2、同行者
リアムは村を出て、最短距離で次の目的地である街に向かっていた。
何故その街に行くのかと聞かれると、近いからの一言に尽きる。
そもそも『運命の人』なんて不確かなものを探す旅だ。
手がかりなど微塵もなく、とにかく移動を繰り返し、情報を集めるしかできない。
(・・・途中路頭に迷って死ぬほど腹減ったりしても死ねないんだろうな・・・)
などと悲観的なことを考えながらリアムは歩いた。
世の中には不死の命を求める人も少なからずいるだろうが、その実態はこれだ。
死にたくても死ねない、という苦しみを常人が理解するのは些か難しい。
しかし、当の不死者の主張は『不死はクソ』の一点張りであった。
その後もリアムは目的地に向けて歩き続けたが、特に変わり映えのしない広大な草原を進むというのは命より先に精神が削られそうであった。
不死者とは言え精神まで不死とはいかない。
元々死に対する観点がかなりイカレているせいかリアムは精神も常人より遥かに丈夫だったが、退屈というのは時に何物にも勝る精神へのダメージを与えるものである。
朝っぱらから、昼と夕方に食事を兼ねた小休憩を取った以外は一日歩き詰めである。
普段から体を鍛えているわけではないのだが、一日歩いても思っていたよりずっと楽であった。
自身の不死能力の副産物のようなものかもしれない。
ただただ退屈ということ以外は、今のところ問題はない。
日は暮れ、辺りはすっかり夜である。
月明かりくらいは望めるか、と思っていたが、生憎の曇り空で月は出そうにない。
いくらこの辺りに魔物は生息しないとはいえ、月明かりもない夜の移動は危険だ。
雨まで降ることはないであろうということがせめてもの救いであった。
「ここらで野宿・・・いや、雑魚寝か。
我ながら何で寝袋も持ってきてないのかね・・・まあ荷物が嵩張るからだけど」
誰に聞かせるわけでもない自分への愚痴を口にし、リアムは申し訳程度に舗装されている道から外れ、適当な草むらに寝転がった。
草のベッドも案外悪くないな、と思いつつ彼は目を閉じた。
夜の草原に吹く風は少し肌寒かったが、彼はそのくらいの気候が好きであった。
特に疲れは感じていなかったが、穏やかな空気がリアムの意識を奪うのにそう時間はかからなかった。
その夜、リアムはまた夢を見た。
前日の夜にも見た、幼少期の頃の体験に少女が紛れ込んだものである。
(・・・改めて冷静に見てみると、あの少女以外にも違いはあるよな・・・
そもそも俺が溺れたのは深かったが所詮河だった・・・こんなに水中が暗い訳ない・・・
幼少期の出来事とは関係なかったり・・・って、どうでもいいな、そんなこと・・・)
前日も同じ夢を見たからか、いつもこの夢を見たときに起こる苦しみの錯覚は薄く、代わりに夢の中で明瞭な思考ができていた。
暫くすると例の少女が現れ、彼の腕を取って水面に向かおうとした。
その時、
『・・・い。・・・さい』
と、声が聞こえてきた。
この少女の声を聞いたのは初めてだ、と思っていると、
「ちょっと! 起きなさいっつってんのよ!!」
「うぉ!?」
耳元で乱暴な目覚ましボイスが流れた。
リアムは堪らず飛び起き、声の主を探すと、彼の横に誰かが居ることを認識した。
赤い髪を短く切った、ボーイッシュな少女であった。
歳は・・・リアムと同じか年下と見られる。
夢の中の少女とは些かイメージが違うため、何となく『運命の人』ではないことは分かった。
そもそも夢の少女が『運命の人』である確証はないのだが、今は置いておこう。
「・・・君は?
確か俺は人なんてまず通らない草原で雑魚寝を決め込んでいたと思うんだけど」
「アンタの記憶はイカレてないから大丈夫よ。
こんなところで雑魚寝を決め込むアンタの頭はイカレてるみたいだけどね」
随分口が悪い少女であった。
外見は少年にも見えるとはいえ素材はいいのだが・・・
「・・・アンタ、何か失礼な事考えてない?」
「おぉ・・・女の勘は怖いな。
元は良いのに性格が残念っぽいな、と」
「あ、アンタねぇ・・・!!」
少女は怒りと羞恥の狭間でわなわなと震えていた。
リアムは決して揶揄ったわけでもないのだが、天然というか、どこか抜けた一面があった。
ここで、名前も聞いていないことを思い出す。
「気を悪くしたならすまん。よく空気が読めないと言われていた。
俺はリアム。向こうの村から一日歩き通してきた。君は?」
「・・・マリー。
フリーの傭兵稼業やってる。
今はちょっとある集団を追っかけてるとこ」
「・・・その集団ってのも気になるけど、傭兵か。
君の歳でそんな物騒なことをしてるってことは・・・『役者』かな?」
「・・・まあそうだけどさ。
初対面の相手にそんな何でもないことのように看破されるとムカつく」
看破も何も、まだ成人にも至らない少女が傭兵稼業につくということは何かしら理由がある。
別に貧しい家の出でもなさそうだったし、リアムがそのような結論に至るのも道理であった。
「・・・君もあれかい?
私達と無能力者は違うー的な人かな」
「私をそんなのと一緒にしないでくれる?
確かに与えられた能力はいろいろ応用効くし便利だけどそんな過激派じゃないわよ」
「自分で言うんだな・・・・
で、何で俺を起こした?道にでも迷ったのか」
「アンタが今話してるの『役者』って分かってるならもう少し口に気をつけなさい・・・
だんだん腹が立ってきたわ」
「過激派じゃないんじゃないのかよ」
微妙にかみ合っていない会話が繰り返され、リアムは若干うんざりしていた。
「・・・で、結局何の用?
俺も次の街に行かないといけないんだけど」
「・・・まあ、いいわ。
用事も何も、アンタがこんな場所で寝てるのに驚いただけよ。
一応この辺、盗賊なんかも出るわよ」
「嘘、マジ?
それヤバいじゃん・・・良く生きてたな俺」
心の中で、まあ死なないけどと自分にツッコミを入れる。
「それで、アンタを街まで守ってあげるから、傭兵として契約しない?
私もどのみちその街に行くし、互いに利益はあるでしょ?」
「あー・・・さてはお金に困っている?」
「う、うっさいわね! 貧乏の何が悪いのよ!!」
「そもそも、俺はそんな金は持ってないよ。
暫く倹約生活を続けられる程度しかない」
「・・・あっそ。
まあ、盗賊と出くわして死なれても困るし、ついてってあげる」
意外と親切な一面もあるらしい。
リアムにとっては願ってもいない提案だが、対価もなしに護衛されるというのは少しバツが悪い。
とはいえ、彼にとっても路銀は不足しているのである。
「・・・いいのか? 俺は対価を払えないぞ」
「だーから、これはただの親切心!!
アンタが気にすることじゃないの!!」
マリーも頑なそうである。
リアムは少し考えてから、
「わかった。頼むよ。
でも万が一命の危険があれば離脱してくれて構わない」
「・・・肝が据わってんのね。死にたいの?」
「まあ・・・正解かな。そもそも死ぬための旅だし」
「何よそれ・・・何か悟ってんの?」
こうして、リアムとマリーは出会った。
リアムにとって初めての旅の仲間となる彼女との出会いから、『運命の人』への試練が始まったのであった。