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こじらせ師弟の恋愛事情  作者: 有沢真尋
2 Eve of Festival
20/40

宿命

 子ども相手とはいえ、複数人の前で話すのは久しぶりだった。


(みんなの目、キラキラしてる)


 ヴァレリーの魔法教室に、ラナンがゲスト登壇。

 六人分の視線が向かってくるのを感じる。

 見回してみると、全部が異なる輝きを放っていて、生ける宝石のようであった。


「これは、話し甲斐がありそうだ」


 ラナンが微笑むと、戸口に寄りかかって立っていたヴァレリーが瞳に穏やかな光を湛えて「だろ?」と柔らかな低音で言う。


(宝石……、石か。石に関する魔術の歴史を話そう。実用的な魔法が始まるよりもさらに前の話から)


「魔術の歴史というのは、実はそんなに古くない。魔法という、この不安定な力の存在に気付き、方向づけて使えるようになったのはほんのここ千年からせいぜい数百年のことだ。その『はじまりの魔導士』に関しては諸説あるんだけど……。そもそも魔法とみなされる、不思議の力自体ははるか昔、『言葉』が話される前からあったのではないかと言われている。推測だけどね。その頃使われていた魔法は、実は最新の現代魔法に近いものと考えられているんだ。その意味では、魔法は回帰の道に入り始めたと言えるだろう」


「数百年かけて研究し尽くしてきて、『言葉』もなかった大昔に帰る……?」


 納得いかないように呟いた少年は、たしかリカルドという名のはず。

 ラナンは唇の端を持ち上げて笑い、頷いた。


「言葉のない時代の魔法は、文字で記されることもないから、後世においては知る術もない。ただし世界各地に手がかりが残されている。それが『絵』だ。今に残る古代の絵は洞窟の中に書かれた『壁画』が主になるんだけど。そこに描かれたのは、例えば狩猟対象である動物。使われた道具は……」


 話しながら、ラナンは滑るように歩き、壁付けの棚に並べられた青みを帯びた無骨な石を手にする。

 ほっそりとした人差し指と親指に挟んで全員に見えるように持ち上げた。


「これはラピスラズリの原石。古代の絵はこういった『石』を使って描かれている」

「『石』で絵を描く?」


 子どもたちの間から戸惑いの声が起きる。

 ラナンは「そうだよ」と答えて一度背を向け、棚からガラス製のシャーレを取り出す。

 教卓があるわけではないので、さてと思案するように視線をさまよわせる。動きを追いかけていたヴァレリーが無言で近寄ると、「俺が持っている」と声をかけてシャーレを大きな掌に置いた。


「ありがと。ちょっと粉が飛ぶよ」


 気安く礼を言ってから、ラナンはシャーレの少し上に原石を構えて、目を瞑った。

 力を込めたようには見えない指先で、原石が文字通り粉々に砕け、シャーレに小山となって積もる。

 さらりと一つまみ、シャーレの上に青い粉を振らせてからラナンは続けた。


「石を砕くと、絵の具になるんだ。これを動物の脂なんかで壁に定着させて絵を描いていく。狩猟対象の動物を描いたのは、狩りの成功を祈ったからとも言われているけれど……、強い思いを道具に込めて絵を描くとき、そこには『魔法』が発生したと考えられる。形のない、強い願い……」


 ヴァレリーが邪魔にならないように身を引き、子どもたちの視線はラナンに集中する。


「おそらくその頃の魔法はとても無自覚なものであり、何らかの方法で伝授されることはあっても、言葉を得ての体系化には至らなかった。それゆえに、願いが叶っても原因と結果の因果関係をうまく繋げられなかった……と後代の人間は考える。実際にはうまくやっていたのかもしれないが。ともかく、魔法が先鋭化し、目的に対して的確に出力されていくのは、欲望が言葉によって規定されてからだ。さらに、人間は『食べる為の狩猟』という戦い以外に、人間とは異なる種族である魔族との間で『食べられない為の戦闘』を開始する。ここから戦闘に特化した魔法が見いだされていくことになる。魔族との戦闘が激化する歴史とともに、研究は後者に比重が置かれるようになり、『再現可能性』を重視するがゆえに『呪文』や『道具』や『手順』が厳密に規定されてきた」


 そこで、ちらりと視線をヴァレリーに向ける。

 シャーレを棚に戻していたヴァレリーは、そのまま腕を組んで棚の前に立っていたが、ラナンからの視線を受け止めて小さく頷いた。


「たとえばヴァレリーが使うような戦闘向けの魔法は、この流れを汲んでいる。だけど、ほんの二十数年前に、聖剣の勇者ルミナスが魔王を討ち滅ぼしたことによって、魔族との戦争は事実上終結した。実際、魔族が人里を襲撃することも激減した。そして、より生活に密着した魔法が重視される時代が来ようとしている。古代、ひとがより良い生活を望んでいたように、今や魔法は『生活の質』と密接な関わりを持つようになった。もっとも、魔力は極めて個人差の大きい能力としても知られているので、魔力に寄らず『誰が使っても一定の効果を見込めるもの』の為に科学が発達してきた歴史もあるね」


「科学を発達させるよりも、魔法を究めていったほうが良さそうな気がするんだけど。強い思いとか願いで欲望を叶えられるなら、その方が楽じゃん」


 すらりと言い放ったリカルドを、前後して座っていたロザリアが振り返り、きつい目で睨みつける。

 リカルドは背もたれのない丸い木椅子の上に両手をつき、背を逸らして顎をひいた。ラナンを上目遣いでうかがいながらさばさばとした調子で言った。


「言葉もない時代からあったっていう魔法が、今と本質的には変わらないって。魔導士は数千年? 何をしていたの」


 ラナンはおっとりとした笑みを唇に浮かべ、一拍置いてから話し始めた。


「何をしていたかといえば、研究していたんだと思う。だけど魔導士の数は今も昔も決して多くない。そして、人の思いの力である魔力も、決して無尽蔵ではないと考えられている。……魔導士は短命だ。活躍期間が短い、という意味でもあるし、文字通り寿命を迎えるのも早い。そういった事情が、科学より決して優勢にならなかった理由だと思う。魔法の使用には大いにリスクがある。それをわかっていてなお魔法を行使する者……たとえば治療師は人に自分の寿命を分け与えているのに等しい。怪我を癒す魔法は確かに得難いものだけど、自然に治る程度の小さな怪我には使うべきじゃない」

 

 話しながら、ラナンの表情が徐々に強張っていった。

 内容が内容だけに、茶々を入れられる雰囲気でもなく子どもたちも押し黙る。

 ラナンは左手を開いて視線を落とした。

 やがて、気持ちを切り替えたかのように顔を上げる。


「さて、今日はだいぶ遡ったけど、次回はもう少し最近の話題にでも触れようかな。魔石の有効活用に気付いてから、魔法の使い勝手が各段によくなった話……」


 子どもたちを見回す仕草をしたラナンの視線が、ロザリアの真剣な顔の上もかすめて過ぎ去った。


「おう。良い時間だ。これ以上暗くなる前にこの辺でやめておくか。よし、気を付けて帰れ」


 ヴァレリーが背筋を伸ばしてドアノブに手をかけ、ドアを開く。

 子どもたちが立ちあがる気配があり、ハッと警戒したようにロザリアは自分の髪の毛を両手でおさえつけた。

 それを一瞥したものの、つんと顔を逸らして何も言わず、リカルドも流れにのって他の子どもと一緒に出て行く。

 ロザリアは、唇を引き結んでその後ろ姿を忌々し気に睨みつけてから立ち上がった。

 そのタイミングで、ラナンがしずかに声をかける。


「座学は退屈? ロザリアには目新しい話はなかったんじゃない?」

「そんなことは。話を聞くのは好きなの」

「うん。だけど僕もヴァレリーも魔法馬鹿だからね。魔法についてはある程度教えられると思うけど、科学に関してはさほど強くない。将来どういう仕事をするかにも関わってくるけど、もっと勉強したいなら現状学校に行くのが手っ取り早いはずだ。興味があるなら少し考えてみて」


 むうっと表情を硬化させたロザリアに微笑みかけてから、ラナンはちらりと戸口に目を向けた。


「入らないのか?」


 ヴァレリーが外に身を乗り出して尋ねている。


(窓から少し見えていたよ)


 絹糸のような金髪を束ねた後ろ姿。


「ただいま帰りました」


 声を背中で聞きながら、ラナンは住居スペースへと続くドアを開けて去った。

 拒絶が伝わってしまうのも頭では分かっていたが、どうにも頑なな態度をとってしまう。

 ラナンの小さな切り傷に治癒魔法を施したジュリアとは、まだうまく話せる気がしないのだった。



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