21.鉄は熱いうちに打て
ちょっと早めの晩御飯の準備をする。その合間にミカにメッセージを送る。
『ミカー、AWOはどう?ちゃんとやってる?』
『まぁまぁやってるよ。今日は徹とデートだからお休みだけど』
『仲のいいこって』
『いいでしょー。ゲームの方は手伝って貰ってるんだよ』
『こないだの三人組?』
『そうそう。あの三人。小梅は?かっこいいおじさんと進展あった?』
『このあと会いに行くけど…』
『え、すごいじゃん!デート?』
『いや、デートじゃないよ!ちょっと鍛冶を教えてもらいに』
『え?鍛冶?あんた何してんの?』
私も最近何してんだろうと思うことがあります。
もうちょっと話したかったけど、デートの邪魔をしちゃ悪いと終わらせた。
いいなぁ、デート。私も連れてってもらいたーい。映画とか水族館とか。
おっと、危ない危ない。
また亮ちゃんとの思い出をぶり返してしまうところだった。
私は余計なことを思い出さないように、回鍋肉を炒めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今回も、晩御飯とお風呂を済ませ、寝られる状態を作ったうえで、夜のログインをする。
一応、フレンドリストで先輩を確認する。
ログアウト中かぁ…もしログインしてくれていたら、付いてきてもらおうと思っていたけど、残念。
仕方ないので、私は恐る恐るといった感じで、リーオンさんの工房へと向かう。
リーオンさんの工房はマニュファクトリイから遠い。辺りは暗くなり、他に人もいない。一人で歩いていると不安になる。
それでも先輩に連れてきてもらった道を思い出しながら進んでいくと、リーオンさんの工房が見えた。中から灯りが見える。
よしっ!
「こんばんはー。先日のプラムです」
扉を開けるとこの間と同じように、中から鉄を叩く音が聞こえる。しかし今度は、すぐに私に反応してくれた。
「お前か。ようやくきたか」
まさかの、私を待っててくれた?しまったこんなことならもっと早く来ればよかった!
リーオンさんが、玄関先で立ち尽くす私をじろりと見る。
「まぁ、やる気があるってのは認めてやるよ」
私の恰好から、そう判断してくれたらしい。
えぇ、まぁ、そういうことにしておいてください。
リーオンさんが、工房の奥へ来いというので付いていく。
奥の椅子に、どかりと座るリーオンさん。
私は手前の長椅子にちょこんと座る。
「とりあえず申請出せ」
「あ、はい」
私はすぐに弟子入り申請の送る。すぐに承諾される。
「いいか、この工房とそこら辺の素材は勝手に使って構わん。だから、とっととレベルを上げろ」
以上だ、とリーオンさんは席を立つ。私には興味がなく、私が今後持ってくるであろう情報だけに興味があると言わんばかりだ。
え、それだけ?
いや、工房と素材の使用だけでも十分助かりますけど、アミーさんもねりけしさんも色々教えてくれたから、リーオンさんも何か教えてくれるもんだと勝手に思っていた。
まさかの自習とは!
しかし、あまりリーオンさんに手間を取らせるのも忍びない。
木工の経験を生かして、鍛冶もやってみよう。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
まずは部屋の中を物色し、鍛造用の金床と金づち、元となる鋼を用意する。炉はコンソール操作で温度設定まで行えた。
とりあえず、見様見真似ってことで。
私は鋼を炉に入れてみて、先端が赤くなるまで待つ。じわーっと赤くなって十分に熱せられたようだ。そういえばこんなに熱そうなものを持ってるのに、全然熱くないのはこのグローブのおかげかな。珍しく役に立つな、このグローブ。
赤く熱せられたところを金づちでかんかん叩く。どのくらい叩いていいかわからないので、とりあえず沢山叩いて、また熱して叩く。
ある程度やったら、それっぽく形が出来たので、それを水に入れて冷却した。
引き抜くと完成していた。
鉄棒
鋼を棒状に伸ばしたもの。
あれ、なんか武器にすらならなかった。
くっ、やっぱり何も知識なしじゃわかんないよ!さすがにこれはリーオンさんに聞くしかない。
「あのぉ~、リー…」
鉄を打つリーオンさんの横顔に、一瞬言葉を失う。
炉の炎に照らされて、黒い肌がさらに熱を帯びて見える。鋼に向けられる真剣な視線は、それこそ刃物のようだ。がきんがきんと一定のリズムで金づちが振り下ろされているが、鋼を持つ手は小刻みに動かされている。
その雰囲気に私は思わず見入ってしまう。
しばらくその作業が続き、最後に水の中に鋼を入れたところで完成したようだった。
「なんだ」
こちらに気付いていたようで、視線は鋼から離さず、私に声を掛けてくる。
「え、あ、あの。お邪魔してすみません。鍛冶が全然わからなくて、どうしたものかと…」
鋼を水から引き抜く。見事な刀身がそこにはあった。
「ちっ…仕方ねぇ。ちっと来い」
私は呼ばれるままに、リーオンさんの近くへ寄る。
「いいか、ゲームの鍛冶なんて、現実とは違って簡略化されてんだ。適当にやったって、叩いてれば勝手に武器になる」
すいません。鉄棒にしかなりませんでした。
申し訳なさ過ぎて目を伏せる。
「だがな」
そんな私のことには目もくれず、リーオンさんは話を続ける。
「現実の鍛冶が、まったくゲームに影響ないわけでもねぇ」
「え、どういうことですか?」
「刀鍛冶が、どうして鉄を叩くと思う?」
「伸ばして形作るため、ですか?」
「小学生の回答かよ」
「すいません、ええと…」
私は必死に大学時代に学んだ、熱処理加工についてを思い出す。
「確か、叩くことで金属の結晶サイズを細かくして、密度を均一にする、じゃなかったでしたっけ?」
「ほう」
リーオンさんが口角を上げる。正解のようだ。
ってゆーかリーオンさんの笑ったところ初めて見た!渋い!
「そうだ。鉄は叩くことで中の結晶が細かくなる。結晶性が不均一なら応力集中を起こす原因にもなる。つまりただ叩けばいいってもんじゃない」
「なるほど。均一に、均等に、と」
「しっかりと腰の入った一撃を、だな。へなっとした一撃じゃいくらやったって上手くいかねぇよ」
なるほど。さっきの私はちゃんと鋼に金づちを当てようと、あまり力が入ってなかった気がする。
「その上で、鋼を重ねていくんだよ」
「鋼を、重ねる?」
「金属の強度に関わる要素で、重要な成分はなんだ?」
「炭素、ですか」
他にもあるが、疲労強度なんかを考える場合は炭素が最重要だ。
「あぁ、炭素量が多ければ固くなるが脆くなる。逆に少なければ柔くなって粘りが出る。そうして重ねてくことで、より強固にしてくんだ」
じゃあさっきの私のは重ねてないし、本当にただの鉄の棒だったわけだ。
「そうして、最後に焼入れをすんだよ」
「焼入れっていうと、…マルテンサイト!」
「あぁ、高温で熱すりゃ組織はマルテンサイト化して硬度を増す。だが硬度が増しすぎる。」
金属を超高温に熱すると、組織はマルテンサイト化して強固な組織となるが脆くなる。
そのためにするのが。
「だから焼戻しが必要になる」
焼入れより低温で熱して、組織に粘りを出す工程だ。そうすることで、硬度があり、靭性の高い、強固な鉄となっていく。
なんとか、大学時代に勉強したことをひねり出せた。あぶないあぶない。
しかしちゃんとここまで思い出せるのに、どうしてさっきはあんな適当な加工しちゃったんだろう。やっぱりゲームだと甘く見ていたか。
「そんじゃあ、焼入れと焼戻しの温度はどんなもんだ?」
「うぐっ…すいません、さすがにそこまでは覚えてません」
「だろうな。大体焼入れが800℃で、焼戻しが400℃から600℃くらいだ。焼戻しも種類があるからな。用途によって分けんだよ」
勉強になります。
で、熱処理加工についてこれだけ詳しく話してくれたってことは、これがAWOの鍛冶に役立つってこと?
「いいか、別にこんな知識は知らなくたって、このゲームの鍛冶はできんだよ」
というかほとんどの人がそこまで気にしてない気がします。
「だがな、知ってるのと知らないのじゃ全く違うわけだ」
「えっと、じゃあ知ってて作れる人が一流ってことですか?」
「知ってて作ってるだけじゃ二流だな」
知ってて作ってるだけじゃ、ってどういうこと?
私はリーオンさんの言葉の意図が読めずに困惑する。
「そんくらい自分で考えろ、馬鹿」
怒られた。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
説明はそれで終わりだったようで、リーオンさんは再び作業に戻っていった。
私も自分の作業に戻ろうかと思ったけど、リーオンさんの鍛冶を見学することにする。
玉鋼を取り出し、熱して伸ばす。
ある程度の大きさになったところで、鋼を重ねる。それを何度か繰り返し、十分な量となったところで形作る。炉の温度を上げ、焼入れを行い、再度温度を調整し、焼戻しを行う。最後は水冷して完成だ。
一連の工程を見たことで、全体像が把握できた。
忘れないうちにと、自分の作業スペースに戻る。リーオンさんのやっていたように玉鋼から加工を始める。
さっきより力強く。力を込めるせいで、狙った場所に下ろせないが、こればかりは練習するしかない。
何度も繰り返し、いびつながら形を作る。
炉の温度を800℃に。焼入れをする。これで硬度が増す。
炉の温度を400℃に下げる。焼戻しをする。これで粘りが出る。
最後に水にいれて、ゆっくりと引き抜く。
鋼の剣
少しいびつな鋼鉄製の剣
攻撃力+12
「できたー!」
やったぁ!出来栄えはお察しだけど、初めての鍛冶作品だよ!
私は嬉しくなり、それを持ってリーオンさんの所へ向かう。
「リーオンさん!出来ましたよ、見てください!」
「あん?なんだその鉄棒」
鉄棒じゃないですよぉおおお!
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
その日から、鍛冶のためにリーオンさんの工房に詰める日が続いた。
併せて、仕事中に時間を見つけては、熱処理加工についてもうちょっと詳しく調べたりもした。
おかげで何とか少しずつだが、形になってきたし、スキルレベルもちょっとずつ上がってきた。
水曜の夜。ふと思ったことがあり、リーオンさんに聞いてみる。
「リーオンさん、ちょっと聞いてもいいですか」
「なんだ」
「現実にはない金属って、どうやって加工するんですか?ミスリルとかそういうの」
木工を教えてもらってる時も気になったことだ。
かなり現実に近いこのゲームだが、ゲームだから現実と違うことも多い。そういえば神霊緑樹が針葉樹か広葉樹か聞きそびれたなぁ。
「ほう、なんでそう思った?」
おや、思ってた反応と違う。この間の、鍛冶について教えてくれた時みたいな聞き方だ。
「えっと、鉄については加工に適した温度とかが分かってるじゃないですか。でもファンタジー金属って、そういうの分からないですよね?なにか特別な方法があるのかと思いまして」
リーオンさんが私を見定める。
「ゲームだからこそのやり方?があるのかな、と」
リーオンさんが口の端を上げる。
お、これは。
「まぁ及第点だな」
やったー!これはパーフェクトコミュニケーションといっても過言ではない!
リーオンさんの笑うところっていうレアシーンが見れて私は満足です。
「いいか、大事なのはここはゲームだってことだ。それを忘れて、なんでもかんでも現実に即したやりかたをすりゃいいってわけじゃねぇ」
確かに、現実で鍛冶をやろうと思ったらもっと時間が掛かるわけで、鉄結晶の均一化だってどこまで再現されているか実際はわからない。
「あくまでゲームはゲームだ。現実の知識が補助なんだよ。だから、一番いい方法ってのは、こういうことだ」
といって、リーオンさんはシステム画面を見せてくる。
それは一枚の写真だった。
ミスリル合金
魔力の籠った銀と隕鉄との合金。硬度は低いが、魔力特性を持つ。
推奨焼入れ温度:750℃
推奨焼戻し温度:400℃
それは鑑定結果の画面だった。
加工温度以外にも、組成割合や、強度なんかも載っている。
「えっ!これ!」
「あぁ、鑑定結果だ。現実にないもんはいくら調べたってわかりゃしねぇ。だったらゲームのアシストを最大限に使えばいい」
リーオンさんは当たり前のように、そう言う。
「それはそうかもしれませんけど、でもそれならみんなそうしてるのでは?」
「はっ。そりゃただの鑑定じゃねぇよ。鍛冶匠をさらに極めた鍛冶名匠が、いくつかの条件をクリアしてやっととれる、鉱石鑑定だ。多分俺以外持ってるやつぁいねぇよ」
な、なんですとー!
ってゆーか鍛冶名匠って何?もしかしてそれもリーオンさん以外いないんじゃないの?
嘘っ、現状ユニーク職にユニークスキル持ちってこと?リーオンさん思ってた以上にすごい人だった!
「言ったろ、二流のやつらは頭でっかちに知識ばっかり詰め込んで作ってやがる。でもちゃんとゲームをやれば、こうやってスキルでもっといいもんが作れんだよ」
なるほど、そう言われてしまっては確かに二流と言われても仕方ない気がする。
しかし、ちゃんとゲームをやる、か。リーオンさんのちょっと子どもっぽくて真面目な一面を知れた気がする。
「まぁ、お前にはここまで鍛冶やれとは言わねぇよ。だが、まぁいいところまでいった褒美だ。ちったぁサポートしてやんよ」
三度、リーオンさんの口の端が上がった。
よっしゃあ、私にも運が向いてきたよ!
鉱物鑑定
鍛冶名匠が、一定以上の鉱物知識を持つNPCとの好感度、貢献度を有していると発生する、『鉱物研究の手伝い』というクエストで得られるスキル。
NPCの知人の研究者の手伝いとして、指定された鉱物を採掘してくるクエストで、クリアすると『採掘知識』という、採掘ポイントで得られる鉱物の種類がわかるというスキルが取得できる。
クエストの途中で、自発的に研究を手伝うと申し出ると、研究者の保有している鉱物図鑑を閲覧することが出来るようになり、読了すると、クエスト完了時に追加報酬として、『鉱物鑑定』が取得できる。




