表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

前編

※回想→現在→会話文→未来はダイジェストとやりたい放題の構成です。

※短編のつもりが長くなりすぎたので区切りました、なので切り替わりが少し不自然です。

 

 私に役名をつけるならなんだろう。


 幼なじみの美少女が実はお金持ちの子で、イケメン揃いの有名な学園に通う事になる。なんて、夢みたいな現実に巻き込まれる一般人はなんと呼べばいい?


 

 私が主人公だと思っていた『あの子』に出会ったのは、私が小学校に入学する前。

 母と私、二人で暮らすアパートの隣の部屋に、同じく母一人子一人で越してきた綺麗な女性と美少女が登場した。


 偶然にも同姓同名で歳も同じだった母親達の交流はすぐ始まり、偶然にも同じ歳の私とあの子も必然的に遊ぶようになった。

 幼い頃からあの子は、自分の見せ方をよく知っていて、あざとくも愛らしい仕草をするたびに、大人は可愛いと誉め、彼女の母も満足げだった。


 小学校では、何をするにもあの子が私の後をついてきた。けれど実際振り回されていたのは私の方だ。


 中学校に入ると、クラスが別になったせいか今度は呼び出される事が多くなる。

 休日、あの子のクラスメイトとの遊びに、何故か私が連れていかれるのは辛かった。

 心細いからと泣きついてくるので渋々付き合うが、終始私を忘れて楽しそうな様子に心細さの欠片もない。

 基本的にあの子と私は性格や趣味が違うのもあって、その友達の中に居るのはとても居心地が悪かった。


 高校が別になれば解放されるのではないかと願った、でも、それはある日突然アパートに現れたおじいさんの登場であっさり打ち砕かれてしまう。

 家でお隣親子と四人で夕飯を食べていた時だった。

 母さんが止めるのも聞かず、ずかずか上がり込んできたのは品のいいおじいさんとスーツの男、お供のスーツ男はおじいさんの事を会長だと紹介した。


 私ですら聞いたことのある大企業の偉い人のおじいさんいわく、息子に社長を任せてから、ふと思い出したのは、昔息子の結婚を反対したこと。

 当時は会うこともなく追い返した、が、かつての息子の恋人を気まぐれに探してみれば、未婚で子供が居ることを知った。

 対して息子は、自分の勧めた女性が結婚間近に他の男と逃げてから、浮いた話もなく一人でいる。だそうだ。


 どちらがその女性かと同姓同名の親達を見比べた。

 母さんは即座に首を振り、それならばとお隣さんに視線は集まる。

 静寂の中、あの子の母親は静かに頷いた。

 更におじいさんが、その子は息子の子かな?と聞くと同じ様に首は縦に動いた。

 そうかと納得したおじいさんが、かつてのお詫びだと申し出たのは、お金持ちばかりが通う有名な学園への進学だった。

 学園に関する金銭は全ておじいさんが負担するそうだ。


 ただ、一つだけ条件につけた。今日の事は秘密に、と。

 学園卒業後に発表して息子を驚かせたいらしい。


 今思えば不自然なんだ。

 居場所まで調べたのに、同じ年齢と名前だとしても探し人がわからない何て事ある?

 それに、足音響く古いアパートで、私と母の住む部屋に迷いなく入ってきていたのに。

 違和感ばかりなのに、当時の私にそんな余裕なんてなかった。


 おじいさんの提案にあの子は目を輝かせ、疑いもせずあっさり話を受けた。

 問題はここから。早速お祖父様と呼び出したあの子が、何を思ったか私と一緒でなければ嫌だと言いだしたのだ。


 一人増えた位では、なんら懐も傷まない世界で生きているだろうおじいさんは、あっさりとそれを了承した。


 母さんも私も必死に辞退したけれど、あの子はしくしく泣き出して、お祖父様の好意を無駄にするのかと、私達を責め始めた。

 見かねたおじいさんが、有無を言わせない笑顔で、そうするよう言うと、母さんは諦めたように了承した。


 それからあれよあれよと準備は進み、気がつけば学園の門をくぐっていた。


 エスカレーター式に上がってくる生徒も多く、私達は異質だった。

 始めこそ場違いな空気に私達は離れずいたが、振る舞いや持ち物が徐々にお嬢様らしくなるあの子と、空気になろうとする私は自然と距離ができた。


 そんな日が続くなか、迎えの車が来たと知らせに行った先で、私の悪口で盛り上がるクラスメイトとあの子をみてしまった。


 ―本当に困るわ、この学園にだって、泣いてまで無理矢理着いてきたのよ。誰とは言えないけれど、私を迎えに来た方も呆れていたわ。


 手が、震えた。


 あれは中学の時と同じ。

 ―だって、どうしても連れてけって煩いの、みんなごめんね。

 休日に連れ出された私が少し場を離れた時、あの子は言った。


 同情はあの子に、不満は私に。何度も感じた居心地の悪さが頭を駆け巡って、私は一人逃げ帰った。


 歩いたせいで帰りついた頃には真っ暗で、ぼろぼろに泣きはらした顔を見て、母さんは何か察したのか、なにも言わず抱きしめてくれた。


 膨らんだ悲しみや怒りが弾けたあの日の夜、決意したんだ。


 おじいさんが来てから母さんも元気が無い、私まで暗い顔をしていたら駄目だ。

 縮こまるのはもうやめよう。それから、卒業したら引っ越しでもしてあの子に関わらない生活を始めよう。って、そう決めたらなんだか心が軽くなった。


 まず始めに、それまで家から学園まであの子の送り迎えの車に乗せて貰っていたのを断って、電車通学に変えた。

 それから、あの子に付き合って通っていた学食での立派なお昼も辞めた。簡単な自作弁当か安いお弁当を買って節約する。


 あの子を怒らせて、おじいさんから学園についての経費を返済しろなんて言われるのは嫌なので、必要な時は呼んでと言っておけば、学園で上手く立ち回るあの子も、その方が都合がいいのか止めはしなかった。


 朝は早く辛いけど、楽しみなことも出来た。

 早朝の空気は気持ちいいし、駅へ向かうお気に入りのコースを見つけた。

 人通りの少ない川辺の道で、毎朝大型犬を散歩している長身の男の子とすれ違うのも日課になった。

 イヤホンを着けた男の子は会釈しても反応はない、途中で止めるのも負けた気がするので続けた。


 彼との仲が進歩したのは、私が寝坊して、走っていた日。

 いつもと違う場所、正面から来たのはよく見る大型犬と長身の男の子。

 焦る私はすれ違い様に、お早うございます!と声をかけた、自分でも予想外の大きな声がでてしまった。

 お、はよう。と男の子がびくっとしながら反射的に答えてくれた脇を駆け抜けた。

 翌日、イヤホンを着けていなかった長身君に、驚かせた事を謝ったのを切っ掛けに挨拶する仲になった。

 ついでに長身君の許可を貰えたので、毎日モフモフな犬をモフモフ出来る癒しの一時を手に入れたのだった。


 次に取り掛かったのは、放課後の事。

 取り敢えずバイトをしたいと担任に相談した。

 まだ若くて、ノリもよく顔もいい、その為生徒からの評判がよく、特に女子に人気がある男の先生だ。


 この格式高い学園でも稀に社会勉強の一環としてバイトをする生徒も居るらしいのに、学業を疎かにするなと怒られた。

 定期券代も馬鹿にならないし、うちには塾や家庭教師なんて余裕は多分ない。

 それに、だ、この学園の生徒は別に勤勉でもない。むしろかなり緩いのだ。

 なんだか腹が立ってきて、バイトの申請はどこえやら、そんなに勉強しろと言うなら先生が教えて下さいとお願いとも呼べぬ要求をしてやった。

 どうせ答えはノーだ、でも少し怯んだ先生に多少スッキリした。


 でも、答えはイエスだった。やってやろうじゃねーか、とニヤリと笑って先生が乗ったのだ。

 結果、放課後は先生に与えられている準備室で特別補習が行われる事となって、バイトは私次第だと意地悪そうに言われた。


 あの子に放課後何やってるのかと聞かれてから、他の生徒にも特別補習の話が広まってしまった。

 一週間だけ教室で補習が行われたが、普段と違う厳しい先生に面白半分で参加した皆はあっさりいなくなり、結局準備室で私一人に戻っていた。


 先生は厳しいけど、自分が担当の英語以外の教科も教えるのが上手い。

 さらには他の先生の授業で何をやったかを細かく聞かれるため、通常の授業にも力が入る。おかげで先生方からの好感度が上がった。

 バイトの申請は英語のテストの出来次第と言われ特に頑張った。

 時々雑用を頼まれるけど文句は無い、授業料と思っている。


 努力のかいあって、なんとか先生の合格を貰えたものの、今度は学園の対面的に迂闊な場所では働けないという問題が出た。

 確かにこの金持ち学園の生徒が激安スーパーのレジにいたらイメージはよくないか。


 どうしたものかと悩んでいたら、思わぬ救世主が現れる。

 同じクラスの、通称王子が偶然私達の会話を聞いて、彼の一族が経営するレストランの裏方を紹介してくてたのだ。

 そのありがたい申し出に迷うことなく飛び付いて、補習とバイト、週に半分づつと決まった。


 一応、あの子に場所は隠してバイトの話をすれば、馬鹿にした笑顔で大変だねと一言。

 おじいさんに可愛がられているのか、日に日に金遣いの荒くなるあの子は私にとっていい反面教師になっていた。

 ちなみに先生には、ざっくりだけどあの子との関係を話してあるので、呼び出された日は補習は無しにしてくれる。


 意外だったのは、レストランでは王子も修行としてそこで働いていた事だった。

 王子の紹介とあって、レストランの大半の人達は気を使ってくれたが、明らかに私を敵視してきて次々仕事を言いつけてくる女性の下に就くことになった。

 悲しいかな、振り回されるのも無茶な課題も、あの子と先生に鍛えられている私は、体力的に辛くても精神には大して影響がない。


 王子は接客で裏方の私とは仕事中に殆ど接点がないのに、さりげなく心配してくれて、時々、駅まで送ってくれたりと、その優しさはまさしく王子だった。

 で、その道すがら教えて貰ったのは、彼が本当は料理人になりたい事。


 店としては王子の容姿なら接客を任せたくなる気持ちは分かる。実際、彼目当ての来店は少なくない。

 あの子もその内の一人で、王子が素敵で料理も美味しいの!と店の自慢してくれた事がある。


 でも、彼が料理を好きでそれが美味しいことも私は知っている。

 開店前に、彼が厨房を借りて作っている軽食を分けてくれてから、度々お世話になっているからだ。

 もちろん、食べた分くらい支払うと財布を出したけれど、それより食べた感想を聞かせてくれると勉強になって助かる。と断られてしまった。


 いつか王子がお店を出したらちゃんと払うと伝えれば、珍しく驚いた顔をしてから、お礼と極上の笑顔を頂いた。

 この時は、王子がコッソリ勉強している意味も考えずに、将来自分の店を持つだろうと、当たり前に思ってた。


 明日は何が食べたい?なんて聞かれるようになると、いい奥さんになりそうだなぁと感心したら、彼は笑ってくれた。


 仕事に慣れてきた頃に一度体調を崩してしまい、休みを貰ってから、私を敵視している(くだん)の人が妙に大人しくなっていた。

 それでも手が空いた時は、手伝うことは無いか聞きに行っていたのだけど、少ししてその人は辞めてししまった。

 王子は気にするなと苦笑いしていた。


 料理長からこっそり聞いた話では、件の人は以前から気に入らない人にはきつく、それが原因で辞めてしまった人もいて、再三の注意も聞かず困っていた所、今回は王子が何か言ったらしい。

 私が休んだ日、王子と件の人が一緒に帰る所を見てから、急に大人しくなっていたからだそうだ。

 姫のためなら王子は騎士(ナイト)になるんだなと、料理長は笑っていたけど意味は教えて貰えなかった。


 あの体調を崩した時は先生にも迷惑をかけてしまった。

 補習の日で、会議が終わるまでにやっとけと出された課題を、私は一人、準備室でやっていた。

 朝から少し調子が悪くて、薬を飲んだせいか、だるさと眠気でうっかり寝てしまい、戻ってきた先生に起こされた時には外は暗くなっていた。

 会議が長引いたと謝られて、私は帰らなきゃと重たい体をあげると、様子がおかしいことに気づいた先生が車で家に送ってくれたのだ。


 先生が、気付いてやれなくて悪かった。なんて真面目な顔して言うから慌てた。

 そんな事ないと全力で否定しても、先生は難しい顔をしている、話題を変えようと私が聞いたのは、先生が先生になった理由だった。


 昔、先生は海外に住んでいて、そこでとてもお世話になった方に憧れて将来を決めたそうだ。

 家族に反対されても先生は信念を曲げずにいた、そこで、付き合いのあるこの学園ならばと家族は先生を学園に押し込んだ。

 残念なことに、この学園は先生の理想とする学びやではなかった。

 勉強の出来よりも金と権力でなんとかなってしまう学園(ここ)で先生は次第に志を忘れていった。


 そこに現れたのが私。


 先生は運転しながら教えてくれた。

 外部の聞いたこともない名の入学者を心の奥で見下していたこと。

 バイトなんて許す気は無かったけど、その場の勢いで言ったはずの補習に思いの外力が入ってしまい、でもどこか充実していたこと。

 多少の軽口はあっても文句も言わず向き合ってくる姿に、指導者として目指していた自分がいる気がした。と。


 そこで少しだけ辛そうな顔になった先生。


 でも結局、生徒の不調にも気付かない、俺の独りよがりだったけどな。

 前を向いたままのそう呟いたのを、夢うつつに聞いた。


 家の近くで起こされて、私は寝てしまったと知る。

 話題を振っておいて寝てしまうなんて失礼だったなと、ペコペコ頭を下げて車を降りた。


 回復してからの初登校、補習の日では無かったけど先生に会いに準備室へと向かった。

 どうしても私の気持ちを伝えなければいけないと思ったから。


 そこにいた先生はちらりと視線を寄越して背を向けてしまった。

拒絶するような空気を破るよう、お腹に力を入れて私は言った。

 私、実は最初、先生のことチャラそうで苦手でした。

 は?と聞こえそうな顔で振り向かれたけど、更に言ってやった。

 でも、今は尊敬する先生です。って。


 先生だって暇じゃないだろうに、補習の為に時間を作ってくれて、バイト先もなんだかんだ真剣に考えてくれた。

 私は感謝してるし、尊敬している。上手には言えなかったけど、言いたいことは言えたと思う。


 これからもよろしくお願いしますといい終えれば、先生は、俺、告白されてる?なんて、茶化されたけどそれからの補習はちょっとだけ優しくなった。


 そんな事もあって、私の体調を心配してくれる王子から先生に提案があったみたいで、週に1日バイトも補習も無い日が出来た。


 これを期に、私は前から気になっていた学園の敷地内にある図書館へと足を運んだ。

 昔、映画の撮影に使われた事があるとかあの子が言っていたけど、納得出来る素敵な場所。

 普通の本棚が並ぶ教室からは想像もつかない、広くて独創的な空間は、海外のデザイナーが手掛けたものだそうな。


 勿体ないのは、借りるより買った方が早い生徒が通う学園だからか、人がいない。とはいえ、そのおかげで人目を気にせずのんびり出来るのも魅力の一つ。


 ゆっくりと中を見渡しながら進んでみると、ジャンルの多彩さにも驚かされる。絵本のコーナーでは飛び出す絵本の繊細さに一人感心してしまった。

 ほどなくして、昔実写化され話題になったファンタジー小説を手に取る。

 映画はあの子と見に行ったけれど、途中であの子が飽きて帰ってしまったので、結末は分からず仕舞いでいたもの。

 何かの縁だと思い、全四巻のうち二巻が借りられていたので、一巻だけを借りて帰った。



 少しでも映画を見ていたおかげか、読めば画が浮かんできてサラサラ読める。夜更かしするほどはまりこんだ。


 次の週、さっそく次の巻を借りた。今度は三巻が無かったので、見知らぬ誰かが早く読み終わることを願った。

 翌週、思いがけず、二巻を返却に行った先でもう一人の借り主と対面する事になる。


 私はその男子生徒を知っていた。入学して間もなく、あの子と二人で広い学園の目当ての場所を探して、うろうろしていた所を助けてくれた眼鏡をかけた先輩だ。

 可愛いさを全面に出してお礼を言うあの子に、眉ひとつ動かなかった珍しい人。


 私の事は覚えていなかったが、後から借りていたのが私だとわかると、何故か睨まれてしまった。

 それでも私は、次の四巻がいつ頃借りられるかを聞く。

 早く読みたいあまり少々催促する言い方になってしまったので、そうではないと慌てて弁解する私を先輩は冷たく見下ろし、ならば先に借りればいいと進めてきた。

 気持ちが揺らいだが、先に読み出したのは先輩なのだから断った。

 少し悩んだ先輩が代わりにとオススメを教えてくれたので、それを借りることにして別れた。


 先輩のオススメは、なんと言うか、凄く難しい本だった。

 苦労して読み終わった頃には四巻が戻っていたので、直ぐに借りて読んだ。

 それからも時々図書室に行って、気になるものがあれば借りている。


 ある日、図書館で久しぶりに先輩を見かけて、声をかけた。

 感想を聞かれたので、私なりの解釈と理解出来ない場所を逆に聞いた。そうしたら何故か申し訳なさそうに謝られた。

 なんと、先輩の勘違いで私は意地悪されたらしい。


 以前に、先輩の読んだものを読みたがる人がいて迷惑したようで、私はその誰かと同類にされていた。

 その人は、私と同じようにあの難しい本を勧められて喜んで借りたそうだが、直ぐに面白かったと返してきたので、感想を聞いてみれば、その人は逃げるように帰っていったらしい。


 …そういえば、あの子が珍しく本を抱えているのを見たことがあったけど…確かめる気もないが、なんとなくあの子の気がする。


 とりあえず先輩の事情は納得したけど、私だって結構頑張って読んだのだ、後日お返しにと先輩の興味が無さそうな少女漫画を押し付けてやった。


 結果、私の予想とは反対に、他に持っていないのかと追加を請求されてしまう事となる。

 気に入ってもらえたなら悪い気はしないもので、後日、喜んでお気に入りの漫画を貸した。


 後から知ることになるのは、先輩は読むのが速く、いちいち買っていては置き場に困るからで、図書館なら読み放題なんて庶民的な考え方を持つ人だということ。


 何回か漫画を貸したり、本を勧めて貰ったりと、やり取りしてから、珍しく先輩が本以外の話をしだした。

 何故私がこの学園いるのかと問われたので、おじいさんの存在をぼかしつつ正直にあの子のおまけですと説明した。


 これで、先輩も私を見下すかもしれない、もう図書館で会うことも無いかもしれない。そう思うと少し辛かった。


 だから、あの頃とは違うんだと知って欲しかった。悪あがきでも今は結構充実して楽しくやってることを伝えたかった。

 表情の読みにくい先輩に何かを言われる前に、付け加える。


 補習のおかげで成績は悪くないし、特に英語が楽しいと思えてきた事や、バイトのおかげでお金の有り難みを知ったし、見えない所で色んな人が動いている事を知った。図書室へ来て、これまで関心の薄かった読書もするようになった事、卒業したらやりたい事を、私は一人でペラペラ喋った。


 先輩は静かに聞いてくれて、私は聞かれてもいないのに延々と喋ってしまった自分が恥ずかしくなり、これまでのお礼を言って早足で図書館を去った。


 やっぱりというか、その日から先輩に会うことはなくなった。


 その頃だったか、あの子に遊園地へ誘われた。


 あの子は当たり前みたいに学園への送迎車を呼び出すのだけど、休日にまで呼び出されて申し訳ないと思う。


 運転するのは笑顔の素敵な柔らかい雰囲気を持つ男性。

 乗り降りに、ドアを開けたり閉めたり手ずからやってもらう度に私はペコペコしてしまう。

 あの子は慣れたもので、挨拶もそぞろに乗り込んで寛いでいる。


 久しぶりに乗って感じたのは、なんとなくだけど、ちょと運転が荒い気がした。


 遊園地では、主にあの子が満喫しつつ時間が過ぎる。

 最後にお土産屋に寄って、あの子は自分用に色々買い込み、私はいくつかお菓子をお土産に買って、帰りも悪いと思いつつ送迎車にお世話になってしまう。


 先生の車で寝てしまった失態を教訓に、眠らないように気を張る。隣では静かに寝息が聴こえていた。


 当然だろうが、やっぱり機嫌が悪いのだと思った。

 私達が寝ていると思ったのか、運転する男らしい手の指がトントンとハンドルを叩いている。初めて見る仕草と、重たい雰囲気にそう思わざるを得ない。


 後部座席からそれが見えて、今日のお詫びと思い買ってきたお土産を渡すのはためらわれた。

 買ったものの、彼女の前で渡すのは嫌みっぽいかなとか考えていた。

 せっかく都合よく車内で起きているのは二人だけなのに、中々声をかけられずにいたら、いつの間にかアパートの近くまで来ていた。


 焦って、あの。と小さく口からこぼせば、指の動きが止まって、どうしました?とミラー越しに視線をくれた。

 すかさず、甘い物は好きか確認する。濁した答えだったので甘くない方を取り出す。

 ありがとうございました、いつもお疲れ様です。今日と日頃のお礼を彼女を起こさないように小声で伝えて、勝手に助手席に置いた。

 ちょうどアパートの前に着いたので、彼女を起こす。


 いつも通りを装おって、そそくさと部屋に帰って落ち込んだ。

 返されたら気まずいと思って押し付けた時点で、私の自己満足だったんじゃないだろうかって。


 後日、久しぶりにあの子と登校を共にした。延々とあの子の愚痴を聞きながら車で学園まで送って貰った。

 去り際に、ぐったりする私だけが呼び止められた。

 忘れ物があると言われ、慌てて戻った私に渡されたのは、私の知らないラッピングされた小さな箱。

 先日のお礼だと微笑んで持たされた。


 やっぱり逆に気を使わせてしまったけど、中に入っていた飴はとても美味しかった。


 そんな日々が過ぎ、私は二年生になって、最初の衝撃がやって来る。


 新入生代表の挨拶に見知った男子生徒が立っていた。と言うかいつも登校途中で会う犬の散歩をする長身君だった。


 驚いて目をしばたかせる私に恐らく向こうも気付いていた。何度か目が合った気がしたから。


 次の日の朝、イタズラに成功した悪ガキの顔というのを私は初めて見た。

 まぁ、制服を見れば私が学園の生徒であることはわかる。

 有名ブランドが手掛けるこの制服は目立つ、そのせいであらゆる場所で奇異の目で見られたが、それももう慣れた。


 失礼な話、私は長身君がそういった…裕福な家の子だったなんて思わなかった。

 ラフな格好はお坊ちゃんらしくなかったし、これまで一言もそんな事言ってなかったはず。

 とはいえ、挨拶を交わすようになってからも、彼の方が犬よりも警戒していたし、会えば挨拶して犬を撫でて一言二言交わして別々に歩き出す、そんな短いやり取りの仲だけど。

 短いやり取りで知ったのは年下らしいということくらいか。


 長身君が入学してくる前の話だけど、長身君は年上の私の事をアンタと呼んでいた、彼の少々偉そうな言葉遣いが心配で、先輩面して直したらと偉そうに言ってしまい、関係ないだろと怒られた事がある。


 後から思えば彼の反応は当然だと思う。大して親しくもない女に説教されたら気分が悪い。

 当時の私は勉強とバイトに慣れてきて調子に乗っていたのだ。


 その日からお互いが無視してすれ違う度に、犬が寂しそうにこちらを見上げて来るのが心苦しくて、三日でそれに耐えきれなくなった私は、初めて声をかけた時みたいに、大きな声で謝った。

 俺も、ポソリと呟いた長身君との仲直りが済むと、嬉しそうに尻尾をブンブン振る犬に二人で笑った。


 以来、私が敬語を辞めた位で特に何もなく過ごしていた、だから新入生の代表として壇上に立つ彼のかしこまった姿にはかなり驚いた。


 長身君は学園に来て私をセンパイと呼ぶようになった。

 私は心の中でずっと長身君と呼んでいるけど。


 変化はもうひとつ。

 強制じゃないから私は入らなかったけど、彼は学園で出来た友人と部活に入った。

 この学園の部活は極端で、趣味程度の活動の部もあれば、外部から講師を呼んで本格的に活動している部もある。

 彼が友人に勧められて入ったバスケット部は前者だけど、思いの外はまったらしく、自主的に朝練習を始めたので、私の癒しのモフモフは回数が減って、代わりに同じ電車で登校するようになった。

 とはいえ約束している訳ではないので、散歩中に会うか電車で会うかはその日次第だった。


 ここで突然あの子からお願いという名の命令がきた、なんでも電車通学がしたいそうな。


 あの子の電車通学一日目。その日は長身君と同じ電車だった。私の隣に座る彼女を見つけると、彼らしいというべきか、露骨に嫌な顔をされた。

 ご機嫌に後輩に話しかける彼女と、イライラを隠しもしない彼に挟まれ、私はこれが明日からも続くのかとぐったりした。


 翌日。玄関先で先に行っててと言われた時から嫌な予感はしていたけど、いつも乗る電車が来てもあの子はやって来ない。仕方なく見送って、あの子を待った。


 やっと連絡がついたと思ったら、今車で学園に向かっている所だと言うじゃないか、彼女いわく、やっぱり電車通学とか無理。だそうだ。


 私は慌てて次の電車に乗り込んだ。

 久しぶりに込み合う時間帯に乗ってしまい、人の波に流される。

 小さくなっていたら上から知っている声がして、見上げると長身君がいた。


 犬の散歩をした日はこの電車に乗っていたらしい、私がいることに驚いていたので曖昧に笑っておいた。

 私は心強い人物の登場に一瞬気が緩んでしまい、電車の揺れにぐらりと体が倒れかける。幸い、彼が咄嗟に支えてくれたので転ぶことはなかった。

 ただ、反動で彼の胸に飛び込む形になってしまった。


 大いに動揺した私が離れて謝ろうと見れば、同じく動揺している彼と目が合った。


 だがその後が酷かった。あの時の私の動揺っぶりが余程面白かったのか、彼はどこらから仕入れてくる情報を元にイタズラするのだ。

 顎を指で持ち上げられたり、壁と挟んでみたり、その度免疫の無い私が慌てるはめになるのだ。

 おそらく、いつも近くでにこにこしている長身君の友達が余計な入れ知恵をしてると思われる。

 まったく、からかわれるこっちの身にもなって欲しい。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ