せっかく悪役令嬢に憑依したので、存分に悪どく暮らします
ラヴァル家の客間、窓際で太陽に照らされながら、私は過去を思い出す。
この世界がどこぞのゲームかは知らないが、ゲームの世界だと分かったのは五年前だった。
当時私は……まあちょっと趣味がアブノーマルではあったけど、ぱっと見は誰もが振り向くというわけでもない、どこにでもいそうな一般人だった。
だというのに、まさかトラックが跳ね飛ばした石に頭をぶつけて死ぬなんて……どうせならトラックでひき殺せよ、と死の間際思ったのは覚えている。
まあ、それはどうでもいい話だ。
肝心なのは、今の世界。窓からのぞくのは中世ヨーロッパを思わせる街並み、まるでイギリスの田舎町にでも来た気分になるが、残念ながら私はこの世界で生きている。
しかも、相当中途半端な時期に。
「どうしてこうなったのかしらね……」
私がそう一人気に呟くと、部屋の隅でぼーっと座っていた奴隷が首をかしげる。顔中に古傷がある女奴隷……怪しまれないために父親に連れられて奴隷を買いに行ったのだが、やはり年頃の娘としては男女一緒に同室でいるというのは耐えられないので、これで手を打ったのだ。
「……いかが、なさいましたか? アルカード様」
「ああ、なんでもないの。なんでも」
奴隷……名前なんだったかしら? まあいいわ。そいつに適当に手を振って、私はため息をつく。
アリアス・アルカード……ゲームの名前は憶えていないが、その名前には心当たりがあった。
前世での友人が書いた小説で読んだキャラクターの元ネタ、だったような気がする。その作品では割と悪役に書かれていたが、逆に彼女を救済する二次創作も盛んだった……他作品に出張とかあったけど。
で、どうも私が憑依したのは、原作(があると仮定して)の中盤部分、奴隷を購入する直前だった。前に友達に無理やり見せられた時、確かにそんな感じだった。
原作では美形奴隷を購入していたけれど……まあ、ね? 一つ屋根の下は、ね?
思えば、この奴隷を購入して三か月が経った。月日が経つのは早いもので……最初は帰りたい帰りたい思っていた元の世界にも、既に愛着が消え失せていた。
死んでしまったもんは仕方ないしょうがない、と切り替えるのが人間なのだ。
まあそれよりも問題なのは、元の世界にあってこの世界にはない嗜好品……。
「煙草吸いたい……」
はい、私ニコ中です。
◆
煙草にはまる原因は何だろう? アニメや漫画の影響だろうか、それとも映画の俳優がカッコいいからだろうか。それとも、知人恩人に憧れて、だろうか。
私の場合は、目を覚まさせることだった。
趣味として小説を……まあ、二次創作だけれども、嗜んでいた私はそこそこ有名な書き手となっていた。恋愛ものの作品を読み漁り、そのエンド後を描くというのが基本の。
まあそれがかなりの━━というより私の趣味で、バッドエンドを好んで描いていた。寝取り寝取られとか、あと恋敵が嫉妬に狂って殺しに行ったりとか。私はそういうのが好きだった。
だって幸せが崩れる瞬間って、傍目から見れば綺麗だから。
だというのに感想欄は罵詈雑言、「あんな素敵な終わりからこんな結末を書くなんて作者は心が歪んでいる」「リア充に親でも殺されたのか」「一度心療内科行ってこい、なっ?」とか書かれたら、そりゃストレスを発散したくなるというものだ。
そこで手軽に、ついでに執筆の邪魔にならないストレス発散として煙草を選んだ。最初は一本だったのか、気づけた一日で三箱くらい……。
割と本気で煙草農家の家に嫁ごうと思ったこともあったわね。知り合いに居なかったから無理だったけど。
まあそれはともかく、中毒ってのは頭━━要するに記憶の方に原因があると、私は思う。
だから前世の記憶を引き継いで、この世界のこれに憑依してしまったわけだからつまり……中毒はそのままなのよね。
「……で、煙草見つかったの?」
「あんたの言うたばこってのがどんな葉っぱなのか分からない状態で見つかると思うのかしら? ん?」
私の問いかけに、友人であるモンモラシー・ラヴァルは凄むように言ってくる。うん、それに関しては本当に申し訳ない。
でも利益ちゃんと与えているからウィンウィンだと私思うの。ラヴァル家が見つけた新たな野菜や植物を私の領地で栽培して、モンモラシーの領地の港を介して輸出するって、ウィンウィンよ。うん、ウィンウィン。
「じゃがいもさつまいも唐辛子、茄子にトマトに大麻にけしと……学名をつけるのは第一発見者になってるから、全部にたばこってついてるのよ? おかげで植物学者が「もう新種にたばこってつけるのやめません?」とか議会で提案してくる始末になってるのよ? そりゃ利益出てるけど、出てるけどさあ……」
「利益出してるから良いじゃん、それに新種発見とか冒険心擽らない? あと煙草吸いたい」
「この架空植物中毒者が」
「なっ、てめー酷いぞテメー!!」
「妄想薬物中毒者と言い直そうかしら?」
「ひどくなってる! ひどくなってるわ!!」
下流貴族が聞いたら絶句するような言い合いだけれど、私とモンモラシーの間では普通のことなのよね。悲しいことにね……。
ひとしきり言い終えてお互いにゼーハー言いながら、紅茶を飲む。口うるさい侍女もいないのでぐいっと一気に。
飲み終えたカップに、モンモラシーの横でスタンバイしていたメイド━━年がどう見ても九歳にしか見えないが━━が紅茶を注ぐ。
「……そういやあれどうなったのよ」
「あれ?」
「ほら、あのー……なんたら王子だっけ?」
「マグナス王子のこと?」
この国の王子、話しぶりで聞いてみた感じだと私はどうも、その王子に恋をしている。とはいってもその王子は今、どこぞの遠い田舎から出てきた田舎娘にお熱だけど。
モンモラシーは「そう」とスプーンで私を指しながら言う。やめなさいはしたない。
「あんたさ、ちょっと前まで『よくもわたくしの王子様に近づきやがって……殺す! 殺してやるわ!! 我が領土の兵士総出で、あの小娘の血筋一つたりとも残したりしませんわ!!』とか言ってたのに、いきなりどうしたの? アヘンデビューしちゃった?」
「アヘンの危険性最初に教えたの誰だったか忘れたのかしら? そうじゃなくて、純粋に応援しているだけよ」
「……本当にどうしたのお前!? 医者、医者連れてこい!!」
「呼ぶな恥ずかしい!!」
私が必至で止めると、モンモラシーは面白そうに腹を抱えて笑い、椅子にすわりなおした。こいついつかぶっ飛ばしてやる……いや、身分としてはモンモラシーの方が上なんだけども。
というか、私この人と出会ったの一週間前なのよね。しかも出会った時の会話が『人が苦しんでいる様を見るの好きなの?』『ええ、そうですが……』『友達になろう』という感じだったし。とんとん拍子すぎる展開にびっくりしたわ、めちゃびっくりしたわ。モンモラシーの方は、昔から私のこと知ってたみたいだけど。
んで私が前世での遊び……まあ、TRPGとか? を教えたりしているうちにとんとんと……最近じゃ貴族のお茶会も、サークルの集まりみたいになってきたわ。娯楽に飢えている世界って、すごい。
「まあ、小娘にも恋心を抱いたというか……こう、育てたくなったというか」
「うわあ……いい性格してるわ。ドン引きするわ……」
「あんたに言われたくないわ、その子何人目よ?」
「十より先は覚えていない!!」
なにか余計なものを感じ取っただろうモンモラシーから出た言葉に、思わず私も言い返すが、こうも自信満々に覚えていない宣言されたら何も言えなくなるわ……。
新顔だもの、あいつのメイド。少年か少女かは分からないけど、確実に言えるのは、あれが新しく入ってきたメイドということと、その命が長くないということ。
それに比べれば私の趣味なんて、まだ実害出してないから……ね?
そんな私の気持ちを読み取ったのか、モンモラシーのやつはじとーっとした目で私を見てくる。
「いやいや、私はちゃんと終わってから新しい恋をするけどさ。あんたのってあれじゃん、長いヤツじゃん。また特別に陰湿なやつじゃん!!」
「絶望させてから希望を持たせて、そこから絶望に落とす人に言われたくないんですけどー?」
「親身になって愛情を注ぎ込むくらい育ててから潰すあんたの方が悪趣味でしょ。私簡易的ですぐできるけど、あんたのはねじ曲がった愛情じゃん! 怖いわー、こいつ怖いわー」
割と悪どさでいえば、私とモンモラシーは同じくらいだと思う。その証拠に私とモンモラシーはこうして言い合っているけど、二人とも笑顔を浮かべているもの。
趣味趣向は違うけど結果は同じなので大きく見れば趣味友と言えなくもない間柄、これ傍から見たらどう見られているのかしら?
「政略結婚させられそうになったら?」
「とりあえず適当な女とくっ付けて、互いに情が移ったところで潰します。徹底的に家族を潰して、最後に張本人たちを潰します。それが生産者の義務です。幸福は畜産だよね!」
「やっぱお前マトモじゃないわ」
「マートーモー! 私マートーモー!!」
「んじゃあんたはあどけない少年がいたら?」
「捕まえて配下に拷問させて、私が逃がすフリして殺します。あとレイプします、無理やり勃たせて犯って掘ってから殺します」
「テメェも同じくらいド外道じゃねぇか!!」
そういって私と彼女は、ガハハと笑う。
趣味趣向の類はともかく、気心の知れた仲間というのはやはり良いものだわ。趣味趣向はともかく。
私の場合、前世性癖で愛情を魔改造してでこうなっているわけだけど、こいつ素でこれだからなぁ……やべぇよ、この世界やべぇよ。
そういやもう一人の友人も……ああ、ショタを連れ去って釘の刺さった板で自分の尻を叩かせて、賢者タイムになったら殺すようなキチガイだったわ……。
……あれ? 私の友人、まともなのいない? いやいやまさか、そんな……こと……あるわけ……。
私があれこれ考えていると、不意にモンモラシーの顔が真面目になる。
「でもあんた、ちょっと注意した方が良いわよ。最近じゃあ、権力を持ち過ぎた家を潰そうとかいう動き見られるらしいし……教会の一つ二つ潰して脅したりしてるあんたは、特に目を付けられそうだし」
「なぁに、そのためのこれよ」
そう言って私は、自分の腕をポンポンと叩く。
どうも基礎スペックは高い……というより異常レベルで、ちょいとトレーニングすればそこらの近衛兵なら倒せるレベルまでにはなれた。一対一限定だけど。
まあその辺は、何とかするしかないわね。うん。全く完全無欠のノープランだけど。
まあ、ちゃんと下準備はしているけど……本当に機能するのかどうかは分かんないのよね。実践テストしてないから。
「細工は流流、あとは仕上げを御覧じろってね」
私は少ない友人を心配させないために、自信満々にそう言った。
恐怖というものには鮮度があります。