68.帰るまでがクエストです。
さて、目的であったボス討伐が終わったのであれば、次に考えるべきはこれからのことであり、つまりは一人減った私たちが無事に帰るということだ。
と言っても、ラ・ナレを倒したことでリザードマンの出現頻度は激減したし、カニも積極的には襲ってこなくなったので、特に脅威もなかった。
なので、私たちは軽く雑談しながら帰路につく。
ちなみにクエストの制限とやらの所為でボス戦後は歩いて帰らないといけない、とゲイル君が言っていた。
「ところでケインさんの刀、なんなんッスか?斬るたび水飛沫上がってたッスよね」
「あぁ、これか。最近手に入れた刀でな、『村雨・秋』っつうんだ」
ケインさんは嬉々として村雨・秋について説明を始める。
どうやら手に入れたのを自慢したくて仕方のないようだ。
「大陸北部のダンジョンで手に入れたんだけどな、そん時のボスが鎧武者の亡霊でなぁ」
北部にある今は忘れ去られた墓地がダンジョンとなっていたらしい。
そこをミナちゃんと二人で攻略した際に、MVP報酬として獲得したのがその大太刀だったようだ。
「わたしが聖属性付与のアイテムもってなかったら危なかったんだからね」
「へぇへぇ。んで、基本スペックはもちろん高いんだが、追加効果が中々エグい」
「どんななんッスか?」
ケインさんがよくぞ聞いてくれたとばかりに、口角を上げる。
「斬ると水飛沫が上がって格好いい」
ケインさんの言葉に呆気にとられるゲイルくん。
いや、まさかそれだけ?
「冗談だ。
水属性付与に、水耐性無視。それと水属性の刀スキルの倍率大幅アップだ」
「あぁなるほど。だからさっきのトカゲにダメージ通ってたんッスね」
通りで見た目から水属性の攻撃をしてるのに有効打になってたはずだ。
そして最後の大上段からの攻撃、あれも刀の効果によって高威力へとなっていたようだ。
「その刀も妖刀属性あるんッスか?」
「あぁもちろんな」
「妖刀属性?」
聞きなれない言葉に、思わず二人の会話に割って入ってしまった。
「妖刀属性ってのは、レアな刀についてる特殊な属性ッス。
使用者の練度が上がるほど効果も上がってくってやつッスね」
それについてはゲイル君が解説してくれた。
へぇ、つまり使えば使うほど強くなるって事か。いいなぁそういうの。ロマンがあるよね。
「一度手に入れちゃうと、手放したくなくなるってところも妖刀っぽいよね」
「そうは言ってもメリットばっかじゃねぇけどな」
「あ、そうなんですか?」
ケインさんは苦々し気に言葉を続けた。
「死んだときのドロップ率が高ぇんだよ」
妖刀には、強者を求めるという特性があるらしい。
なのでダンジョンで死んだ場合や、PKにキルされた場合などはドロップする確率が高いという。
「なんで、使わないで所蔵しちゃってる人も多いッスけどね」
「武器は使ってナンボだろ。俺には持ってるのに使わねぇって方が、わかんねぇけどな」
うーん、確かに迷うところだね。
道具は使ってこそだけど、骨董品とかは飾っておくものだし。刀も今じゃ美術品以上の価値はないよねぇ。
もし私が手に入れたらどうするかな?アヤナに使ってもらうかな?それともあの殺風景なアトリエに飾るかな?
と、捕らぬ狸の皮算用をしているうちにマップは沼地を抜け、湿地帯へと入っていた。
行きはあまり気にしていなかったが、沼地からの帰りとなると周囲の風景も気になるものだ。
沼地エリアは比較的遮蔽物が少なく、見通しが良かったが、この湿地帯エリアは結構視界を遮るものが多い。
そこかしこに岩場があるし、私の背より高い草もかなりの密度で生えている。
この立地を利用して身を隠しながら襲ってくるカエルのモンスターもいるが、全てゲイル君の探知で見つかっているので、奇襲を受けたことはない。
モンスターの強さ的にはさっきのリザードマンよりよっぽど弱いので、奇襲にさえ気を付けていれば余裕と言えた。
「プラムさんは元々アイテム収集のためにこちらに来てたんだっけ?」
戦闘を歩くリリスさんが振り返りながら、そう聞いてきた。
「そうですね。元々はこのあたりで採取しようと考えてました。
確か状態異常系の草花が生えてるとか」
「そうね。
向こうの岩が二つ並んでるあたりが毒系で、ここからじゃちょっと見づらいけど、あっちにある背の低い草が広がってるあたりで睡眠系が採取できるはず」
それはいいことを聞いた。
採取できるエリアは定期的に変わるらしく、攻略サイトを見ても詳しくは分からなかったので困っていたところだ。
シューくんに要望を送ろうかと思ったけど、この広大な世界の中でその細かな情報もまとめるのは大変だろうと止めていたところだ。
その後も歩きながらリリスさんに採取ポイントを教えてもらう。
どうしてそんなに詳しいのか聞いたら、最近採取プレイヤーの護衛役としてここを探索したかららしい。
なんてタイムリーな。
そうして私はリリスさんと採取ポイントの話をしながら、ケインさんたちは以前攻略したダンジョンの話をしながら、気付けば湿地帯エリアの中央付近まで来ていた。
「それにしてもモンスター少なくない?」
ふと思い出したようにミナちゃんがそう呟く。
確かに言われてみれば少ない気がする。
沼地エリアと比べれば余裕なエリアだからと思って気にならなかったが、確かに行きにくらべて明らかに襲ってくるモンスターが少ない。
「んー、確かに探索で見ても少ないッスね」
斥候役のゲイル君は探知の上位スキル、探索を持っておりかなり広範囲を詳しく見れるらしい。
そのゲイル君がいないというのだから、本当にモンスターがいないのだろう。
「別に楽できるんだからいいんじゃねぇの?」
ケインさんの言うことも一理ある。
ボス戦後の私たちは多少なりとも消耗しているわけだし。
「何か嫌な予感がするの」
リリスさんが顔を強張らせて、そう呟く。
周囲には、なにもいない。
かくり、と膝が折れる。
あれ?
どすり、とそのまま湿地帯の地面に倒れた。
え?え?
声が出ない。
身体が動かない。
視線だけ動かすとミナちゃんも同じように倒れていた。
ミナちゃんの表情は、困惑と驚愕を浮かべている。
ケインさんは倒れてはいないものの、刀を杖代わりに膝立ちで耐えている。
リリスさんは辛うじて立ってはいるものの、身動きが取れないようだ。
ゲイル君はそれでも一番マシなようで、苦悶の表情を浮かべながら周囲を伺っていた。
周囲の草むらから、風ではない物音が聞こえた。
そして次の瞬間には、ゲイル君の身体は無数の矢に貫かれ、その場に倒れた。
周囲に黒と紫色の靄が満ちる
先ほどまでは辛うじて少しだけ動かせそうだった体が、今度はまったく動けなくなる。
声もまったく出せない。それどころか息苦しさまで感じてきた。
それはリリスさんもケインさんも同様だったようで、二人も地面へと突っ伏して倒れていた。
「いやいや、いくらなんでもPK対策甘すぎじゃん、おたくら?」
草むらから人影が一人出てくる。
それはPKというには、明らかに異質な格好をしていた。
男性だ。
上半身は白いタンクトップ。下半身は茶色の作業着に黒い長靴。極めつけは麦わら帽子だ。
どこからどう見ても農家だった。
しかしその中で殊更異質なのはその顔。
その顔は黒い覆面で隠されている。表面には丸の輪郭を左右に分断して、右側だけ下から上に向かってL字のラインが出ている。電源マークを上下反転したようなイメージが近いだろうか。
そのおかしな覆面を被った農家は、まるで見せびらかすように倒れる私たちの周囲を歩く。
「うちらとしては、仕事がしやすくていいのよ?ただあんまり弱いと、弱いものいじめしてるみたいじゃん?うちら悪者みたいじゃん?」
自らのことをPKだと言っているのに、悪者みたいじゃんとはどういうことか。
すでに倒されてしまったゲイル君を思うと、ふつふつと怒りがこみあげてくる。
「まぁ、今回は授業料だと思ってさ?次からは気を付けなよ?
ほいじゃ」
そういうと草むらや物陰から、わらわらと人影が現れる。
私の視界に入るだけで10人近い。おそらく見えていない所にも同じくくらいかもっと多くがいるのだろう。
そしてその者たちは、皆あの農家と同じ黒い覆面をしていた。
「ヒ、ヒヒっ」
「動けないだろ?残念だったなぁ」
倒れるミナちゃんに数人が襲い掛かる。
「きゅ、ひっ、っは」
敢えて刃物は使わない主義なのか、全員が鈍器を持って小柄なミナちゃんの身体を滅多打ちにしている。
殴っているものたちの覆面の下からは、嗜虐的に笑みが零れ聞こえてきた。
その声に、人の狂気を感じた。
恐怖が全身を駆け巡り、動かないはずの身体が小刻みに震えたような気がした。
ミナちゃんがポリゴンとなって消えるのに、そう時間は掛からなかった。
次に取り囲まれたのはケインさんだ。
「武者鎧なんて随分手の込んだもん使ってんなぁ?」
「見た目重視も悪かないけどな、今度はもうちょい、実用的な装備作った方がいいと思うぜ」
鎧の関節の隙間を狙うように、細い刃物が差し込まれていく。
ケインさんは、意地なのか、声を出さないようにしているが、抵抗できないその状態で嬲るように切り刻まれていくのを苦々し気に睨むしか出来ない。
「はっ、ご愁傷様」
「お、レアドロップじゃん」
「妖刀じゃねーか。あとでダイスロールな」
ケインさんが消えた後には大太刀だけが残っていた。
それはケインさんが大事に使っていたものだ!PKなんて手段で横取りしていいものじゃない!
そうは思っても声が出ない。
私の思いは外へは発せず、ただただお腹の底の方へと沈殿していく。
「女騎士さまって嫌いなんだよね」
「媚びすぎじゃん?ウザいんだよ」
「どうせネカマのくせに」
リリスさんは女の集団に取り囲まれているようだ。
私からはよく見えないが、何か液体のようなものが垂らされる音、そしてしゅわしゅわと溶けるような音と共に、リリスさんの苦悶の悲鳴が聞こえる。
「ゲームなんだから、痛い訳ないじゃん。バッカじゃないの?」
「ビビりすぎ。ウケる。スクショ取っておこうか」
「待って、じゃあ装備破壊するわ」
リリスさんの悲鳴に、懇願が混じる。
やめて許してというその声を、まったく意に介した様子はなく女たちは嘲嗤いながら手を止めない。
「そんな人のこと気にしてる余裕あんの?」
リリスさんに気を取られている間に、私の前に最初に現れた農家風の男がしゃがみ込んで顔を覗き込んできた。
「あんた、あのプラムだろ?
なんでパーティーメンバーに隠してんだか知らないけど、うちらは騙せないよ?」
バレてる!?
なんで!?
「ま、情報通りってとこかな?
いやー、今話題のプラムに会えて嬉しいよ?あの人形はいないの?」
男が周囲を見渡し、アヤナを探しているようだが今は居ない。
呼ぼうにもポータルを開くことすらできないほど、体が動かない。
「メアリNo.4と同じくらい強いから居られても困っちゃうんだけどさ?」
まったく困った様子はなく、淡々と話し続ける。
「ところでよく効く麻痺毒だろ?うちのお手製なんだよ?
農耕と調合と錬金の複合技術ってやつ?特別にあんたには教えてあげるよ?
あんたも錬金と機工の複合技術でいろいろアイテム作ってんだろ?」
う、そ。
なんで、そこまで知られてるの。
それに機工についても、私が教えた人から以外、その話を聞いたことはない。
掲示板とか攻略サイトを見ても、まだ情報は出ていなかったはずだ。
「なんで知ってんの、って顔だな?
ま、PKは情報が命ってな?」
全身がこの男に対して警戒を発している。
メアリと対峙した時とは違う、うすら寒い感覚の警戒。
否。
これは恐怖だ。
どこまでも見透かされているような、全てを壊されてしまうような。
そんな恐怖が私を襲う。
男が、目のないその覆面の奥から私を見つめてくる。
「ところでさ」
見えないはずのその覆面の下。
そこで口の端を上げた、意地の悪い笑みを浮かべたのが理解できた。
「あんたの持ってる情報、うちらに寄越したら助けてやるって言ったら、どうする?」
開墾開拓薬剤散布
農耕と調合と錬金の複合技術。
システムに規定されたスキルではなく、あくまでプレイヤースキル。
生えている毒草や薬草を農耕スキルによってまとめて刈り取り、錬金術により乾燥、下処理を行い、調合によりその場で調薬し散布する。
さて、そんな都合よく毒草が生えているものかな?




