聖女の塔
自動昇降機でプキン山を降りると、私とバードはハネオを護衛、コイヌを従者として体裁を整え、ガンダルの王都ヘ向かうことにした。
今のところ平和なエイレインに戦力を留守番させるよりも、全員で動く方が得策だろうと考えたからだ。
それに、人間の護衛や従者と違って万が一の際に足手まといにもならない。
適度に栄えた途中の町を抜け、我々一行は賑やかな王都に着いた。
真っ直ぐ王宮に向かうと、やけに高い城壁に囲まれた、広いが日当たりの悪そうな宮殿が門の内側に見える。
すぐに中へ案内されたが、どういう意図か、私は武勇でも名を馳せるバードや只者ならぬ威圧感を放つハネオと引き離されて、ガンダル国王の私室の隣の部屋に連れて行かれた。
ガンダルに滞在中は、この部屋に泊まれと言う。
理由を尋ねると、純潔を守らねばならない聖女が例え夫と言えど男性と同室など危険極まりない。これは私を守るための措置だと宣った。
聖女の私に夜這いをかけて略奪するつもりの措置のくせに片腹痛い。
「この国では男性はそのように危険極まりない存在と認識されているのですね。それでは私は万に一つも間違いが起きないように、男性が一切立ち入ることの出来ない聖女の塔に泊まらせていただきます」
対外用聖女スマイルで反論を許さず、私は聖女の塔ヘ向かった。
私の暮らす聖女の館は、私が許可さえすれば誰でも入ることが出来るが、ガンダルでは聖女は男性から隔離されている。
神の任務や他国の聖女との交流のために塔を降りることはあるが、それ以外は軟禁状態だ。
塔ヘ向かう途中、内側から城壁を見ると、外側には無かった返しが取り付けられていた。
最近工事をしたようで、返しの部分だけ新しい。
侵入を防ぐのではなく、中の者を逃がさぬ目的の城壁。
空気の悪い城だ。
私は塔の入口にコイヌを置いて、一人で階段を登る。
見た目が可愛らしいコイヌは警戒されなかったようで、特に引き離されはしなかった。
男性なので塔の中までは入れないが、普段から居るらしきガンダルの騎士二名と共に入口で待機させることは咎められない。
男性から聖女を隔離と名目を掲げながら、聖女を軟禁する監視の役目は男の騎士なんだな。
コイヌは騎士たちにも舐められたようで、小馬鹿にした眼差しを受けていた。
ハネオの話では、コイヌはかなり腕が立つらしいので、事が起きた時に向こうが油断しているなら尚都合がいい。
塔の最上階に着いて、私は大きな木製のドアを開けた。
「おー! リュカ、久しぶり!」
「結婚したんだよね。どんな感じ?」
「聖なる水は、たっぷり用意しといたよ!」
三人の二十代の女性が私を出迎える。
ガンダルの聖女たちだ。
「結婚生活は上々。旦那も優しい。なのに、この城に来たら旦那と引き離されて国王の隣の部屋で寝ろと言われたから塔に来た。滞在中ここに泊めて」
ラグの上に足を投げ出して座り、私はワインの色をした聖なる水を受け取った。
「馬鹿だねぇ。聖女一武闘派のリュカを国王如きが手籠めに出来るワケ無いのに」
「自国の聖女を孕ませて聖女の力が失われたら困るから、他国の聖女をヤる機会を窺ってたんだろうねぇ」
「純潔と共に力が失われるなら、危険な任務の前に自由に退職するっつーの」
カラカラと姦しく笑いながら、皆で聖なる水のグラスを空ける。
「ところで皆、世界を覆う嫌な気配は感じてる?」
私が問うと、三人とも一旦笑いを引っ込めた。
「それなんだけどさ、リュカ。あたしらも変だと思って神様に聞きたいんだけど。いくら話しかけても全く反応が無いんだよね」
「最後の神託はいつ?」
「一ヶ月くらい前かな。十日前から異変に気がついて神託をくださいってお願いしてるんだけど、全然話せない」
十日前。私があの神と決別した日か。
娘が口をきいてくれないから職務放棄、とかだったら物凄く嫌だな。
そんな暢気な親子喧嘩ではないから違うだろうが。
「他の国ではどうなってるか分かる?」
「あちこち連絡を取ってみたけど皆同じ。十日前から神様の声を聞いた者は誰もいない」
天界でも神殿に引き篭もって以後、姿を見た者はいないらしいから、どうやら全ての職務を放棄中か。どうするつもりなんだか。
「このままだと多分マズイな。エイレインでは聖女が神託を必ず公表しなければならないのは、国の継承者の伴侶くらいだが、週間天気予報を聖女に頼ってる国も多い」
農民は自分たちの経験則で天気を観て農作業をしているが、王侯貴族が予定を立てるために、聖女にこの先一週間の天気を神託で受けて国王に知らせろと要求している国が結構ある。
雨風くらいで取り止める予定など、最初から何時にしていようが大差無いと思うのだが。
「そうだね。そろそろ誤魔化し切れない」
「かと言って、神託以外の聖女の力を公表すれば、どんな使い潰しをされるか」
エイレインが平和で豊かなのは、あの国の王族が聖女を本当に大事にしてくれているというのもあるんだけどなぁ。
歴史を見ると、以前は何処の国でも、聖女は大切に庇護されていた。
聖女が王族から義務を課せられることもなく、聖女と王族の関係は穏やかで良好だった。
今の、欲望のままに聖女に神の力を強請る権力者たちの様子を見ると、まるで魔力をもって世界中で人間同士が潰し合った大戦時の人心のようだ。
「偉そうにしている人間たちの会談に、私も参加することになっているから。何か聞いたら皆にも話す」
「うん。リュカ、お願い」
強かで前向きさを失わない聖女たちだが、今は生殺与奪を国の権力者に握られている。
バードは世界は簡単に滅亡すると言っていたけど、魔物よりも魔王よりも神よりも、欲望に果ての無い人間たちが、世界の終焉を誰より望んでいるように見えた。