情状酌量の余地が欲しい
「え、ええ…ええ〜…」
困ったことになったかもしれない。いや困ったことになったかもじゃない、実はものすごく困ったことになっている。牢屋に入ってたときも困っていやそんなこと言ったら荒野に突っ立ってたときから困ってたんだけど、そんなことを言っていたらキリがないというか、現状が一番やばいと思うんだわ。落ち着いて聞いて欲しいんだけども、牢屋で寝ていたはずの私は起きたと思ったら荒野にいた。全くわけがわからない。自慢ではないのだけれども、ちょっとやそっとのことでは起きないと有名な私ですが、実は満足できる睡眠をとれれば自然に起きることができるのだ!拍手!かなしいし虚しい。やめよう。とにかくたくさん寝たおかげだろうかスッキリ爽やかな目覚めを迎えたのはよかったが、頭の中はサッパリだ。どうしてこうなった。きっと牢屋を見た看守の人は二重の意味でびっくりしているに違いない。まず私がいない、そして掘られてる跡。やっべーよこれヤバイって言ってるどころじゃない。殺されるでしょ、あかん、こんな所で立ち往生してる暇などコンマ1秒もないんだけど、どこに向かえばいいのかもわからない。適当に歩いてまた人間(仮)に出会っても困るし、いやまあ今の時点で途方も無いくらい困ってるんだけどさあ…切実に帰りたい。足は行ったり来たり忙しなく動いているけれど目標が定まっていない。無駄に動いて体力を消費するのはよくないってわかってはいるんだけれども、落ち着けない。どうする、戻った方がいいのはわかっているけど迂闊に戻って死んでも困るし、かと言って闇雲に動いて違うところに行って捕まった所の人(仮)に見つかって殺されても困るし、何をしても嫌な未来しか見えないのは気のせいだろうか?気のせいじゃないな…考えても仕方がない。とりあえずまた水を探そうじゃないか。
「あ、あった」
初めて来たときよりははやくみつけられたのではないだろうか。新宿駅とか東京駅だけじゃなくどこか旅行へ行けば迷子になる方向音痴スキル持ちの私がよく水のある場所まで無事にこれたものだと自分のことながら感心してしまった。感心もほどほどに神さまに感謝してから水を飲む。もう殺菌だとか云々カンヌン気にしたら負けだ。現代人のもやしっ子から大根に若干進化するべきときが来たのだ。もやしっ子から大根へ、劇的ビフォーアフターとか需要なさそう。ああ水が美味しい。
「はい、ごちそうさまでした。うーんお供え物したいけど、手持ちは全部あっちだから何もあげられん、かと言って何もしないのも悪いよなあ」
とりあえず未来繁盛将来安泰、栄枯盛衰にならないようお祈りをしてから突き刺さる石をシカトして土下座しておいた。どこかのネット記事で土下座を遥かに凌駕するのが土下寝だと読んだ気がするけど、みた人にふざけてるのかと怒鳴られそうだからやめておく。こんな荒野にみてる人なんていないと思うけどネ!!
「ーーーーーッ!!!ーーーーーーーーーーー!!」
「っ!!!」
背後に気配を感じた気がして辺りを見渡すと背後ではなく囲まれていた。アッこれやばい、本当にダメなやつ。めっちゃ怒ってる。アホな私でもわかる。空気が読めないとか言われた私でもわかる。怒ってらっしゃる。ですよね〜と言いたいが人間(仮)に囲まれてる恐怖心からか口が震えてうまくあかない。どうしよう、心臓はバクバク忙しなく動いている。囲んでいる人間(仮)たちは私が逃げ出さないと踏んだのだろう、私を中心にして話し合いを始めたようだった。誰一人私のことを見て居ない気がする。ここは逃げるチャンスなのでは?と思ったけどこの人数から逃げ出せる術がない。私の持久力の無さと脚の遅さを忘れてはいけない。とりあえず深呼吸をしてから一旦心臓を落ち着かせ、人間(仮)の話に耳を傾ける。全く未知だ。翻訳してくれる人が欲しい。それか翻訳アプリ。後者は無理でも前者なら希望はあるだろうか、希望はある。というかないと死ぬ。十中八九死ぬ。情状酌量の余地がほしい。というか悪いこと一切してないんだから情状酌量とか以前に牢屋とかそういうのも一切合切やめていただきたい。それにはまずこいつらのリーダー格的な人に私は無害ですアピールをしなければならないんだけど、どいつがリーダーなのかわからない。そもそもリーダーなんているのだろうか。この人達(仮)は小隊組んでいるのだろうか?もうわからないことがありすぎてダメだこれ。八方塞がりなのわかってたけど、いざそういう状態突きつけられると本当に自分は何もできない無力な人間なんだと茫然としてしまう。どうしようという言葉で頭が埋め尽くされていく。怖い。帰りたい。
「ーーーーーー、ーーーー!!!ーーーーーーーーー!!!」
「ーーーーーーー!!ーーーーーーーーーーー!!?ーーー!!?」
「うええもうやだ帰りたい」
なんか本当に泣けてきた。目の前がぼやぼやする。なんでこんな目にあってるんだ?あっ働かないで親を泣かせてるからですね、そうでした。帰ったら即ハロワに通って親孝行を死ぬまで続け、親不孝者にならないと誓うのでどうか情けをくださいませ。神頼みしたところで所詮神は見て見ぬ振り。神さまはできない困難は与えないとおっしゃっていましたけれども、そんなこと言うならどうして理不尽に人が死んでいくのか。努力が足りないのか、努力で補えることなんて限られているというのに。努力したところで、と御決まりの文句を言えばいや本当の努力というものをしていないと言われるのが関の山。じゃあどうすればよかったというのだろうか。どうしようもなかったと自分に言い聞かせちゃダメなのだろうか。きっとそれもこう言われるのだ。ダメに決まっている、と。やばい本格的に泣けてきた。
「ーーーーーーーーー?」
肩に手を置かれる。座り込んでいた私に目線を合わせるかのようにしゃがみ込んで瞳を覗かれる。心配そうにして、タオルを差し出してくるが受け取ることが憚れた。だって、とっても綺麗だったのだ。あまりの美しさに息をのむとはこの事なのだろうか。すごくびっくりして涙も引っ込んだ。美人、いや、かわいい?なんて形容したらいいのかわからない。私の持っている語彙ではとうてい彼女の、いや彼だったらどうしよう。とても、きれいだとしか言えなかった。フードの下からはらりと落ちていく白髪。透き通った碧眼。そして真っ白な、肌。この子だけが異質だった。私の知っている人間だと思った。
「ーーーーーーーーー?」
「あ、う……ありがとう…ございます…」
自分より年下でさらに顔が綺麗な子に泣き顔をみられたのでは?これじゃあただの晒し者じゃん…気がつきたくない事に気がついてしまった。それを認識してしまったらもうすっごい恥ずかしくて、差し出されたタオルをありがたく受け取って顔を隠した。もうこのまま斬首刑に処されてもいい。寧ろ今だやれ!やってくれ!!との叫びのたうちまわりたい気持ちを必死に絶対痛いからやめとけと押し込めて頭を冷やす。どうしようね、これ
「ーーーーーーーー!ーーーー!!」
「っわ、わわびっくりした…えっは?んん??!あれ?!タオルくれた子いなくない?えっちょっ何?!うええええ触らないでほしいんだけど?!えっは?!ひっ何何何怖い怖い怖いひえええあああああやだあああああああむぐっ」
連れ攫われている宇宙人みたいな両手を拘束されたと思ったら目に何か巻かれ、視界ゼロで騒いでいたらいきなり口にあの子が差し出してくれたタオルを突っ込まれ、どこかに連行されている。かなり手荒な気がするんですけど、ねえねえと言ってももがもがしか聞こえていない。というかそもそも私の言うことなんぞ聞く耳を持ってはいないんだろうし、私のことなんか考えていないから歩く歩幅の違いなんかも気にしてはいないんだろう。でかい人(仮)は本当にやだ。縮んでしまえ。毎日一センチ縮んでいく恐怖に恐れ戦け。なんかもう引き摺られた方が楽なのでは?と思うんだけどどんな道を歩いているのかわからないから仕方がなく大人しく歩いている。そういや出会い頭は背後から攻撃されたよなあ、あれよりはマシかないやそういう問題じゃないと思いたい。というかどこに連れられているのだろうか、また牢屋戻りだろうか。牢屋といえば私が掘った穴無事かな、なんて流暢なことを考えていた場合じゃなかったことに気がつくのはあと、少し。
猛暑日が続く中どうお過ごしでしょうか。
無理せずに、クーラーを使用して熱中症、脱水症などにお気をつけてお過ごしください。
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