第1話 女騎士はポールアックスの夢を見るか
目を瞑ると思い出す光景がある。
一面の麦畑に、さざなみのような黄金がきらきらと光る。故郷の光景だ。
わたし、マリー・フォルトゥリオンは小さな片田舎の貧乏貴族の娘として生まれた。年子の兄の後に生まれたわたしは、父にも祖父にも男に生まれていたら良かったのにと散々言われて育った。成人する16の頃には身長は190に届くくらいになっていて、ずっと鍛えていた体は男顔負けの筋肉をつけて分厚くおおよそ女らしい体つきとは無縁だった。
せめて女らしくと母から望まれて髪を伸ばしては見たものの、真っ赤なくせ毛は炎の様に赤々としていてうねるのでまるで猛獣の毛並みだったから、母譲りのペリドットのような淡い緑色をした瞳だけが女らしいとよく言われた。
「マリー」
「父上!」
「もっと前だけではなく、ほかにも注意を払え! 敵は一方向から来るとは限らんのだぞ?」
「はいっ!」
それでも家族は優しかったし、幸せな日々を送っていたと思う。小さな領地を守るために魔物を狩りに出かけたり、そのための鍛錬をしたり、まぁそんなことばかりしていたから気付けば嫁にいき遅れていたというわけだ。領地を広げるためや地位を上げるために嫁入りを画策するような親ではなかった。
それでも幼馴染との婚約には胸が躍ったものだ。その頃はまだ人並みの乙女心というやつがあったのだと思う。相手から見たらきっと拷問にも等しかったのだろう。他の女に入れ込んで姿を消したと知った時には、怒りよりも悲しみが勝った。そうして、女であることよりも騎士であることの方に力を入れるようになったのだ。
「マリー」
やさしい声だった。と思う。人は誰かを忘れる時には、まず声を忘れるのだと言う。それが真実かどうかは知らないが、もう幼馴染のことはまったく思い出せない。どんな顔をしていて、どんな髪の色だったかさえ、忘れてしまった。
「マリー」
ああ、でも、その声はたしかに優しくわたしを呼んだはずだった。
女だてらに、と言われてしまえばそれまでだが、男よりもある膂力でポールアックスを振り回して敵を屠っていくわたしを、その声だけが騎士ではないわたしにしてくれていた。
そう、思いたかった、のかもしれない。
「マリー」
ああ、うるさい。そんなに呼ばなくても聞こえている。
というか、あの女たらしは先に天へと召されたのだろうか? 女の顔を殴るとは騎士の風上にも置けぬ行為だが、相手は蛮族だからそれは仕方がない。顎が割れていないといいな。どうせ戦場に放置されるのだとはいえ、見苦しい死体になるのは避けたい。
顎のあたりがじんじんと痛む。痛む? なんで、痛いんだ?
わたしは思わず目を開けた。目の前には冬の空より青い蒼がわたしを覗き込んでいた。
「ふがっ?! ふご、ご、ふがが?!」
口には猿轡。布を突っ込まれていて声は出せない。手足は拘束されている。あの時、わたしは死んだのではなかったのか?
「起きた? マリー」
耳元でずっと呼んでいた声の主は、どうやら目の前の少年のようだ。確か、ミゲールと名乗っていた。フルアーマーのわたしを打ち倒すほどの腕前を持った、蛮族の戦士。きらきらと細い金色の髪が風に揺れている。肌はわたしよりも白い。そしてここは、どこだ?
「ねぇ、マリー」
というか、距離が近い。あと、馴れ馴れしい。
「俺の花嫁になって」
思わず目をかっと見開いてしまった。頭がおかしいのか、この少年は。懇願するようなうるうるとした瞳は弟を思い出してほだされそうになったが、なんとか持ちこたえた。
「ふがっ!!(無理っ!!)」
拒否の言葉は猿轡が封じてしまったけれど、わたしの表情で何かを悟ったのか、ミゲールはひどく残念そうな顔をしている。というか、お前この状況でわたしが頭を縦に振ると思ったのか?
「……まぁ、時間はまだあるから」
何か不穏な独り言を言った気がしたけど気のせいか? 周囲を見渡せば、ほかにも何人か手負いの騎士たちが拘束されている。ああ、そうか。わたしは捕虜になったのか。
「とりあえず、今は拘束を取れないからその綺麗な顔を見られなくて残念。また来るね」
そっと敵として戦っていた相手にするとは思えないようなやわらかな動作でわたしの頬を撫でると、ミゲールはそのまま他の仲間がいるところへと走っていく。
あんな触れられ方、ほかの男にされたことないな……。いやいやいや、というか今さっきまで命のやり取りをしていた相手に求婚するとか、蛮族はいったいどうなっているんだ。
あいつの手、剣だこがしっかり出来ていたな。いやいやいやいや、だからなんで今のやり取りを何度もわたしは思い出しているんだ。
そうして、わたしがひとりで葛藤している間に時間は経ち、いろいろ考えるのが面倒になったのでそのままごろりと横になって眠ってしまった。ひとまず、体力は温存しておかなくてはならない。脳みそまで筋肉じゃないかとかいろいろ言われたことはあるが、ちゃんと考えてはいるんだ。基本的に戦うことしか考えてはいないが。
これから恐らく捕虜として連れていかれる先でどう立ち回るかで待遇は千差万別になるだろう。女だからとか何も役に立たないし、むしろ今回の捕虜の中ではわたしが一番ガタイがいい気がする。
どうするかなーと考えたところで面倒になって、そのまま寝てしまった。考えるのは面倒。これだから友人たちにも脳筋だと言われてしまうんだ。ああ、そういえばわたしのポールアックスはどうなったんだろう。大事な相方だったんだけどな、と考えが保ったのはそこまでで、体力を温存するという名目でわたしの瞼は強制的に下ろされて気付けば眠りについていたのだった。
ちなみに、まわりの他の捕虜の騎士たちは眠ることも出来ず、戦々恐々としていたらしい。うん。ごめん。
これ、ちゃんと恋愛ものになるのかな? と不安を抱きつつ書いた第一話。
年上女騎士×年下ヴァイキング男子!
身分差というか、種族差というか、価値観差というか、そういうのがある男女に萌えます。
のんびり書きますのでよろしくお付き合いくださいませ。