私の帰る場所
天界は、拍子抜けするほど普通の世界だった。
人間の世界より多少、大分、かなり、随分と便利ではあったが。
私は神殿に残されていた生命石を回収し、コイヌのものをコイヌ自身の意思で私のものにすると、残りは天使たちに返還した。
生命石を返すために集めた天使たちに、ついでに必要なことを通達する。
聖女というものを神の意思で造ることの廃止。
地上や人間ヘ過度の干渉をして管理することも辞める。
過度の干渉と管理を辞めれば、天使たちも激務から解放される。
そして、天界で働く必要の無くなった天使たちは、自分たちで選択して人間に転生して生きることができるようにした。当然、魂に変な強制力など添付しない。
天使のまま生きることを選んだ者たちには、かつての天界の保養所で暮らす聖女たちのサポートを頼んだ。
娘との対面を心待ちにする父親も多く、彼らに任せておけば聖女たちは心配無用だろう。
娘を失い深い傷を負った天使には、癒やしと祝福を与え、しばらく眠りに就かせることにした。
長い時間が、いつかは彼らを立ち直らせてくれるかもしれない。
知らぬことでの弊害もあるので、経験や能力に依らず最低限の歴史や世の理りの知識は全ての天使に与えた。
強制労働や出世レースで疲弊した天界の労働環境は、私という新たな上司の下で、少しは風通しも良くなったかもしれない。
「リュカー。客が来たぜ」
ハネオが女性を伴いやって来た。
旧い創造神にとって、働くための完全体とは自らの肉体と同じ男性体であった。
だから、天使には男性しかいない。
旧い創造神にとって、女性は創造神の手を掛けずとも生命を生み出すための装置以上の意味は無かった。
彼女は、神が自分の子を産ませるためだけに創造した女神。
私の母親だ。
私と同じ黒い髪。私と違う黒い瞳。体は女性だが、製造過程で手を抜いたのか、顔立ちは創造主と瓜二つだった。
自分と全く同じ顔の女をよく抱けたよな。悪趣味な男だ。
「会いたかったわ。リュカ」
「私も会ったらお礼が言いたかった。エイレインに降ろしてくれてありがとう」
「あの国を選んだのは正解だったのね」
嬉しそうに女神が笑う。
アレと同じ顔だけど、確実に違う生命体。
「アイツ、自分の体がもう駄目だからって、自分の中身をゴッソリ移す新品の神の肉体を私に産ませるつもりだったのよ。バカよね。それなら単性生殖でもできる能力でも創造して自分で分裂すればよかったのよ」
違う生命体ではあるが、性格は似ているのかもしれない。
「目的が自分の新品コピーの製造だったから、産まれるのは息子だとしか思ってなくて、天使長から娘なら嫁にと言われて安請け合いしたのよ? 本っ当にバカよね。男と女で自然交配して娘が産まれる確率ゼロな訳無いのにね」
自然交配。他の言い方は無いのだろうか。
「リュカが産まれた時のアイツ、見ものだったわよ。高慢チキな至高神のくせしてオロオロしちゃってさ。リュカを思い通りにしたいのに嫌われたくないとか悩みまくって。しかも、自分が創った世界を滅亡させないためには、この世界で唯一アイツの作品じゃない魔王に嫁がせなきゃいけなくなって。悲鳴上げて頭を抱えてたから笑いが止まらなかったわ」
あれ、今、気になる文言が入ってた。
「この世界における魔王って、何?」
「世界が創造される以前、虚無の中を漂うアイツの前に突如現れた力ある存在。アイツの創造するものを消滅させることができる唯一の者。始めの頃はアイツの失敗作をジャンジャン消してたから嫌いだったみたいね」
それで魔王に世界を滅亡させないことに拘りがあったのか。
「リュカ、このまま天界で暮らす?」
「バードのところに帰る」
私が即答すると、彼女はウンウンと頷いた。
「貴女の帰るところは天界じゃないものね。またいつでも遊びにいらっしゃい」
なんだか母親っぽいことを言う。
「じゃぁ、またね。ママ」
手を振って言うと、彼女は泣き笑いみたいな表情になる。
天界の空気が遠退いて、私はバードの待つ神々の庭ヘ帰った。