35.君を訪ねて三千里
本日より、3章開始です。
『3人目 考察班所属後輩系インテリ眼鏡君』
よろしくお願いします。
私はパソコンの前で熟考していた。
そのページを出して、かれこれ1時間が経つ。
先輩から聞いたのだ。あれについて。
あれについては先輩も結構苦労していたらしい。
でも最近は割と同じ悩みを持っている人がいるらしく、それ専用のグッズがあるという。
先輩は少し前からそれを使っているらしく、使い勝手はいいらしい。
しかし私はなんとなく、それの使用に躊躇する。
これを使用するともう後戻りはできない気がする。
画面に映る商品パッケージを苦々しく見つめる。
VR作業用デリケートパット。
そう、これはVRで作業している時のお小水対策グッズだ。
見た目は夜用の生理用ナプキンの前側をさらに伸ばしたような感じで、吸水性については介護用のおむつより上だとか。
ちなみに大きい方には対応していない。していてもするつもりはないけど。
確かにこれを使えばトイレのたびにログアウトする必要はないし、ゲームに集中できる。
しかしいいのか私。
ただでさえ女子力が底辺なのに、こんなものまで使ってしまってゲームにのめり込むなんて、もう現実世界に戻れないんじゃないのか。
『結構便利でおすすめだよ』
教えてくれた先輩の笑顔が思い出される。
会社で一緒にお昼ご飯を食べながら、相談した時のことだ。
そうだ、先輩はこれを使っていることを恥ずかしがっていなかったし、使っているのにあんなに素敵なのだ。だから私も恥ずかしがることはないし、使ったってきっと大丈夫に違いない。否、むしろ先輩に近づいたといっても過言ではない。
よし決めた。
ぽちっと購入ボタンを押す。定期購入しますか、との問いには一応いいえとしておく。
買っちゃった!
期待と不安が胸の中でぐるぐるとないまぜになるが、気にしないようにする。
もう後戻りできないという予感を胸に、私は今日もログインする。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あの日以降、私に対する周囲の視線が痛い。
自分でも目立ちすぎたなぁって思うことはあるんだけど、それにしても現状を受け入れることはなかなかできない。ただ、その周囲の人たちが私に積極的に話しかけてくることが殆どないのだけはよかった。
なので、私はその視線たちについてあまり考えないようにしながら、粛々とクエストをこなしていく。
というのもいい加減、ミカに会いたいからだ。
前に先輩が行っていた通り、冒険者ランクを上げれば他の大陸に行けるようになる。そのために今まで放置していた冒険者ランクを上げるためのクエストを少しずつクリアしているのだった。
正直クエストの難易度は低い。まぁ今の私はLv.48だし、アヤナもいる。冒険者ランクを上げるためのクエストは、難易度の低いものからしか受けることができないので完全に作業と化している。今も薬草の原料の採取依頼だったけど、殆ど採取用人形にやらせて終わったし。
アヤナ?採取お願いしたら、手が汚れるじゃないですかって断られたよ!代わりに採取用人形の同行は認めてくれたけど。そこまでして採取やりたくないのか。
その代わり討伐系クエストは割とちゃんとやってくれている。畑を荒らすイノシシを倒して欲しいとか、やっぱり簡単なものだけど、投擲のスキル上げがてら拾った石を投げながらカウントを稼いでくれた。
私はといえば、適当に採取をしながら人形たちに指示を出しているだけだ。正直片腕がない状態で出来ることは少ない。
そういえば調べたところ、医術を持っているプレイヤーも住人も、アーファン大陸の王都にいるらしい。冒険者ランクが上がれば王都までいけるようになるし、結局今はクエストをこなしてランクを上げるってのが最優先というのは変わらない。
「このペースなら週末には大陸間ポータル開けるようになるかなぁ」
今日は木曜日。今冒険者ランクはLv.16で、大陸間ポータルの使用可能レベルは20だ。順調にいけば土曜には目標に到達する。
さて、次のクエストはっと…月光草の納品?なんだこれ。
また知らないアイテムが出てきたよ、こういうのいちいち調べにログアウトしないといけないのがめんどくさいんだよなぁ。
「アヤナ、ごめんー。ちょっと調べものしてくる」
「あの…」
「綺麗なお花を摘んできてくださいね」
「違うから!」
いや行くけどさ。
「あのー」
「へ?」
やば、阿呆な話をしてるところを知らない人に聞かれた!はずい。
声をした方を見ると、そこには一人の男性が立っている。
見た目は、人間かな?
私と同じくらいだから170cmくらいの身長で、だぼっとした感じのローブを着て手には身長よりも大きな杖を持ってる、というより担いでる。見た目は完全に魔法使いって感じかな。
顔立ちはゲーム内にしては珍しく黒髪で黒目の日本人顔。あともっと珍しいのが銀縁の眼鏡をかけているというところ。ただ眼鏡をかけているけど、冷たい印象というよりは真面目って感じかな?
「あの、プラムさん、ですよね?」
と名前を呼ばれる。
あまりないとはいえ、あのアナウンス以降知らない人から声を掛けられることはちょいちょいあった。どうやらツナギを着たエルフが私って情報は、速攻で広まったらしい。本当は着替えたいけど、他にもっといい装備もないのでこれを着るしかないのが悔やまれる。
「はい、まぁ、そうですけど」
大抵はそういうと、ワールドクエストはどうやってクリアしたのかとか、アヤナのことを聞いてきたりとかしてくる。一回だけ酷い人がいて、いきなりチート扱いしてきたので、速攻ブラリした。
今回はどっちかなと思っていると。
「いま、クエスト中ですよね?よかったらお手伝いしましょうか?」
と意外な答えが返ってきた。
私がきょとんとしていると。
「僕、検証とか考察とかしている【知恵梟】というクランに所属していまして、お手伝いさせてもらえないかなと思いまして」
「知恵梟って、あの?」
知ってる名前に驚いて聞き返す。
私がいつも見ていた攻略サイトこそ、知恵梟が運営していたサイトだったからだ。
「あ、サイト見てくれてました?ありがとうございます。僕もちょっとだけ記事書いたりしてるんですよ」
おぉ、この人があのサイト作った人のうちの一人なのか。なんか有名人にあったような気分だ。ちょっとテンションが上がったので聞いてしまう。
「ちなみに、月光草って知ってます?」
「もちろんです!よかったら案内しますけど」
それは嬉しい。手間も省けるし、もしかしたら色々教えてくれるかもしれないし。
アヤナにどう?と目配せをすると、ご随意に、と軽く目を伏せて答える。
じゃあ決まりかな。
「じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「お任せください」
そういって、担いだ杖で地面を数度叩く。
何かな、と思っていると、急にその場にポータルが開いた。
「月光草はフェアリー島で採取できます。島までのポータルを開いたので、どうぞ」
おぉ、すごい!ポータルってかなり高レベルの特殊魔法じゃなかったっけ?
さすが有名クランに所属してるだけあって、高レベルのプレイヤーなのかな。
あ、大事なことを聞き忘れてた。
「あ、そうだ。私はプラムといいます。知ってるかもしれませんが。あとこっちはアヤナです」
「シューベルト様、自動人形のアヤナと申します。以後お見知りおきを」
「申し遅れました。僕はシューベルトといいます。よろしくお願いします」
私も、よろしくお願いしますと言って、ポータルに乗り込んだ。
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ポータルから出た先は、森?ただエルフ島よりは低木かな。
周囲をきょろきょろ見ていると、ポータルからアヤナが出てきて、最後にシューベルトさんも出てきた。他の人形はしまっておいた。
「ここはフェアリー島の村で、フェレンです」
「え、村なんですか?」
「フェアリーは基本的に木の上に家を作っているのでわかりずらいんです。それに元々小さいですし」
木の上に目を向ける。すると隠れるように人間サイズの半分くらいの大きさの木の家がいくつか見えた。それに空を行きかうフェアリーたちも。
幻想的なその光景に、自分がエルフなのも忘れてファンタジーだなぁと思ってしまう。
「さて、フェアリー島の観光もいいんですが、月光草の採取に行きましょう。時間も限られているので」
「あ、はい。すいません、シューベルトさん」
シューベルトさんが先を急ぐように村の外へと向かう。
と思ったらいきなり止まった。
「あの、プラムさん」
「はい?なんでしょう」
「よければ僕のことはシューと呼んでもらえばと。シューベルトは、あまり呼ばれ慣れてなくて…あと、敬語もなくていいです。僕のが年下だと思うので」
え?いきなりどうした。
呼び方指定に、タメ口強要って、女子力低い私には難易度高いよ!
「えっ…と、シュー…くんも私に敬語じゃなくていいよ。ゲームだし、別にタメ口でも気にしないよ」
さすがにいきなり呼び捨ては勇気がいるのでくん付けにした。まぁタメ口が気にならないのは本当だ。ねりけしくんとか、初対面からタメ口だったし。
「いえ、僕のは普段からなので。すいません、わがままを言って」
「いいならいいんだけど」
「アヤナの敬語も普段からですので、頼まれてもこのままですが」
アヤナは誰に何言われても自分を貫き通しそうだよねー。
ということで今度こそ、月光草の採取に向かった。
月光草はフェアリー島の一番高い山、ユアスタ山の中腹に生えるらしい。しかも夜限定でしか採取できないので貴重なのだとか。もうすぐ夜になるので、移動時間を考えるとそう余裕もないようだ。
シューくんの案内の元、三人で山を登っていく。途中出てくるモンスターはアヤナが片っ端から倒していった。
「アンダースローの投擲のが格好いいと思いませんか?」
「いや、知らないけど」
アヤナが投擲についてよくわかない持論を展開してくるが、私はさっさと流す。
不満そうにしているところに、シューくんが声を掛ける。
「投擲も難しい投げ方の方が、器用値や魅力値が上がりやすくなるという検証結果がありますよ」
どや、と胸を張ってくる。
別に胸張るようなところじゃない気がするけど、アヤナが満足ならそれでいいだろう。
「アヤナさんは、自動人形というんですか?」
「えぇ。何か問題でも?」
「いえ、もしよかったら今度性能試験をさせてもらえないかと」
アヤナが私に目配せしてくる。
一応私の所有物で私のスキルに直結するところだから、私の意見を聞きたいのだろう。
「アヤナはどうしたいの?」
「試験だけであれば、構いません」
「だけってのは?」
「評価は必要ありません」
ん?余計にわからなくなった。
「評価は私個人が下すので、他者からの格付けは不要です」
「使えねーって言われたくないってこと?」
「アヤナは最高最上最強に優秀です」
ふーん、意外にメンタル弱いのかな。メンタルじゃないのかもしれないけど。
「いいらしいよ?」
「ありがとうございます!では後日またご連絡させてください。ええとその際は…」
「じゃあ、私に。フレンド登録しとこ」
といってお互いにフレンド登録をして、今度の週末にアヤナの試験をすることを約束する。
いろいろ話しているうちに目的の場所まで着いた。
山の中腹にある草原のようだった。
時間は、周りは薄暗くなってきそうな、誰そ彼時だ。
「ちょうどよかったですね。そろそろですよ」
太陽が完全に沈む。ここからだとちょうど海に沈むところが見えて綺麗だなぁ。
辺りが暗くなると、先ほどまではただの草むらだったところが、うっすらと白く光った。
それは最初はわずかな範囲だったのが、徐々に広がっていき、気付けば草むら全体がその白い光に包まれていた。
眩しい、とまではいかないが明かりが無くても周囲が見渡せるくらいには明るい。
「これが月光草です。太陽が沈んだ後にだけ現れる草で、この状態で採取すればクエストは完了になりますよ」
と言われたので、思い出したように月光草を摘む。
あまりに綺麗なのでちょっと摘むのがもったいないが、そこは仕方ない。
いくつか摘んで、クエストから納品ボタンを選択。
「おっけー。ありがとう。無事に完了したよ」
「いえいえ、大したことじゃないので」
謙遜してるけど、本当に感謝してるんだよ。
私だけじゃ移動して探してでかなり時間取られたはずだし、
さすが検証班、頼りになるなぁ。
時刻も結構遅くなっていたので、私たちは週末にまた会う約束をして、ログアウトした。