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夢の中。炎と黒煙。白い羽。part1

 リビングへ続く扉から、黒い煙を孕んだ炎が天井を舐めるように溢れ出している。

 

 炎の中から吐き出されるその黒煙は、まるで天井を這う大蛇のごとくうねりながら二階へと階段を昇っていく。物が焦げる臭いが、皮膚が焼けつくような熱風を伴って押し寄せてくる。

 

 高矢はその光景を、ただ玄関に佇んで眺めていた。恐怖はなく、焦りも、息苦しさもない。頭に霧がかかったように何も感じず、何も考えられない。

 

 自分は何かを捜しにここへやって来た気がするが……なんだっただろう。思い出せない。

 

 ふわふわとした足取りで、高矢はどういうわけか風呂場があると解るほうへ進んでいった。そうしてやがて脱衣所へと着くと、そこにあったタンスを開け、しまわれていた白いシャツを今着ているTシャツの上に何枚も重ね着し始める。

 

 すると、不意に背後から誰かに尋ねられた。


「コウくん、どうしたの? 何をしているのかしら?」

「このシャツは十枚着ると完全体になるんだ。これを着て、助けに行く」

「へえ、そうなの。ところで、誰を助けに行くの?」

 

 誰って……。そう後ろを振り返ると、そこには遥か頭上からこちらを見下ろしている一人の女性がいた。

 

 まず目に入ったのは、ドレスのように腰あたりが搾られた白いワンピースである。その女性的な腰のラインに沿うようにして目を上げていくと、まるで高矢の頭に覆い被さるように大きくふくらんだ胸で視界が遮られる。背を仰け反らすようにして、さらにその上へと目を向け、


「え? お前は……先生――じゃない、桃華か?」

 

 パチパチと目を瞬く。

 

 顔立ちだけでなく、その腰ほどもある長い黒髪まで、女性は桃華によく似ていた。しかし、それにしては背が高すぎるし、顔立ちも妙に大人びている。桃華の姉のかがりだろうか? いや、それにしては目元が柔らかいし、胸が大き過ぎる。

 

 そこまで一瞬のうちに考えてから、高矢は気がついた。


「これは……夢か」

「ええ、そうよ。約束通り、迎えに来てあげたわよ」

「本当に、こんなことが……。いや、でも、なんでお前、急にそんな背が高く……」

 

 と、まるで大きな木を見上げるように上へと顔を向けつつ、高矢は再び気づく。


「いや、違うのか。まさか、俺の身長が縮んで……」

 

 両手を見てみると、まるで幼稚園児のように華奢な手指がそこにはあった。火傷の痕は相変わらず残っているが、指や関節の太さが歴然と細くなっている。腕も足も、まるでオモチャのように細く短いし、そういえば声も女のように高く細い。


 ふふっ。と、桃華はこの状況を楽しむように口元を押さえて微笑んで、


「そうね。あなたの背が縮んでしまったというのもあるけど、でも、わたしが大人になったっていうのもあると思うわよ」

 

 確かにその通りだった。茶革のブーツを履いた足はスラリとして長く、それでいて身体のラインはヒョウタンのように柔らかな流線型を帯びていて、胸の大きさも割り増しになっている。漆黒の長い髪はそのままだが、その顔立ちはやけに大人っぽく、その目元には色香が漂っている。

 

 桃華であって、桃華ではない。そんな桃華の姿を、高矢はポカンと口を開けて見上げることしかできない。桃華はスイカを入れたように膨らんだ胸元に軽く手を当てながら、


「やっぱり、驚いた? あなたに『小学生』って言われない立派な大人になりたいと思っているからなのか、それとも私の内面はこれくらい大人だからなのか、だいぶ以前から夢の中ではこの姿なのよ」

「じゃ、じゃあ、俺は……内面がこれくらいのクソガキだということか」

「うふっ、そういうことになるわね」

 

 桃華は無邪気に、しかし艶然と目を細めて微笑んで、大きな胸をむにゅりと寄せるようにしながらこちらへ前屈みになり、高矢の頭を撫でる。


「けれど、凄く可愛いわよ。ふふっ。僕ちゃん、怖いんでちゅか? お姉さんのおっぱい飲みまちゅか?」

「ふ、ふざけるな! 馬鹿野郎!」

 

 こちらが不覚にも、その胸に目を奪われてしまっていたことに気づいたのだろう、こちらを弄ぼうとしてくる桃華から、高矢は慌てて後ずさる。


「って、っていうか、なんかお前、中身まで別人じゃないか? 本当に桃華なんだろうな」

「当然でしょう? でも……そうね。確かに信じられなくても無理ないかしら……」

 

 ふむ……。顎に人差し指を当てて、桃華はしばし何かを考え込み、


「あ、これならどうかしら? コウくん、小学二年生だった時、九九が上手く憶えられなくてわんわん泣いちゃったの、憶えてる? その時、一緒にお風呂に入って、お風呂の中でその練習をしたわよね。他には……そう、修学旅行の時、二人でお化け屋敷に入ったら、コウくん、ずっとわたしの後ろに隠れて――」

「やめろ、もういい」

 

 軽く目眩を覚えながら、頭を押さえる。しかし桃華はあくまで楽しげに、


「そう? それじゃあ……早くこんな所は早く出ましょうか。可愛いわたしの忠犬さん」

 

 そう微笑み、高矢の小さな手を大きな手で包んで歩き出す。が、高矢はすぐさまそれを振り解き、


「おい、待てよ。忠犬って……お前、一体誰を犬呼ばわりしてるんだ? まさか俺のことじゃないだろうな」

「何を怒っているの? だって、あなたが自分で言ったんじゃない。夢の中であなたを起こせたら、犬でも何にでもなるって」

「…………」

 

 確かに言ったような気がする。しかし、あれは単なる冗談だ。誰が桃華の犬になどなるものか。高矢は桃華の言葉を聞かなかったことにして、


「それで、『冒険』とやらはどこへ行くんだ?」

 

 いつの間にか閉め直されていた脱衣場の扉を開けて、黒煙に天井を覆われた廊下へと出る。と、


「っと……!?」

 

 踏み出したその足に何か木の根のような物が引っかかり、前のめりに倒れた。が、後ろから腕を掴まれて身体を支えられ、


「はいはい、手を繋いで。お姉さんと一緒に行きましょうね」

 

 再び手を深く柔らかく握られる。


 息が苦しそうな様子はないが、黒煙に身を屈めるようにしながら歩き出した桃華に連れられ、高矢は仕方なしにその後ろを従う。

 

 いつも桃華を小学三年生などと馬鹿にしながら、これではまるで自分がそれそのものではないか。その恥と屈辱に歯ぎしりしながら高矢は桃華を見上げて、今さら気づく。


「なんだ、お前。その背中のデカい羽は。天使にでもなったつもりか?」

「羽……?」


 桃華は目を丸くしながら自らの背中を肩越しに覗き、そこに生えている、背中を覆い隠すように大きな白い羽を見て目を見張る。


「え? 何かしら、これ……? わたし、こんなの知らないわ。自分で生やしたのではないし、これまでこんなものはなかったし……」

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