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こじらせ師弟の恋愛事情  作者: 有沢真尋
2 Eve of Festival
17/40

魔導士の末裔

 夕食の後片付けを終えると、子どもたちはおやすみなさい、とラナンが笑顔で言った。


 いつものことであり、このところ早朝に鍛錬を行っているのも隠していないジュリアはおとなしくロザリアとともに二階に上がっていった。

 それを見届けて、さらに二階でドアの開閉音がし、部屋の中で動き回る足音まで聞いてから、ラナンとヴァレリーは顔を見合わせる。


「少し飲まないか」

「僕もそのつもりだった」


 ワインの瓶を掲げたヴァレリーに、ラナンは速やかに同意を示して、キッチンカウンターの真上に逆さに吊るされたグラスに腕を伸ばす。


「届かないだろ」


 苦笑したヴァレリーが背後から手を出して、指先にひっかけるようにグラスをさらって行った。


「背伸びすればちょっとは」

「それで落として割られてもな」


 不服そうなラナンに対し、ヴァレリーは相手にしない様子で笑い、食事用の円卓ではなく、ソファに寄せた小テーブルにグラスを置いて酒を注いだ。

 植木鉢を並べた出窓の下に置いた真っ赤なソファは、二人掛け程度のサイズ感で、大柄なヴァレリーと並んで座るにはやや狭い。もともとはラナンがうたた寝する用に一人暮らしのときに買ったものだった。

 しかし、さっさとヴァレリーが腰を落ち着けてしまったので、ラナンもぐずぐずするわけにはいかず、隣に座った。


(やっぱり、なんか狭い)


 圧迫感があるなあ、と思っていたところで、グラスを渡された。


「それじゃま、とりあえず。お疲れさん」


 カチ、とグラスにグラスを適当にぶつけられ、目を向けたときにはヴァレリーは一息にぐーっと飲み干してしまっていた。その流れで小卓にさっさとグラスを置き、ラナンに視線を流してくる。


「喉渇いていたの?」


 尋ねたラナンに「そうそう」と破顔しつつ、左の掌をラナンの前に広げ、右手で何かを書き込むような仕草をした。


『あいつら、二階から聞いているかもしれない。会話はこのまま合わせて。本題は筆談』


 じっと見つめて文字を読み取りつつ、ラナンは小さく頷いた。

 ヴァレリーが中腰に立ちあがり、小テーブルを二人の中間にあたる位置に配置しなおしたので、ラナンはグラスをその上に置く。


『今日の講義で、ロザリアが変なことを言っていた。ディートリヒ、レティシア。魔法体系崩壊のきっかけの話だ』


「ディ」


 思わず声が出たラナンの口を、ヴァレリーが落ち着き払った仕草で、大きな手をあててふさぐ。


「今日の買い物で、必要なものは全部そろったのか」


 何気ない様子で会話をふられて、ラナンは小さく頷いてからヴァレリーの手に指をかけて軽く力を込めてはがした。


「うん。欲しかったものはだいたい揃った。やっぱり傷薬は需要が高いよね。治療師も数が多くないし、急な事故のときに手持ちがあれば安心というか」


 話しながらヴァレリーに肩を寄せ、その手を掴んで焦って指先で文字を書き込んだ。


『それって、一般の人はふつう知らない話だよね?』


 ヴァレリーは無言で頷いてから、筆談に応じる。


『魔法体系が崩れて以降、魔導士は以前のような仰々しい段取りを経ることなく、魔法を行使するようになった。それもこれも、人語を介さない魔族の中にも、安定した魔法を行使する者がいるのは何故なのか。大魔導士ディートリヒがその秘密を暴いたからということになっているが……。魔法体系の崩壊は良い面も悪い面もある。ディートリヒの名前は歴史から抹消されたはずだ』


 ラナンはヴァレリーの手を掴んだまま、実際には何も書きこまれていない掌を見つめて唇を噛みしめた。


「これからは薬の販売を主にするつもりか」

「店があるわけだし、商品として並べようかと。ヴァレリーがいないときは無理して店は開けないで、今まで通り外回りの仕事をしようと思っているよ。魔法講座の方は順調? 人は集まっているよね」

「ガキども相手の学校な。ま、それなり。大がかりにやるなら金を取るようになるだろうが、今はほんの子ども騙しだからな」

「それでも、ロザリアが学校に行きたがらないのは気になってはいたからね。真似事でも、保護者の目の届くところでやってくれてありがたいよ。真剣に取り組んでる?」


 なんとか話を続けようとしているラナンに、ヴァレリーは黙って口を付けていないグラスを手渡した。

 当初の口実を思い出し、ラナンは唇を寄せて少しだけ葡萄色の液体を飲む。こくりと白い喉を鳴らしてから、グラスをヴァレリーの手に押し付けた。

 グラスをテーブルに置くのも待ち遠しいように、ラナンはヴァレリーの手を掴んでさらさらと指で文字を綴った。


『僕たちがディートリヒと魔法体系崩壊の歴史を知っているのは、うちの家系がディートリヒの裔でひそかに引き継いできたものがあるからだ。ロザリアは……』

『ジュリアにも気になる点はある。あいつ、もともと魔法の基礎は出来ていたんじゃないか?』


 思わずのように顔を上げたラナンは、ヴァレリーの顔を見てしっかりと頷いた。

 唇を震わせ、何かを言おうとした。だが、ヴァレリーが自分の唇の前に指を立てて「静かに」という動作をしたのを見て、思い直したように下を向く。頬に落ちて来た髪を軽く指で後ろに流して耳にかけてから、再びヴァレリーの手をとって指をすべらせた。


『ジュリアはたぶん、魔法の教育を受けている。そしてロザリアにも魔法の……裏側の知識がある。うちの魔導士工房と二人がこれまで関係があったとは思えないし……。考えられるのは、ディートリヒの協力者だ。剣と治療魔法の使い手で、神聖教団の神官だった……、教団内で知識の授受が行われていた可能性は十分に考えられる』


 そこまで書きこんで、ラナンは動きを止める。

 ヴァレリーは自分のグラスにワインを注いで、一口で半分ほど空けてから、掌に文字を書き込んだ。


『ジュリアの剣の型だが、神聖教団と関係はあるかもしれない。二人がどこから来たかは聞いてないと言っていたよな。何から逃亡してきたかも』


 ラナンの表情がくもっていく。

 それを見つめてから、ヴァレリーはグラスに手を伸ばし、瞼を伏せて飲み干した。


 そのとき、カタン、とかすかな音がしてドアが開いた。

 いまだ着替えてはいなかったらしいジュリアが部屋に踏み入れてきて、ソファの上で寄り添っている二人を目を細めて見る。


「少し喉がかわいて、水を頂きにきたんですが」 

「ジュリア、起きていたんだ」


 言いながら立ち上がったラナンであったが、立ち眩みでも覚えたように足をふらつかせた。当然のように、ヴァレリーが腕を伸ばして腰に回し、抱き寄せるように座らせる。


「子どもは寝てろって言っただろ」


 どこか煽りを含んだヴァレリーの言い様にジュリアは眉をひそめ、大股に歩み寄った。


「お師匠様、酔いました? 肩を貸しますよ。一緒に二階にいきましょう」

「そ、そこまで酔ってないよ!? まだそんなに飲んでないし!」


 頬を染めて焦って言い募るラナンの肩を、ヴァレリーが無言で抱き寄せた。


「ちょ、ちょっとなに? 絡み酒? 近いんだけど!」


 さらに慌てたようにラナンが飛び上がって抗議した。

 これ幸いとばかりに、ジュリアがラナンの腕に手をかける。


「どう見ても酔ってますよ。そっちのオッサンが。お師匠様はもう寝た方がいいです。いきましょう」


 ぐいっと引かれて、ラナンは抵抗らしい抵抗もできずにジュリアの動きに従った。足がもつれたようにおぼつかない動きで二、三歩進んだところでジュリアが腰に腕をまわす。


「そこまでしなくて大丈夫だって。階段くらい自分でのぼるし」

「落ちてきたら受け止めますから。先にどうぞ」


 信用ならない調子で言われて、ラナンはムッと眉を寄せてジュリアの胸に拳を軽く叩きこむ。


「大人を侮るんじゃない。そういうのは失礼だぞ」

「ごめんなさい。申し訳ありません。すみませんでした。はい、謝ったのでどうぞ」

「……悪い子!!」


 胸元まで詰め寄られても表情を変えずに、ジュリアは小さく吐息してひそやかに呟いた。


「俺を子ども扱いしている方がお師匠様に都合がいいなら、させてあげますよ。今は」


 そして、黙って酒をあおっているヴァレリーへと視線を向けた。

 言葉は交わさず。


 納得がいかない顔をしているラナンの背を控えめに腕で支えながら連れ立って歩き出す。

 その後ろ姿に、ヴァレリーは鋭い眼差しを投げた。


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