生徒会長の一日
後半は短編4 の改編。
私は朝の四時に目が覚める。
窓の外を見ると、夜よりは薄く明るいが、太陽が顔を出すには早く灰色をしている。
三分ほど眺めていると、まだ睡眠を欲しがっている脳内から、霧が晴れるように睡魔が消えていく。
もう八月を過ぎているのに、私は冬用のワイシャツに袖を通す。布地が厚くて通気性が悪く、夏用に比べて汗の乾きが遅いので、油断していると下着が透けてしまう。
持ち歩いているバックの中には、春用のセーターと着替えを常備しているけど、昼間に外を歩くのは控えていた。一度だけ上着を持たずに外出したら、汗を吸った布地が肌色になり、下着まで見えてしまった。
隠すのも面倒なので毅然と歩いていたが、通り過ぎる男性の視線が吸い付いてきて、胸元や下着を見ているのが分かってしまった。
私は洗濯を自宅でせず、週末に外で済ませていた。アイロン掛けが必要な衣類はクリーニングに出し、そうでない物はコインランドリーへ持ち込んだ。
夏場になると特にお金の減りが激しくて、気付いた時には夏物の衣類を買うのは厳しかった。
春先であれば、我慢して二日ほど着まわしても問題はなかったが、夏になるとそうはいかない。照りつける日差しと、気温が上がっているので少しすると汗をかいてしまう。
お店などの室内、学校の生徒会室や食堂は冷房が効いているので、移動時間を選べば、耐えられなくはなかった。
「それも、今日までの悩みか」
今日は夏休みが空けてから、一週間が経過した日。生徒会長への報酬が、学生証へ振り込まれる日なのだ。
そう考えると、少し楽しくなってきた。
新しい服や、趣味の合うお洒落をしたかった。既に買う服は決めてあるので、売り場の確認や価格の計算は終わらせてある。
そして、早朝に家を出る。
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近所の公園で、ベンチに座りながら朝の時間を過ごす。
池があって、周囲に木が植えてある場所で、この時間帯は空気がひんやりして気持ち良い。
太陽の光が朝露に反射して、草木が輝くのを眺めるのも楽しかった。
私はバックから手帳とペンを取り出して、書く準備をする。
それでも、いつも白紙のままで、結局は何かを記すことはない。これが私の日課なのだ。
白い紙面と、黒の罫線を眺めていると、吸い込まれそうな感覚がする。
頭の中を空っぽに出来て、空腹や暑さを忘れさせてくれる。ある意味では自己暗示に近かった。
三月に比べると、私は体重が減ったと思う。太っていた訳ではないけど、余分な脂肪が無くなった。間食や食事の量が減って、糖分をあまり取らなくなったのが理由だと思われる。
あるいは、前世で意識していた正しい姿勢を心がけたおかげで、背中やお腹まわりの筋肉が少し着いたと思う。そうはいっても、背筋を伸ばして歩いても、疲れない程度にではあるが。
最初の頃は、少しだけ姿勢が悪かったのか、背筋を伸ばした歩き方や体勢を続けるだけで、疲れを感じていた。
六時を過ぎると、犬の散歩やジョギングをする男女の姿が目立つようになる。
もうすぐ、学校の校門が開く時間になるので、ベンチから離れて歩き始める。
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生徒会長は授業が免除されるものの、出席日数は別でカウントされる為、半日は学校に居る必要がある。
校門には、駅にあるような改札口 があって、学生証をかざすとICカードを読み取って、出席日数として計算される仕組みになっている。
その近くには、自分の成績や学校のランキングを確認できる端末があって、同じように学生証をかざす。
『ポイント残高:63,000』
確認してみると、思っていたよりポイントがあった。
案内に従って詳細を開くと、3000ポイントが試験結果に対する報酬らしい。1点あたり2ポイントと書かれていた。
そういえば、入学時にそんな説明があった気がする。
帰りにショッピングモールへ寄って、このポイントで新しい服を買おうと決めた。
「会長、おはようございます」
「おはようございます」
七時になると、副会長の最上さんが登校してくる。
眠そうな顔で、生徒会室の共用テーブルに鞄を置くと、挨拶をしてきた。
「会長は早いですね。いつも何時に来てるんですか?」
「六時」
自分で淹れた紅茶を飲みながら、素っ気無く返事をする。
今はミルクティーを飲んでいて、ストレート、ミルク、レモンの順番で飲むのが自分流の楽しみ方である。
茶葉に拘りはないので、ティーパックを使っているが、インスタントと言えど味は馬鹿にできない。
来週あたりになると、書記の三崎さんに頼んでおいた(高級)紅茶ギフトが届くので、その到着も待ち遠しい。
「好きですね……」
呆れたように呟く最上さんは、自分もポットのお湯を使って緑茶を淹れていた。
それぞれ、好きな物を頼んでストックしている。そういう最上さんだって、緑茶には拘りがあるみたいだし、人の事は言えないだろう。
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夕方になり、近くのショッピングモールに足を運ぶ。学校で支給されるポイントは、ここで使う事ができるのだ。
決められた制服はないが、それでも式典や行事では、ブレザーや制服に近い清楚な格好が求められる。
普段は私服でも構わないものの、通例としては、やはり学生らしい格好で通っている生徒が多い。
生徒会長としては、やはり私服よりは、ブレザーや制服に似たデザインの服を着ることが推奨されている。
人によって異なるデザインのものや、内側に着るシャツ、ネクタイやリボンなど、組み合わせを楽しむことで、お洒落の幅は想像しているより大きい。
学生用の衣服売り場で、私は一つのスカートを手に取る。グレーと白のチェックが入ったプリーツスカート。
夏用の上着を持っていなかったので、黒のニットシャツと赤いネクタイを組み合わせる。
ゴシックを基調としていて、着るのを躊躇う人も居るかもしれないが、今の私の趣味である。
「うん、似合ってる」
試着してみると、悪くはなかった。
買い物の合計金額は42,120円で、学生証を提示するとカードの読み取り部分を示される。
「ありがとうございました。値札は取っていかれますか?」
「お願いします」
シャツを七着とスカートを三枚買うと、それだけで三万円を超えた。ネクタイやハンカチ、下着を合わせると、税込みで四万円を超えてしまった。
それでも、来月になればポイントが入るし、残り二万円分で今月を過ごすのは余裕だと思われる。
そもそも高校生の身分では、分不相応な金額であると言えるだろう。
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「会長、やっと薄着になりましたね。似合ってますよ」
翌日、学校に新しく買った服を着ていくと、書記の三崎さんが私の姿を見て反応してくる。
そういう三崎さんは、白いレディースの半袖シャツを着こなしていて、女の子らしく輝いている。
「……ありがとうございます」
三崎さんは生徒会が主催する文化祭の企画書を作っていた。
二学期末に行われる文化祭は、土日に開催され、一般の入場も認められている。規模が大きいので、地域でもお祭り扱いされていた。
三崎さんが草案を作り、副会長が陣頭指揮を取りながら、各委員会や校舎の使用許可を取って回る。
この場にはいないが、会計を務める人物が金銭面の計算をしたり、営業活動をする。教師と協力しながら、近隣のお店に出店を依頼したり公募するなど、幅広い仕事を任されている。
黒字とまでは言わないまでも、一定以上の売り上げをノルマに課せられていて、結果に応じて学費免除や特別な待遇を期待できる。
一般生徒が行うものは、副会長が責任者となり調整するし、対外的に必要な仕事を担当するのが会計である。書記は生徒会の活動方針や、全体的な計画を立てる役割をする。
生徒会長の仕事は少ないものの、顔役として挨拶に出向いたり、授業中に動けないメンバーの代わりに、外出したりする。
もちろん、交通費は生徒会の運営費で落ちる。
「二学期が一番、成績を維持するのが難しいんですよ」
三崎さんが私の近くに座り、甘いお菓子を食べながらお茶を飲み始めた。
この人はよく話しかけて来るけど、後輩の私に対して、面倒見のいい先輩でも演じているのか。
迷惑とまでは言わないまでも、自分では『話しかけるなオーラ』を出しているつもりなのに、全く通じていない。
「そうなんですか」
「会長は満点取ってましたが、何か特別な勉強法でもあるんですか?」
試験結果は校内ランキングに乗っているので、知っていること自体は不思議ではない。
それでも、答えて問題ないかと言われたら、少しある。
私は教科書を数回めくっただけで勉強していないのだから、普通だったら嘘か馬鹿にしているように聞こえる。
「普通に、教科書を何度も見直しているだけですよ」
「塾とか行ってる訳じゃないんですね」
基本的には聞き役に徹して、質問されたら返答するだけ。それでも満足したのか、三崎さんは書類作成に戻って行く。
自分で紅茶を淹れつつ、午後は少し砂糖を入れて、甘さと香りを楽しむのが良い。
高校生なのに、座っているか散歩しているだけの学校生活だけど、悪くはなかった。この適度な空間は、痛みでも苦しみでもない、平穏を感じさせてくれる。
今はそれでよかった。
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