世界に悪意が満ちる前
「リュカ。公務でだけど、一緒にガンダル王国ヘ行かない?」
今日も執務は片手間に終わらせたバードから、外出の誘いがあった。
「エイレインの西だよね。公務って何?」
「公務は偉そうにしている人間と会談するだけ。メインの目的は、エイレインとの国境付近にある山だよ」
プキン山に目的?
ガンダル王国とエイレインの間に聳えるプキン山は、高く険しい岩の山だ。
山頂へは断崖絶壁をよじ登るしか方法は無いと言われ、歴史上は前人未到の地ということになっている。
現在生存している人間たちにとっては。だが。
「山頂に用事?」
「うん。プキン山には自動昇降機があるから楽だよね」
千年少し前、地上に魔力があった時代の遺物。山の中を縦にぶち抜いて仕込まれた自動昇降機。動力源は当然、魔力。
「僕の魔力を流せば動くはず」
「魔王としての用事?」
人間が登れないことになってる山頂に、王太子としての仕事があるとは思えない。
バードは、やはり肯定した。
「僕が完全に魔王になってから、封じられていた魔物たちも眠りが浅くなっているんだ。僕が積極的に世界を滅亡させなくても、あれが皆動き出せば世界滅亡かな」
「世界って簡単に滅亡するな」
「そうだよ」
「封じられているのがプキン山の天辺?」
「うん。この辺」
前人未到なのに何故か存在するプキン山の地図を指して、バードが赤いインクで印を付けた。
「世界滅亡を阻止したいなら、天界の方で再封印の動きはあるだろうけど、せっかく起きるなら僕が従えてしまうのが早くて確実だから」
前回は魔王が死んだから魔物も封印出来たけど、今バードという魔王がピンピンして生きているのに封印は厳しいだろう。
「ハネオに天界の動きも聞いてみる」
「うん。急だけど、明朝出発でいい? 上空から降りる気が不穏だから」
「バードも感じる? 多分、放っておくと地上に悪意が満ちる」
この国はまだ平和だけれど。
世界を覆う気配から、慈愛というものが抜け落ちている。
多分、あの神の影響。
「悪意か。僕が聖女を伴侶にしたら、ガンダルの王族にも随分と悪意を突きつけられたな」
「聖女の奇跡と肚が欲しい王族は多いからな。特にエイレインの聖女はどの国の聖女より強い力を持つと信じられている」
「実際、リュカが一番強い力を持っているよね」
「反則だけど」
満ちるほどの人間たちの悪意か。
この国にいると、そうそう感じるものではない。現在エイレインを統治する王族の人柄と努力の賜物だろう。
お家騒動が起きるような国であれば、こうはいかない。
慈愛の排除された気に包まれ、増幅した悪意は人々にどう影響を及ぼすのか。
暢気な外国旅行とはいかなそうだ。
私はハネオからの情報収集と荷造りのために、一旦、聖女の館ヘ戻った。