生徒会長は風邪を引く
いつもより三十分ほど遅く目が覚める。
体がだるくて、頭が痛くて、布団から起き上がるのが辛かった。気が緩んだのか、昨日は手紙を書いた後に、少しだけ肩の荷が下りたような気がしたから。
本当に私は、自分勝手だと思う。あんな内容の手紙を受け取れば、相手は頭がおかしくなったか、精神が病んだことを疑うだろう。
十七時より後にポストへ入れたから、届くのも明日になってしまう。
やはり風邪薬を買いに行くべきかと、身の回りを確認しながら考える。
飲み水は部屋に常備してあるけど、薬は買い置きが無い。あっても空腹で飲むのは良くないので、食べられるものを買いに行く必要はある。
ああ、きつい。そう思っていたら、眠気が頭を支配してきた。
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部屋をノックする音で目が覚める。
横目で時計を確認すると、外は明るくて午後の一時を示していた。
「お姉ちゃん……? 今日は居るよね? 勝手に入るよ?」
念のため、もう一度だけノックの音が聞こえてきて、妹の柚希が部屋に入ってきた。止めようにも、声を上げるだけの元気が無くて、入室を許してしまう。
柚希は静かに扉を閉めて、私の元に寄ってきた。
よりにもよって、こんなタイミングで来るとは。体のだるさから、熱もありそうだった。
「勝手に入ってごめんね。起きてたんだね」
「なに……?」
小声で届くかも分からないくらい、か細くなってしまった。それを見て、何かを察して駆け寄ってきた。
「どうしたの? 風邪……かな。熱もあるみたい」
「大丈夫だから……」
顔を背けて、額に当てられた手を振り払う。
「どうしよう。風邪薬があったと思うから、でも、何か食べるもの……病院行った方がいいのかな」
慌てた様子で、柚希は扉の方へ向かおうとした。
それでも、そんな様子で行かれては困る。他の家族に、何かがあったと気付かれてしまう。こんな時だからこそ、見つかるのは嫌だった。
「待って!」
力を振り絞って、なんとか柚希の腕を掴む。少しだけ勢いが余って、引く力が強すぎたのか、私の布団へ柚希が倒れこんできた。
「ぐう……」
押しつぶされるように、私の胸に柚希の体重がのし掛かる。苦しく息を吐き出して、何とか引きとめることには成功した。
「ちょっと、待って……。家族には知られたく、ないから」
「ごめん。落ち着くね」
意外に素直に従ってくれて、私も気持ちに余裕が出来た。
今日は父が仕事に出ていて、家には母がいるらしい。
一番上の姉は、そもそも遠方の大学に通っているので、長期休みか気分が乗ったときしか実家には帰ってこない。
「何か出来ることがあれば、するよ?」
妹の柚希は買い物に出かけようとして、私の靴があるのに気付いたらしい。それを見て、私の部屋までやって来たと話す。
買い物はいいのか? と聞くと、急ぎではないので問題ないという。
「じゃあ、少し頼まれてくれるかしら」
財布からお金を出して、それを柚希に渡す。私は動けそうになかったので、柚希の好意に甘えることにした。
今日は自分でも不思議なくらい、素直に頼むことが出来た。
「風邪薬と、何か食べられそうな物。それと飲み物をお願い」
三千円を渡して、柚希に買い物をお願いする。今日を安静にしていれば、明日には良くなると思う。
「分かった。行ってくるね」
「よろしくね」
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気付かない間に、また眠っていた。
目を開けると、妹が私の顔を覗き込んでいた。
「目が覚めた?」
額に冷たさを感じて、冷却シートが張られていた。とても心地よくて、気分が和らいだ。
この方法が効果的なのかは知らないけど、少なくとも嫌な気分ではなかった。
「ありがとう」
眠ったからか、少しだけ楽になったので体を起す。柚希がゼリーを買ってきてくれたので、私はそれを細々と食べる。
「水飲む?」
風邪を移すといけないので、もう大丈夫だと言っても、柚希は譲らず部屋にいつづけた。
時間が経って、少し温くなったスポーツドリンクを飲むと、とても美味しく感じられた。
汗に濡れた下着と寝巻きを着替えるついでに、濡れたタオルを持ってきて、体を拭うのを手伝ってくれた。
その優しさに、涙が出そうになったけど、心に痛みを感じて現実に引き戻される。
手紙を出したけど、柚希にだけは、言葉に出して伝えようと思った。
「ねえ、柚希。聞いて欲しいことがあるの」
「なに?」
手紙に書いた内容を、もう少しだけ丁寧に伝える。
覚悟が決まったからなのか、すらすらと言葉が出てきた。
前世の記憶が戻る以前の私が、柚希のことを大切に思っていたという部分も、少しだけ関係があるのかもしれない。親よりも気心の知れた間柄だったから、私は素直に全てを話した。
私が話している間は、柚希は静かに聴いてくれた。
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「お姉ちゃんは、私のことを覚えてるよね?」
「ええ」
複雑な顔をして、信じられないというよりは、どのように考えていいのか戸惑っているようだった。
「あのね、私にとっては、それでもお姉ちゃんはお姉ちゃんだと思う。そうやって悩むのだって、私の事を想ってくれるからだよね」
今度は私が、どういう顔をすれば良いのか分からなかった。
「私にとって、お姉ちゃんは憧れだから。頭が良くて、私の知らないことを何でも知っていて、心が優しい紅葉お姉ちゃん。ほら、今と何も変わってない」
ふわりと、柚希の両腕に包まれる。抜け出そうと思えば、今の状態でも解けそうなくらい、やさしい抱擁だった。
「私のことは嫌い?」
「……いいえ」
その一言で、私の心は限界だった。紅葉の記憶が、妹のことを愛おしく感じさせる。
さ迷った両手を、柚希の背中に回して抱きしめる。
私が私である理由なんて、簡単なことだった。
ただそう在りたいと、願うだけで良かったのだ。
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思い返すと恥ずかしくなった。
少しだけ、柚希の愛情が重く感じた。
「昨日、手紙を出してくれたんだよね? 楽しみに待ってるから」
「うん……」
安心するとまた眠くなってきた。
今まで感じていた痛みが、少しだけ軽くなった気がした。
「ありがとうね」
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