家族への手紙
会って話すには遠すぎる。
メールをするには、近すぎる。
いつも白紙を眺めては、何も浮かばずに諦める。
一枚の和紙が目の前にある。
白く何も書かれていない。
水性のペンを左手に持って、便箋用の絵画を書いていく。
雪の結晶、あるいは幾何学模様。
前世の私を示す紋章を、便箋となる紙に書き連ねていく。
色は邪魔にならない程度に、薄い青でしたためる。
拝啓――
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私は陳腐にならないよう考えても、どうしても言葉が浮かばなかった。
挨拶の言葉、表情や仕草、私が非行に走った理由を家族にどう説明するのか。
強い自我が、今の紅葉を否定してしまう。ならばいっそ、手紙で伝えようと思った。
想いを込めて一筆を記す。この時代に手紙なんて、今の私は書いたことが無い。
それでも前世の記憶を元に、最大限の敬意を払って、家族や親しい者に送るための手紙を仕上げる。
挨拶の言葉から続いたのは、なんと詰まらない本文だった。
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――私の秘密をお話します。
――信じて頂けないかもしれませんが、今年三月を境に、前世を生きた記憶が戻りました。
――非業の死を遂げた私は、生まれ変わっても、そのトラウマから誰かを信じられませんでした。
――突然の事で、家族のみんなにはご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。
――みんなと過ごした記憶はあります。
――それでも、まだ自分でもどう折り合いをつけていいのか、戸惑っています。
――私には、家族の情を受ける資格は無いと思います。
――みんなからの優しさと気遣いが、どうしても眩しく感じてしまいます。
――自分勝手に、一方的な拒絶を突きつけて、本当にごめんなさい。
――もし許されるのなら、このまま学校に通わせてください。
――今は無理でも、いずれ学費は自分で稼げるように努力します。
――その為に、アルバイトをする事の許可をください。
出来た本文は、私の思いしか書かれていない、一方的な心情の吐露だった。
説明足らずで、肝心な部分をそのまま書いているだけ。
家族のことを考えるなら、もっと相手を気遣ってもいいのに。その一文が、どうしても書けなかった。
――今まで育ててくれて、ありがとう。
手が震えてしまう。
どう思われても良いと考えていたはずなのに、この手紙を出すのが怖かった。
私は自分が思っているよりも、紅葉としての自覚が強いことに驚いていた。
封筒を用意して、切手を貼る。手紙を中に入れて、封をする。
そしてポストに投函した。
手紙は二通。両親へ宛てたものと、妹に宛てたもの。
これ以上、上手く説明することなんて出来なかった。
――山吹 紅葉
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柚希へ
――今まで私を慕ってくれて、ありがとう。
――もう貴女が思う優しい姉ではないけど、ずっと大切な妹だと思っていました。
――あの日、悪夢を見ていた私は、そばに貴女がいて安心しました。
――人の温かさが救いだと感じたのは、あの時が初めてでした。
――強く生きてください。
――山吹 紅葉
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手渡すことなく郵便を選んだのは、私の臆病な心だった。
封筒も私の手作りで、白い厚紙に魔方陣を描いてから、昔にあった撥水の魔術を施してある。
さすがに封蝋は手に入らないので、近くで購入したシールを使って封をしてある。
デザインにばかり手が込んで、本当はもっと内容を気遣うべきだと分かっている。それでも、私にできる精一杯は、自分で貰っても恥ずかしくない手紙を送ることだけ。
信じてもらえなくてもいい。
身勝手なけじめのつけ方だけど、今までの私はもういないと、それだけは伝えようと思ったから。
私の姿を通して、過去の紅葉を期待されるのが、苦しくてしょうがなかった。死んでしまった人格を、そうと知らないまま過ごされるのが、絶叫するほどの痛みを感じさせた。
自分が殺されるよりも、怖いこと。
知らない誰かが、親しい人の姿をしていること。
その恐怖は、私が転生を経験したから、分かることなのかな。
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