようなことはぜんぜん言ってなくて。でも泣いてしまって」
渡辺はこちらにやってくると、彼女に大丈夫か? とたずねる。彼女の涙は止まらないが、渡辺へうんうんうなずく。
「本当に、泣かせるようなことは・・・」
「わかった。まかせろ」
渡辺が言う。そして、二人は廊下へ去っていく。
残された僕は呆然と二人の消えた扉をみつめていた。
僕はガキだ。僕だけが、ガキだった。そう思った。