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第2話 女騎士は面倒なことが大嫌い

 捕虜になった。いや、多分なったんだと思う。

 人道的見地がうんちゃらかんちゃらーで出来るだけ捕虜にした人間には手厚い待遇をして、出来るだけ賠償金をふんだくるというのが最近の手法だとか聞いたことはある。まぁ、自分が捕虜になるだなんて思っていなかったし、何でかなーとは思っていたが周りを見るとよくわかった。出来るだけ清潔な身なりで、新品の鎧を見にまとったいわゆる良家のお坊ちゃんたちを狙って捕虜にしているのだ。


(なるほど)


 大したものだ、と感心する。あれは東に領地がある伯爵のところの三男坊だし、あっちはその隣だかにある男爵領の次男だ。どちらもぴかぴかの鎧を着ているので、財政には困っていないことがうかがえる。対してわたしなどは薄汚れた赤い獅子の紋章が入った鎧だ。年期が入っているにもほどがあるだろう、これは。


「……僕たち、どこへ連れてゆかれるのでしょうか」


 震える声がした。至極おさない声だったので、思わずそちらを振り返ってしまった。美少女にも見まごうような、少年がそこにいた。柔らかそうなストレートの金髪に穏やかな春の空のような青い瞳。同じような色合いなのに、あの蛮族の戦士とはまた全然違うものだ、と思ったところで、またあいつのことを考えてしまっていることに気付いた。何か悔しい。何かは分からないが。


「恐らく川か海だ」


 どこか冷静な声がした。自分の背後だったので振り返らずに耳だけそば立てる。


「そこで引き渡しか、さもなくば奴隷として連れていかれるんだろうよ」


 奴隷、という言葉の響きにぞくっとした。そうなる可能性もあるのか。

 騎士として生きてきた時間の方が人生の大半を占める自分には想像も出来ないことだ。まして女ではあってもこの容姿、よくて戦闘奴隷、悪かったらどうなるか分かったものではないな。死ぬなら戦場だと思っていたから、そんなことは考えたこともなかった。

 勝ち続けることは出来なくても、最低生き続けることが出来れば御の字だと思っていたのだから当たり前か。どうせ我が家に払える金も財産もなし、奴隷落ちが関の山だろう。

 ……いや、待てよ。あいつなんて言ってたっけ? 花嫁とかなんとか言ってなかったか? どこか頭の打ちどころでも悪かったのだろうか。可哀想に。わたしよりも50は小さい身の丈をしていたし、顔も幼い感じがしたから年下なのは間違いなかろうとは思うが……何がよくて花嫁になどと言ったんだろうか。


「女はいいな。ああ、でもゴリラみたいなやつはダメだろうけどな」


 ゴリラというのは、南の方の領地に出る猿のでっかいやつらしい。わたしも見たことはないが、何か知らんがよく似ているという男どもが多いのできっと似ているんだろう。女らしくないと言われるのにも慣れた。化け物と誹りを受けるのもかまわない。だが。


「家族の顔が見てみたいぜ」


 ざわ、と髪が怒りでざわめいたのが分かった。ああ、それはよくない。それはダメだ。わたしは、家族をないがしろにされるのが大嫌いなんだから。残念ながら猿轡をされ手足に拘束をされている身では、そんなに派手に動くことは出来ない。出来ないが、動けないわけではない。

 横になっていた体を起こし、足を引き寄せて反動をつけて立ち上がった。わたしを貶めることで恐怖を紛らわせていた男たちの視線がわたしに集中する。ああ、ごめん。おとなしくしていたのは、別に怪我をしていたとかではないんだ。

 きっとこの薄暗い場所の中でわたしの眼はらんらんと輝いていただろう。可哀想なことに失禁をしたやつもいたようだ。後ろ手に拘束をされていても、肩の関節を外せば前に持っていくことはたやすい。怒りのあまり、ふーっふーっという自分の息遣いしか聞こえていなかったのは仕方のないことだ。と思う。多分な。





「仲間割れか?」


 しれっと横になっていたわたしは、扉が開いた瞬間そう口に出した蛮族の戦士に対して、その通りだと思ったが何かを発言することはなかった。猿轡は外れていないし、こんな場所で何かがあっても誰も信じないだろうからね。

 ただ、その隣に付いてきた蛮族の青年だけは面白そうに笑って、楽しそうにしていた。なかなか狂っているようだ。まぁ、いいけど。

 あとはひとりひとり呼び出されて名前やら何やら答えさせられた。面倒。


「……二十一歳なのか。俺より五つ年上だね」


 それぞれの名前などを書き留めている書記官の人の隣にまたあいつが現れて、わたしの個人情報を眺めてそんなことを呟いた。ん? 五つ下? ということはこいつまだ十六なのか。成人したてくらいじゃないか。故郷の弟とそんなに変わらない年の……そんな年下に負けたのか。わたしは。


「うんうん。全然大丈夫」


 何が? とは聞けなかった。まだわたしの猿轡は外されていない。


「はやくいっしょに帰りたいなぁ」


 うきうきとした弾んだ心が分かるような声に、何とも言えない顔になったのはどうやらわたしだけではなかったようで、思わず目があった書記官にすがるような視線を向けてはみたがそれに気付いた彼は首をかすかに横に振っただけだった。どういうことだ?


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