第Ⅰ章 5話 【秘めた才能】
「せいっ!!やぁっ!!はぁぁぁっっ!!」
「まだ踏み込みが浅い!そんな剣ではベヒモスすら倒せないぞ!」
「はい父さん!!」
フロスティ家の屋敷の敷地内にあるとてつもなく大きな庭の一角で、剣を交える二つの影があった。
ノアの父であり現フロスティ公爵家当主であるグウェイン・フロスティ公爵と、一番上の兄ゼオ・フロスティだ。
「よし、ここからは魔法も使って攻めて来い」
「はい!では遠慮なく!!『風よ!吹きすさぶ竜風となりて我が前にいでよ!』」
ゼオが詠唱するとどこからともなく風が吹き、剣を構えるゼオの周囲に竜巻を作り出す。ゼオはその竜巻に乗り空中に浮かび上がり、そのままグウェインに向かって剣を向けた。
「ほぉ、また新しい魔法を覚えたのか。だが上手く使いこなせるかな?」
グウェインはニヤリと笑いゼオを迎え撃つ。
そんな二人の様子を、少し離れた安全な位置から大きな目をキラキラさせて熱心に見つめるノアがいた。
「まほうだー!!すごいすごい!!にいさまおそらをとんでる!かっこいいー!!ぼくもまほうつかいたい!!」
ノアは『魔法』というものの存在をしっかりと認識したあの日から、父親と兄の稽古を見学するのが日課になっていた。2歳という幼さで剣や魔法に興味を持ち稽古を見たいと言い出した時は、グウェインは職場で様々な相手に何度も何度も同じことを自慢して回り同僚から親バカだと怒られた。
「まほうかっこいいなぁ~!ぼくもまほうでびゅーんってかぜをだしたりおそらをとんだりしたい!!」
ピョンピョンと飛び跳ねながらこちらを熱心に見ているノアが目に入ったグウェインはでれっとした顔をした。
「訓練中ですよ父さんっ!!」
隙ありとみたゼオはそんなグウェインの死角から鋭い突きを入れた。
「もらった!っっ!?」
完全に当たったように見えたその剣はグウェインの身体をすり抜け宙を切り、グウェインはそのまま霧散した。
「なっ!!?」
自分の勝ちを確信していたゼオは予想外の出来事に驚き、ほんの一瞬隙ができる。その隙を逃さず、いつの間にか背後にいたグウェインの鋭い蹴りがゼオの後頭部を直撃する。
「ぐぁっ!!」
ゼオはそのまま数メートル吹き飛んだ。しかし空中で身体を捻りなんとか態勢を立て直したゼオは、反撃しようと振り向く。しかしグウェインは既に目の前まで迫っており喉元には剣先が向けられていた。ゼオは目を閉じゆっくり息を吐くと、魔法を解除して負けを認めた。
「……参りました」
すると訓練が始まってからずっと周囲に漂っていた圧迫した空気が霧散したかのようになくなり、ゼオはホッと息をついた。
「はぁ、父さんの覇気が出すあの空気の中でノアはよく平然としていられるね…子供だからなのかノアの精神が強いのかわからないけどなんだか自信を無くしてしまうよ」
ゼオはキラキラした目で自分たちを見ているノアを見てため息をつく。
「そういうお前だってよくあそこまで立ち回れるものだ。身体を鍛えただけの兵士なら耐えられずに倒れてるぞ」
「俺は父さんに毎日鍛えられていますからね。他よりは多少耐性がありますよ」
ゼオはグウェインの賛辞に笑顔で言葉を返す。そんなことを話していると、ノアがタオルを持って走ってきた。
「とうさまもにいさまもとってもすごかった!!びゅーんってキラキラってしてまほうってすごいね!」
「キラキラ?」
「ほぉ…!」
ノアからタオルを受け取り汗を拭いていた2人はノアの言葉を聞いてゼオは不思議そうな顔を、グウェインは驚いて感心した顔をしていた。
「…ノア、今の訓練はどんなふうに見えたんだ?」
グウェインは少し考えてノアに説明を促した。
「あのね、にいさまがびゅーんってしてとうさまにあたっちゃう!っておもったら、とうさまのまわりがキラキラってなってとうさまがふたりになったの!」
ノアが見たままを伝えると、2人は驚きで少しの間固まってしまった。
まず、ノアの動体視力の高さだ。ノアはまだ知らないが2人はこの国を守る騎士団に所属しており、ゼオは15歳という若さでありながら騎士団の上位に入る実力を持ち将来が期待されている。グウェインに至っては「接近戦では敵なし」と言われ、騎士団の中だけでなく世界的に見ても上位の実力を持っており、それに加えて周囲の信頼も厚いため騎士団長を務めている。そんな2人の剣は鍛錬をしているものでもなかなか目で追えないほどのスピードなのだ。しかしノアはしっかりと見えていた。
そしてなにより驚きなのが、ノアが当たり前のように言った「キラキラってなってとうさまがふたりになった」だ。グウェインはその正体を知っているがゼオは全く意味が分からず困惑している。
「父さんが2人…?まさか分身を作る魔法が使えるのですか?あの時の剣が当たらなかったのもその魔法で?」
「ハハ、参ったな。まさか2歳のノアにあっさりと見破られるとは思わなかった。ゼオ、確かにあの剣が当たらなかったのは俺の魔法のせいだがあれは分身じゃない、一種の幻覚だ」
「幻覚…?しかし幻覚魔法は闇系統のはず。父さんの持ってる系統ではありませんよね?」
ゼオの疑問に答えるため、グウェインは自分の使った魔法を説明する。
「幻覚を見せることができるのは闇魔法だけではないということだ。俺が使ったのは我がフロスティ公爵家が最も得意とする光魔法だよ」
「光…?光を操る魔法であるはずの光魔法でどうやってあのような…」
一般的に知られている光魔法とは、光を操り光線を出したり光の玉を出したり、時には治癒能力のある光を操り治癒魔法をかけたりするものだ。
「ただ光のエネルギーを放つだけが光魔法ではない。当たり前に存在しているこの太陽の光を利用して、そこにあるはずのものを見えなくしたりないものをあるように見せたりすることも出来る。相手の身体に直接作用させて幻覚の状態異常をかける闇魔法とは性質も性能も大きく異なるがね」
ゼオは少し考えた後、はっとして声を上げる。
「光の反射…ですね?」
「そうだ。この魔法は物体まで作り出すわけではないから触れればすぐに本物じゃないとばれてしまうし、状態異常ではなくただ視覚で得る情報をごまかしているだけだ。だが剣でのせめぎ合いの中でこの魔法を使えば…どうなるかわかるな?」
父親はニヤリと笑った。
「わずかな認識のずれが致命的になる状況において相手が見えているのに当たらないということはそれだけで脅威になりますね。ましてや自身に状態異常がかかっているわけでもないのに幻覚に近い何かの魔法が使われていると考えながら戦うのは、かなり精神的なダメージになります。それに、たとえ仕組みがわかっても対処法を見つけることは容易ではない。その上、接近すればするほどその分視界も狭まるため、幻覚による認識外からの攻撃などは対処が遅れてしまう……父さんはこれを自身の剣術に組み込んでいるのですね」
ゼオの冷静かつ正確な答えに、グウェインは満足そうに頷いた。
「ご名答。俺の強さの秘密のうちのひとつだ」
グウェインは簡単に言っているがこれはかなり高度な技術だ。
この世界の魔法の発動にはまずイメージが大切になる。使いたい魔法の発動結果をしっかりとイメージしないとまともに機能しなくなるのだ。つまり自分の姿をした光の反射を動かすには自分の身体を動かすイメージで光の反射を操ることになる。それは戦闘中に使うとなれば2人分の身体を動かしながら戦うということであり、グウェインの精神力と技術はかなりのものであることがわかる。
ましてやこの世界には光の反射について科学的な知識があるわけでもない。日常生活の中で自分で反射の仕組みを発見し理解したうえで戦闘に活用するなど、常人には不可能に近いものである。少しの説明を聞いただけで「光の反射」という答えにたどり着くゼオの頭の良さも父親に似たものなのだろう。
「しかし詠唱を一度も聞いていません。一体いつ…」
「訓練が始まる前からだよ。自分に重ねておいていたから見えなかっただけだ」
「そんな無茶苦茶な…父さんの魔法の活用力と持続力にはいつも驚かされます。俺ももっと光魔法の工夫した使い方を学ばなければいけないですね。しかし父さん、ノアの言う「キラキラ」とは一体…」
自分の名前が出たことに反応してこちらを見上げて首をかしげているノアを見ながら、ゼオはもうひとつの疑問を口にする。
「魔法の発動する仕組みは分かるか?」
「魔法は大気中に漂っている魔力を体内に取り込み放出することで発動します」
「そう、それが魔法だ。そして魔法を使うとき、すなわち体内から魔力を放出する時に術者が使う魔法系統の色をした光、通称『魔光』が出るらしい」
「そんな光俺は見たことがありません…話では少し聞いたことがあるのですが。らしい、ということは詳しくは分かっていないということですか」
「あぁ、学者の間でも長年研究が行われているがいまだに解明されていない。その大きな理由が…」
父親はそこで言葉を止めノアを見つめる。ノアの紫色の大きな目もじっと父親を見つめ返す。
「魔光は、普通は見えないんだ」
「見えない…?」
「そう、普通の人間の目には見えないんだ。見えるのは妖精族の力の強いものか神獣レベルの召喚獣くらいだろうな。魔光が見える人間は1000年に1人居るか居ないかだと言われている」
「なっ…!!それじゃあノアは!!」
ゼオはグウェインの言葉に衝撃を受け、バッとノアのほうを見る。
「この歳であの動体視力の高さ、そして魔光の見える目…ノアはとんでもない才能を持っているぞ」
2人はノアの将来を想像し、この子はきっと大きなことを成し遂げられるだろうと誇らしい気持ちになった。
しかし当の本人は一体なんのことやらといった顔で首をかしげていた。
次話更新は5月25日20時予定です。