入学式とオリエンテーション
午前四時。私は誰もが寝静まる時間に、行動を開始する。
今日は高校の入学式で、面倒だけど母親には一人で行くと話してある。
あの日から、私は家族とは疎遠になった。一人で外出して、深夜に帰るようになった私は、それが原因で喧嘩することもあった。無視し続けると、しばらくして何も言われなくなった。
学費だけは払うからと、通学だけは許してもらえたが、もう勝手にしろと父親に言われてしまった。
紅葉という少女は几帳面で、今まで貰ったお年玉やお金を、使わずに貯金箱へ入れていた。そのお金を切り崩して外食しても、半年以上はこの生活を続けられる程度には、貯金があった。
「そろそろ、行くかな」
家族が起き始めるのは、午前五時半を回ったあたりになる。
その前に、私は新品の衣服に袖を通すと、そのまま家を出る。
高校は決まった制服が無かったので、ブレザーとリボン、プリッツスカートを組み合わせて、学生に相応しい清楚な格好を心がける。
季節は春になったとはいえ、四月の早朝は肌寒かった。
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宇津魔法高等学校と書かれた私立の学校。
私は決められた時間になったので、校門を越えて学校の敷地内に入る。
全校生徒の数は、一万人以上と言われていて、校舎もその分だけ巨大で存在感があった。
およそ新入生だけで三~四千人はいる計算になるので、校門から入る生徒を見ると、保護者を伴った新入生が大量に入ってくるのが見えた。
「平成二十九年度の新入生諸君、入学おめでとう――」
入学式になると、校長を始めとした様々な人物が、祝辞や歓迎の言葉を述べていく。
ゆっくりとした時間が流れ、新入生の多くは期待と不安を胸に、在校生の多くは退屈な時間を過ごしながら聞き流す。
会場の大きさから、巨大なモニターで全身を映した映像が流れ、スピーカーも保護者や教師を合わせて二万人もいる人物へ届く音量で流れる。
「新入生の皆様、入学おめでとうございます――」
その中で、在校生代表の生徒が前に出てくる。
名前は最上 剣という二年の男子生徒で、現在の生徒会長を務めているという人物。爽やかな笑顔で、大観衆を前に物怖じすることなく演説を続けていた。
「――本校は、成果に対して報いる制度があります。勉強や部活動、文化活動において結果を残すことで、学校での過ごし易さが変わり、進路の幅が広がります」
そこで区切るように、息継ぎをする。
「怠惰に過ごせば過ごした分だけ、勤勉に過ごせば過ごした分だけ、成果に応じて評価されます。それでも結果が出ないと嘆くことがあれば、やり方を工夫してみてください。苦手な土俵で勝負していませんか? 自分にあった結果の残し方があるはずです。先生方はその姿勢を尊重してくれます――」
三分にも及ぶ長い演説が終わった。
締めの挨拶を生徒会長が述べると、会場に拍手が響き渡る。
その後は特に見所もなく、入学式は何事もなく終わった。
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一学年だけで二十五クラスあって、私は八組と書かれた教室に入る。
中には二~三人で固まって話している生徒もいたが、大半は無言で椅子に座っていた。
果敢にも、近くの生徒に話しかけている者もいたが、結局は会話が続かず、ぎこちない表情をしていた。
「あの、少しいいですか?」
今日のスケジュールは、校内の案内や見学など、授業は無かったはずだ。
そう思っていたら、隣から声がかけられた。
勘違いかな? と思って右側を向くと、一人の女子生徒と目があった。
「……何か?」
「えっと、挨拶をしておこうと思って。同じクラスで、これからよろしくね」
その後は、名前を聞いた気がするけど、私は素っ気無く返した。
「ええ。よろしく」
今は一人でいることに、それほど孤独を感じていない。友達という関係を、築くつもりは無かった。
担任の先生が来ると、さっそく校内の見回りをすることになった。
体育館が第一から第五まであって、柔道や空手が出来る道場も二つほど設置されていた。校庭も東西に二面あって、その端にサッカーやテニスの専用コートが作られていた。
大よそ、学年によって共通の施設が使えるように配置されていて、一部の授業は複数のクラスが合同で行うものもあるという。
その中で、一際大きい建物が印象に残った。
校舎よりも高く作られていて、学校の中心に見える塔のような建造物は、教師と生徒会が使う為の施設らしい。
七階建てになっていて、一階から四階が教師の為に、五階以上が生徒会が専用に使える個室や会議室になっている。
最上階の生徒会室を見学させてもらうと、その景色は最高だった。
学校の設計思想が良いのか、幾何学模様を意識した造形と、植えられた植物との色合いが、幻想的な景観を生み出していた。
「まるで、お城みたい」
人目も気にせずに呟くと、周囲の何人かが笑いを堪えていた。
そんな事が気にならないほど、私の気分は良かった。
馬鹿と煙は高いところへ上ると表現されるが、昔から高いところに居るのが、権力者のステータスだと考えられていた。漫画やアニメに出てくる玉座だって、一般人より高いところにある。
批判的な意味を含んでいるが、私はその言葉が嫌いじゃない。むしろ、高いところが好きだ!
この景色の中に、一万人の生徒がいるのだろう。
私立高校なのに学費は安く抑えられていて、偏差値が高いこと以外は入学の敷居は低かった。スポンサー契約している企業や、ショッピングモールのテナント料を運営費に回したり、生徒に雑務を任せることで学費を抑えていた。
テストで全校生徒10位に入ることができれば、推薦入学や就職の斡旋を受けられるなど、優遇される傾向もあった。
見学が終わると、学校の制度や行事について説明された。
この学校の試験科目のひとつ『魔法実技大会』というのは、魔法による戦闘だった。
全校生徒がトーナメント式に戦って、参加すれば最低限の単位が得らる。順位を上げれば、実技の点数が加算される。
試験によって生徒会長が決められるが、座学14科目に加えて、実技の点数を合わせた1500点満点から、1位以下の順位が決められる。
試験が同点の場合には、実技の点数や順位によって判断されるので、強い方が残ることになる。
この仕組みの面白い部分は、1年生にもチャンスが巡ってくることで、努力に意味を与えてくれる。
かといって、勉強を先取りして終わらせても、実技で勝てなければ意味がない。座学が得意でも、1位を取るのは難しい。
学年によって座学の難易度は変わるものの、学年の垣根を越えて競い合うので、見知った相手のみがライバルとは限らない。
魔法や魔術による戦闘技能が優先される傾向にあるので、上級生が不利になることもない。
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入学から一週間後、携帯に電話が掛かってきた。
名前を見ると、かつての友達だった女の子からで、週末に遊びのお誘いが来た。入学前も連絡が来て、素っ気無く対応していると、頻度は徐々に減ってきていた。
『大丈夫? 今度、一緒に遊ばない?』
『ごめんね。今は忙しくて。うん……。ありがとう。またね』
私は人付き合いを頑なに断り続けた。
それでも、楽しみはあった。併設されているショッピングモールに行って、売り物を眺めて一日を過ごすこと。
浮かない程度に着飾って、手持ちのお金では買えない衣服や小物を、記憶の中に焼き付ける。
親とは疎遠になったため、学校こそ通わせてくれているが、月のお小遣いなどは無かった。それでも、見て楽しむだけで、十分な気持ちになれた。
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そして、七月に入り、一学期の期末試験を受ける日になった。
数学や世界史、現代国語を初めとした基本的な科目。魔法に関する知識を問う問題や、外国語の試験。それぞれ、分からない問題はなく、ミスさえ無ければ満点は確実だと思えた。
実技の大会も、一年生から積極的に参加する者も居る。
そして、私は一位を取った。
「夏休みが明ければ、私が生徒会長」
今はその余韻が、とても心地よかった。
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