8.「奴隷商人」
ローサーが悲鳴の聞こえた方向に走り出す。遅れてエンベリラも後をついていく。異様なほど静かな街の路地裏に、少女の悲鳴はいまだに響き渡っていた。
蔦で飾られた古い、誰も使われていない白塗りのくすんだ教会を曲がると、そこには、がたいのいい筋肉質で180cmはある大柄な、厳つい顔の男が、桃色のボブカットに漆黒の曲がった角が生えている、あまりにも細身な白服の幼い110cmほどの10歳くらいの少女が男に腕を鎖で拘束されようとしているところだった。
男がローサーとエンベリラに気づき、顔をしかめて舌打ちをする。
「おい、てめえの声で人が来ちまったじゃねぇか!さっさとそのうるさい口を塞いでおくんだったな!」
ガッ、と男が少女の口に猿ぐつわを嵌める。
「~~~~!!~~~!!」
少女は苦しそうに声を漏らし、ぽたぽたと涙を流す。
「ちっ、奴隷商人だ………」
ローサーが険しい顔で舌打ちをする。
「普通にぶん殴って倒しゃあいいんじゃねぇの?」
「さっき言ったろ?このアトロ帝国では奴隷は合法的に売り買いができるって。だから奴隷商人も普通の商人と一緒ってことだ。殴ったりなんかしたらこっちが捕まっちまう。」
ギリッ、と歯を食い縛るローサーとは対照的に、商人はローサーたちがなにもしてこないことを知って、ニヤニヤと笑っていた。その二人とはまた対照的に、エンベリラはきょとん、とした顔でローサーに言い放った。
「だったら買えばいいだろ?」
「…………………は??」
ローサーの口から間抜けな声が飛び出す。あまりに突拍子もないことに固まるローサーを置いて一歩前に出るエンベリラ。
「おい商人」
「あ?」
「その女、買った。こいつが」
「ちょ、おま!?」
エンベリラが真っ直ぐローサーを指差す。
「……残念ながら、まだ査定に通して……いや、待てよ………、よし、いいだろう。金貨40枚でどうだ?」
「き、金貨40枚!?」
ローサーがよろめく。
「嘘だろ……あの金貨4枚集めるのでも二年以上かかったんだぞ………?」
ローサーの目線が定まっていない。お金の原理が分からないエンベリラがローサーを馬鹿を見る目で見ていた。
「買えないんならぁ仕方ねぇなぁ。んじゃぁな」
男が少女を引っ張り、ローサーの横を通り過ぎようとした。が、その男の肩をエンベリラが掴む。
「なら、俺と決闘しろよ」
「………何?」
「その腰に差してある短剣。お前、元冒険者だろ。その短剣の紋章、随分昔に見たことがあるし、その女、竜人族を抑えていられるのは鍛えていたからだろ?どんなに弱くても竜人族を抑えていられる商人はいない。だろ?」
「貴様、よく見ているな……いいだろう。決闘で勝った者がこの女の所有権を握る。いいな!」
男が短剣を抜き、エンベリラ目掛けて振り下ろした。