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こじらせ師弟の恋愛事情  作者: 有沢真尋
3 Crying out Love in the center of ……
29/40

いけないこと。

 掃除・洗濯完了。

 ワインの瓶とグラスをソファ横の小卓に置き、読もうと思っていた本も積んだ。


「食事は作り置きのスープとキッシュがある。……酒に合いそうなものも適当に」

「わかってるわかってる。飲んで食べて好きにやるから、ゆっくり遊んできなって」


 細々と言ってくるヴァレリーに、ラナンは適当にひらひらと手を振る。


「ゆっくりといっても、連れが子どもだからなぁ。最近はこんな夜から出ることもなかったし」


 すでに窓の外の陽は落ちていて、祭りの喧騒に陽気な音楽が折り重なって響いており、にぎやかさが空気にのって伝わってくる。冷たい空気が忍び込んできそうで、ラナンは窓に歩み寄ると赤いチェック柄のカーテンをさっと閉じた。


「暗くなるのが早いだけで、まだ夕方だ。今日は本祭ほど荒れてないだろうし、楽しんでくるにはいいんじゃない」


 子どもなので子ども扱いされているロザリアであるが、ヴァレリーに正面切って子どもと言われると苦い顔をする。

 今も、明らかに何か言いたげな顔でドアの前で待っていた。

 厚手の紺色のコートを着込んでいるが、大き目の襟や刺繍の施されたボタンは真っ白で、夜に紛れても地味すぎるということはないだろう。むしろロザリアのくっきりとした愛らしい容貌を清楚に引き立てている。


(う~ん。かわいい。靴までそろえて。ジュリアって女の子に似合うものよくわかっているよな)


 「友だち」の女の子に今でもよく乞われてアドバイスしているらしいし、そもそも女性として過ごしていた時期があるので、女性向けのお店に行入るのもまったく抵抗がない。今日のロザリアの服装も全部ジュリアが選んできたようだ。

 そもそも、ロザリアはあまり外に出たがらない。

 最近、ラナンがジュリアとは別行動をはじめた結果、特に家から出る機会がなくなっていた。

 おそらく、ロザリアにとってのジュリアは護衛であって、護衛がいない状態のラナンと出歩くのは危険極まりがないという事情なのだろう。

 それに、家にはヴァレリーがいる。護衛にはうってつけの人材だ。

 そのヴァレリーとだからこそ、今日は出かける気になっているようだが。


(……それだけじゃないような気はするけど)


 ヴァレリーがロザリアに気持ちを奪われることは、主に年齢差的な観点から現状好ましくはないのだが。

 一方で、ロザリアの気持ちは。


 年齢よりも大人びたところがあり、口が達者なロザリアだが、ヴァレリーには必要以上に噛みつくことがない。

 子どもっぽい、と思われるのを嫌がっている節があるのだ。 

 その意味するところを考えると、途端にほほえましい気分になってしまう。


(年齢差があるからなぁ。くっつくってわけにはいかないだろうけど。一時的な思いかもしれないし。親兄弟に重ねているのかもしれないし)


 ラナンからしてヴァレリーは頼りになる兄弟子ではある。そしてロザリアは可愛い娘なわけで、二人が仲良くしているのはこれ以上ないくらい好ましい。


(年齢差……っ)


 二人のことを思うたびに千回くらい考えてしまう。


「ラナン? なにわざとらしく涙をこらえているんだ?」

「いや、なんでもない」


 もういいから行って行って、と手を振る動作で示しているというのに、戻ってきたヴァレリーが積み上げた本を手に取って顔をしかめた。


「勉強するのかと思ったら全部悲恋ものじゃないのか? 家同士が仲悪くて結ばれないアレとか、豪華客船で恋に落ちてめくるめく時間を過ごしたと思ったら海の藻屑になったアレとか」

「え、ちょ、なにいまの聞こえない。聞いてない。だってヴァレリーまさかネタバレした!?」

「はいはいはいはい、何も言ってない、何も言ってない」

「言ってないよね!? 僕これ『泣ける!』ってすすめられたから買って来ただけだからね!? 泣けるってなに、悲恋なの!? なんでわざわざ悲恋なんかするんだよ、恋人たちはどれだけ暇なんだよ!!」


 ネタバレを忘れ去るべくラナンが声を張り上げた。

 ヴァレリーは面倒くさそうに顔をそむけながらぼそりと言った。


「しようと思って悲恋しているわけじゃないんだ。家同士の因縁はあれだ、片方が死んだふりしてるのに気づかないでもう一人がガチ死にするんだ。豪華客船の方は沈没したときに片方死ぬんだ。恋愛がいつの間にか悲恋にすり替わっているだけで、始めからするつもりだったわけじゃ……。まあ、家同士の因縁はそうでもないか」


 がしっとラナンはヴァレリーの胸倉に掴みかかった。


「奥歯噛みしめろよヴァレリー。お前、いま微に入り細を穿ってネタバレしやがったな」

「ああ、そうなる……か?」


 思案気に明後日の方を見ているヴァレリーだが、絶対に誤魔化しきれないことには気付いているはずだった。横顔が緊張している。


「お祭り……」


 今にも暴力沙汰とばかりにくんずほぐれつしかけている大人二人に対し、戸口前で待ちぼうけていたロザリアがぼそりと呟いた。

 途端に、ラナンは手を離す。


「ごめん……。ネタバレには一言いいたくなる性格で」

「一言っていうか、もろに手が出ていたぞ」


 一言多いヴァレリーに軽く蹴りを入れるふりをしてから、ラナンは身を翻す。


「もう、行きなよ。時間おしてる原因全部ヴァレリーじゃない」


 俺?

 と、小声で呟かれたが、ラナンは返事もせずにソファにぼすっと身を預けて積み上げた本の一冊目を手にした。

 ヴァレリーはもしゃっと髭を指でいじりつつ、待ちぼうけをくらわせてしまったロザリアを振り返る。


「悪かったな。可愛い恰好して待ってたのに、オッサンどものくだらない話が長くて」

「べ、べつに……そんなにたいして変わらないし」


 ドストレートな謝罪に対し、ロザリアは横を向いてもごもごと言った。

 ヴァレリーはその反応に何か言うでもなく、「そういえば」と思い出したように言った。


「寒いだろうから、帽子もかぶっていった方がいい」

「持ってない」

「ん。さっき出かけたついでに買った」


 そう言いながら、ロザリアを促して店舗の方へと抜けていく。

 外に出る直前、ドアのそばの棚に置いてあった白い帽子を手に取ってロザリアの頭にのせた。

 慌ててかぶりなおすロザリアの先に立ち、ヴァレリーはドアベルを鳴らしながら外へ出る。


「さて。あんな悲恋ものばっかり集めやがって、あいつ、絶対泣くだろうに。泣いているところ見られるの嫌がるからな。仕方ない、少しゆっくり遊んでくるか」


 そう言って、肩越しに振り返ってロザリアに微笑みかけると、手を差し伸べた。


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