最果ての楽園
ドラゴンに乗って世界各国の聖女たちを迎えに行くと、私が想像していた以上に、彼女たちを取り巻く環境は苦かった。
エイレイン王国は本当に特別な場所だったのだ。
神々の庭の鉄壁の防御で聖女の身体は守られ、王家の秘薬と呼ばれる天界の薬草を代々摂取することで、エイレインの王族たちは天界に属する存在である聖女を蔑ろにしようと思わなくなる。
他国の権力者たちの精神が経年と共に腐り行く世界で、天界のものを肉体に取り入れ続けて来たエイレイン王家の人間は、時と共に天界への帰属意識を強くして行った。
夜が明ける頃、私たちは最果ての小島に降り立った。
保養所の名の通り、小さなコテージが建ち並び、温泉まである。
気候は温暖で風が花の香りを運んで来る。
小鳥たちが啄む果実は熟れて食べごろ。
近くを流れる小川には魚も泳いでいた。
生きて行くのに不自由はしないだろう。
聖女たちにコテージを割り振っていると、島の周辺の海に水棲の魔物を放っていたバードが戻って来る。
「全員、移住完了」
生きていた聖女たちは。
「リュカは万能の神じゃない」
バードに慰められて、息苦しい自嘲が胸元から上がった。
助け出すことが出来た聖女は七十余名。
神の声が聞こえなくなった十日の間に、既に人間たちに殺されていた聖女が幾人もいた。
常ならば、聖女が死ねば他の聖女に神託で知らせが来ていたが、この十日は誰も神の声を聞いていないから、現状も分からずにいた。
後悔はしない。
けれど、この息苦しさを忘れはしない。
私はコテージの集落を離れ、海辺で砂浜に腰を降ろした。
「ハネオ」
「なんだ」
「娘を失った天使は、転生前のケインみたいに正気を失うの?」
バードが私の右側に座るのを見て、ハネオは私の左側に座る。
「きちんと聖女の父親に選ばれるような天使は、俺とは違って愛情深いからな」
「ブリス皇国の聖女たちの父親は、どうなった?」
「俺が牢獄を出た時には、仕事を休んで静養していた」
「今回、間に合わなかった聖女たちの父親は?」
「俺とコイヌで調べておく」
寄せては返す波を瞳に映しながら、何も見ないで私は言った。
「私は、天使だから傷ついても苦しんでもいいとは思わない。神に創り出されて与えられた役割で生きているのだとしても、ハネオたちを見ていたら天使にだって心があることがわかる。
私は、狂うほどの苦しみなど与える神にはなりたくない。
けど、神とは全てを与える者だ。癒やしや喜びを与えるのなら、苦しみも悲しみも与え、そして罪には罰を与えなければならない。
私は、神として、世界創造からの記憶は父親に植え付けられたけど、生まれてまだ十八年しか生きていない。
自分の神格が上がるにつれて、力だけがどんどん大きくなるけれど、神としてどう在ればいいのかという思考が、力に全然追いつかない」
バードが大きな掌で私の何も見ていない瞳を覆う。
「リュカは一人でその力を持って神様業をしなくちゃならないわけじゃない。僕が一緒に生きていく。
与えるものなら二人で役割分担をすればいい。僕は誰かに喜びや癒やしを与えるのは苦手だけど、痛みや苦しみを与えるのは大得意。
僕が持つ世界創造からの記憶は、植え付けられたものではなく僕自身の記憶だから、リュカが頼ってくれたら何でも教えてあげる。僕が死んでた千年くらいの話はハネオから聞けばいい。
リュカの神格がどれだけ上がっても、僕はまだまだリュカよりも力の強い神だから、リュカが望まない方向ヘ暴走したら止められる。
僕が傍に居る限り、リュカはリュカの思うままに生きても大丈夫」
バードが私を隠すように胸に抱くと、使役獣たちが明るく言った。
「俺も限りなく世界創造に近い頃から生きてるからな。色々知ってるぜ」
「俺は大戦後に創られた天使ですが、若い分体力には自信があります!」
「おいおい、天使が体力自慢かよ」
「俺はまだ老成してないんでサボり方が分からないんです! 体力必須です!」
「ひとを爺ィ扱いすんな」
夫はいつでも私を甘やかす。
ウチの子たちも、私に優しい。
バードと、ハネオとコイヌは、私の家族だ。
きっと、ずっと、一緒。
生まれて初めて流した気がする涙が乾くまで、私はバードの胸を借りて使役獣たちの掛け合い漫才を聞いていた。