家路
「レナは色が白いから、ドレスは濃い目のものが似合うと思う。例えば紺色。なかなか他の子とかぶらないだろうし、引き締まってすごく綺麗に見えるよ。お化粧は、淡い色のほうがいいかな。口紅、そんなに発色のいい赤じゃなくて、薄紅色くらいの方がいい。顔立ちの優しさを引き立てる」
四、五人の女の子に囲まれて、熱弁をふるうジュリアを、ラナンは立ち止まったまま長いこと見ていた。
長く感じるだけで、実際はそれほどの時間ではないのかもしれない。
しかし、以前なら特になんとも思わなかったはずの光景が、今は妙に気にかかるのだ。
(熱がさ。違うんだよね。目ヂカラとか。さっきから腕掴まれたり髪触られたりしてるの気付いている?)
頭一つ分大きいジュリアの周りに、普段より手をかけていると思われる凝った髪型や紅を刷いた唇の少女たちが、引きも切らずにまとわりついている。距離が近いせいか、先程から彼女たちの手がジュリアの身体のあちこちに触れているのだ。
ジュリアもジュリアだ、とラナンは苦々しく思う。
(お祭りの日に何着て行こうかの相談か。相談か。ふ~~ん。その流れで「ところでジュリア、誰と行くの? もしまだなら……」って誘われちゃうんでしょ。へ~~)
別に。
何も悪くない。全然悪くない。
お小遣いを渡して「楽しんできなよ。遅くならないようにね」と言って、家でヴァレリーとお酒でも飲んで過ごせばいい。ロザリアはどうするんだろう。ジュリアはあまり人混みに連れて歩きたがらないから、家で一緒に過ごすか。
とはいえ、ロザリアだってお祭りには興味はあるはずだ。いざというときには、護衛がてらヴァレリーがついて行けばいい。そうすればジュリアがいなくても問題はないだろう。幸い、ロザリアもヴァレリーには懐いているし……。
そこまで考えて、はた、とラナンは気付いてしまった。
(ヴァレリーとロザリアも一緒に出掛けたら、僕だけ家に一人なんじゃない?)
ヴァレリーについて行くというのも考えられなくはなかったが、自分がいるとヴァレリーは自分にも気を遣ってくるのがわかるだけに、あまりよろしくない気がする。ロザリアの護衛に集中するなら自分は視界にいない方がいいはずだ。だとすれば。
やはり当日は家で一人で留守番。
「ねえ、ジュリア。髪飾りを選んでくれる? ジュリアのセンスに憧れているの……」
甘えるような声が耳に届く。
(ジュリア、女装のセンスがいいからね。女の子の服や装飾品に詳しいし。優しいし。それでいて今は……)
白皙の美少年。
飾らないで女性で通していられたうつくしい顔立ちそのままに、あの朝以来男性として振舞い始めたジュリア。
当初、どういう反応があるかと多少心配はしていたが。
少なくとも「女友達」が減ったようには見えない。
むしろ、こうして囲まれているのを目撃することが増えた気がする。
その周りを保護者がうろついていても邪魔なだけだろう。
(この道通れば家までもうすぐなんだけど、べつにね。回り道したってそんなに遠くないから)
角を曲がれば、住居兼店舗としてヴァレリーと共同名義で借り受け、引っ越しまですませた建物がすぐそこにあるというのに、ラナンはそうっと引き返そうとした。
その矢先に。
「お師匠様!!」
ジュリアに見つかってしまった。
* * *
そろそろ買い出しに出かけたラナンが帰ってくる頃ではないか。
そう考えて迎えに出たジュリアは、たまたま近くで立ち話をしていたらしい少女の集団に取り囲まれることになった。
話題は、近々町を上げて執り行われる収穫祭について。
(お師匠様が賑やかなところ苦手なひとだし、俺もロザリアも逃亡中で、人混みに行くのは躊躇したから、一回も行ったことないんだよな)
そういえばそんなのもあったな、くらいの認識であったが、少女たちの興奮した様子を見ていると何やら非常に心待ちにするイベントであることは伝わってきた。いつしか「どんなドレスを着て行くか」という話が白熱する運びとなり。
何が似合うかな? とか、ジュリアはどう思う? という質問を集中してさばきながら、ふっと(お師匠様まだかな)と顔を上げたところで。
何故か、今帰ってきたであろう道を引き返していくラナンの後ろ姿を目撃し、思わず叫んでしまった。
「お師匠様!!」
周囲の女の子には「ごめんね、また今度」と軽い断りを入れて走り出す。
すぐに追いつくと、ラナンの手から荷物の詰まった麻袋を奪い取った。
「どうしたんですか。何か買い忘れでも? こんな重いものを持って引き返すくらいなら、一度家に帰ればいいのに」
「帰ろうと……したんだけど」
そう言いながら、ラナンはうつむいて視線をさまよわせてしまう。その戸惑った様子を不思議に思いつつ、ジュリアは「したんだけど?」と返して先を促した。
「僕のことはいいんだってば。ジュリアこそ、みんなを置いてきちゃって良かったの?」
「みんな? ああ、俺は別に関係ないので。たまたま立ち話しているところに通りがかっただけですから」
「ジュリアがいないと、話にならないんじゃない?」
「うん? そういうことはないと思います。『ジュリアはどう思う?』って聞かれたことには答えましたけど、俺は祭りにも詳しくないし、役に立ったかどうかは」
事実そのままに話しているのに、ラナンの反応が鈍い。
「女の子たちに悪いし、戻りなよ」
「戻るといっても、お師匠様を迎えにきたんですが。一緒に帰らないんですか?」
瓶や魔石や薬草の詰まった麻袋を片手で抱え直してから、ジュリアは空けた手を伸ばしてラナンの背にそっとまわした。
「ひゃっ。なに!?」
「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんですが。まだ何か用事があるんですか。今日の晩御飯は俺が作りますか?」
「いや! それはいいけど!! 帰るし!!」
飛び上がって言い募るラナンを見ながら、ジュリアはさてどうしたものか、と軽く目を細めた。
(やっぱり今日のお師匠様、少しおかしいような……?)
こういうときのラナンが頑なに口を割らないのはよくわかっているので、あまり追及はしないでおく。
ヴァレリーだったらうまく聞き出せるのかな、とちらっと考えたが考えなかったことにした。
二人で連れ立って歩き出すと、先程の少女たちとすれ違う。
少女たちの中には、ラナンのファンがいることに鋭く気付いているジュリアは、抜かりなく全員の視線の先を見極めた。それとなくラナンの姿が見えにくいように、自分の身体でガードする。
「ジュリア、帰るのー?」
「そうだね。ロザリアもお腹空かせているだろうし、うちはもうすぐ晩御飯だから。ね、お師匠様」
ぴたりと肩を寄せると「うわっ!?」とラナンに遠慮なくひかれてしまう。
(そこはもう少し、自然にやり過ごして。お師匠様のそういう反応、可愛いと思って見てるひともいるんだし、あんまり他の人の目に着くところで小動物みたいに跳ね回らないでくださいよ。お師匠様が落ち着いた大人じゃないってばれたら、それはそれでからかいたくなる人だっているかもしれないし? ……可愛いから!!)
横目でうかがっていると、ラナンがちらりと視線を向けてくる。
「何? なんで見ているの?」
「いえ……。今日の晩御飯何かなって」
普段通りの会話なのに、ラナンの声に緊張感があるような気がする、と思いながら前を向く。
心なしかラナンの歩みがいつもより遅いが、ジュリアはこれ幸いとばかりに夕暮れの家路をラナンと並んでゆっくりと歩いた。