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前編

 聴罪室。

 そこで耳にしたことは、誰にも言ってはいけない。

 だけど。


「俺、店をやっているんですけど。昨日従業員の女の子に手を出してしまって」


 あ、そういう……。


「これから死のうと考えています!!」


 ええっ。


「止めないでください!!」


 こんな内容でもですか!?


 * * *


 神に祈りを捧げる神殿の片隅に、その木造りの小部屋はある。

 罪を告白し、許しを請う為だけの小箱のような空間は、限りなく狭い。

 薄い壁越しに、細かい木の格子が入った小窓を挟んで向き合う仕組みだ。聞く者は神殿の奥から、懺悔する者は礼拝堂から出入りするようになっており、互いの姿は目撃できないようになっている。


 その日、ファナは聴罪の為にその小部屋で人を待っていた。


(今日は、どんな方が訪れるのでしょうか……)


 心を落ち着けるように深く呼吸をし、目を瞑ってそのときを待つ。


 ファナは、今年で十八歳。神殿に詰める神官の中では最年少で、男性の中にあっては体躯も小柄。

 普段は何とか取り繕ってはいるが、「相手に対して一切の先入観を排した」聴罪の仕事は、何かと緊張がつきまとう。


 行き場のない孤児として前神官長に拾われたとき、ファナは少女だった。神官長はその事実を伏せて神殿に見習いとして置いてくれたが、成長しても肉体の性別が変わるわけではない。

 よって、ここは男性の神官のみが詰めている神殿でありながら、唯一の女性としてファナは在籍している。

 その事実を、伏せたまま。


 表向き、ファナは男性として振舞っているのだ。

 真実を知る前神官長はすでに墓の下。

 今はただ一人、あるきっかけで秘密を知られてしまった先輩がいる。他は、誰も知らないはず。

 

 しかし、なまじ「見た目は少女っぽいが、男である」として知られているファナの姿が聴罪室では相手から見えない以上、声から女性であるとの印象を持たれかねない。

 利用者には誰が聴罪にあたっているかはわからない仕組みとはいえ、神殿関係者もまったく俗世と関わらないというわけではない。神官の姿を目にしている市民も多い。いつ、声や話し振りからファナに疑惑が結びつくとも知れない。


(気を付けないと……) 


 当面は、このまま神殿に置いてもらうつもりなのだ。不用意に秘密がバレてしまうのは避けたい。

 そう思いつつも、聴罪の勤め自体は嫌いではない。 


 心を覆う深い悲しみや、後悔、迷い、悩み、その重荷を。

 少しでも置いて行ってほしい。


(神様ではないわたしが、聞くだけしかできないのだけど)


 世界から切り離されたようなこの小部屋で、待つことしかできないのだけど。

 聞くから。あなたを待っているから。どうか来てほしい。必ず受け止めるから。

 その思いも意気込みも十分にある。あるのだが。


「寒い……」


 季節は冬。真冬。

 石造りの神殿の外は真っ白な雪に覆われている。

 冷たい空気は隅々から染み込み、暖房器具のないこの聴罪室を丸ごと凍らせるほどに冷え込ませている。

 覚悟はしてきていたが、本当に寒い。

 修道服の上に防寒用のコートも羽織ってはいるものの、身動きひとつしないでじっと耐えていると、体の芯から冷えてくる。手袋を忘れた指先の感覚はすでにない。


 手と手をすり合わせても細い指はそのまま凍って折れてしまいそうだった。袖になんとか隠して、足を小刻みに踏み鳴らして寒さをやり過ごそうとする。

 はあ、と息を吐き出すと、白い霞のようなものがふわりと漂ってかき消えた。

 もうこのまま氷柱になって息絶えてしまうかもしれない。

 いつしか時間の経過もわからなくなり、ぼうっとしてしまっていた。

 格子窓の向こうにひとが現れたのは、そんな頃だった。


「神官殿。話を聞いてください」


 若い男の声に聞こえた。だが、ファナは相手への憶測は断ち切り、思惑のすべてを排して、目を閉ざす。

 寒さからくるからだの震えを気合で押さえつけ、呼吸を整えながら返事をした。


「はい。どうぞ」


 たとえそこで告白された罪がどんな内容であっても。

 できるのは、聞くことのみ。

 心を落ち着けながら、耳を澄ます。

 そのファナに、男の声は告げたのだ。


「俺、店をやっているんですけど。昨日従業員の女の子に手を出してしまって」

 そして、

「これから死のうと考えています!!」

 と。


 思わず立ち上がった。その気配を、悟られてしまったかもしれない。


「止めないでください!!」


 そう言い残して、男は聴罪室を出て行ってしまったのだ。


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