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本心。

 山吹に連れられて目を覚ますと、桃華は飛び跳ねるようにベッドから起き上がり、まずは扉が開くかどうかを確認した。

 

 だが、先ほど眠る前に聞いた音から察するに、複数のつっかえ棒で厳重に固定されてしまったらしい扉はやはり微動だにしてくれない。しかし、だからと言って何もせずにはいられない。桃華は扉を強く叩き、叫んだ。


「お姉ちゃん! こんなことはやめて! わたしをここから出して!」

 

 お姉ちゃん! そう三度、四度と叫び続けた時、扉の外で物音がした。


「静かにしなさい、桃華。近所迷惑よ」


 扉のすぐ向こうから、氷のように冷え切ったかがりの声が聞こえてくる。高矢の命が今自分に懸かっている。そう思うと気が気でなかったが、だからこそ今は落ち着かねばならない。無闇に叫びたい衝動を深呼吸で飲み下し、静かな声で言った。


「お姉ちゃん……少し落ち着こうよ。落ち着いて、ゆっくり話をしよう? ね?」

「話って、なんの話?」

「……そんなの、決まってる。わたしたち姉妹の話だよ」

 

 言葉は返ってこない。しかし、かがりが微かに息を呑んだ気配が扉越しに伝わってきた。桃華は再び深呼吸をしてから、


「お姉ちゃん……昔の火事のこと、今でも気にしてるよね?」

「…………」

「やっぱり……そうだよね。お姉ちゃんは、あの時、わたしを助けなかったことを今でも後悔してるんだよね? 実はね、わたし、ずっとそのことに気づいてたよ。そのことだけじゃない。お姉ちゃんが、わたしとどう接すればいいのか戸惑ってることにも……。

 でも、わたしは何も言えなかった。わたしも、何を言えばいいのか解らなかったから……」

 

 扉に向かって、桃華は自らの心を正直に言葉として紡ぎ出していく。

 

 そこに誰もいないかのように扉の向こうは静かで、まるで扉に向かって独り言を呟いているようだったが、だからこそ桃華は自らの思っていることをそのまま話すことができたのかもしれななかった。


 お互い顔を合わさず、こういう形でしか向き合えなくなってしまった自分たち姉妹のことを我ながら憐れに思いつつ、桃華は続ける。


「でも、わたしのそんな態度が、お姉ちゃんを追い詰めちゃったんだよね? でも、聞いて、お姉ちゃん。わたしは本当に何も気にしてないよ。お姉ちゃんを悪く思ったことなんて一度もない。

 本当に、本当だよ。お姉ちゃんは、ずっとわたしを大切にしてくれた。今わたしがこうして楽しく生活していられるのは、お姉ちゃんのおかげなんだもん。だから、お姉ちゃんには本当に感謝――」

「やめろ、黙れっ!」

 

 突然、扉を強く叩いてかがりが怒鳴った。


「お前のっ……お前らのそういうところが私はムカつくんだよ! 私のおかげ? 私に感謝? 聖人ぶってんじゃねえよ! 心の底じゃ私を見下して嗤ってるクセに!」

「み、見下して……? わたしはそんなこと――」

「……うっ……くっ、うぅっ……」

 

 扉に押し当てた手がズルズルと落ちていくような音に混じって、嗚咽を噛み殺すような声が聞こえ始めた。姉が泣いている。その驚きに桃華が声を失うと、


「どうして……どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!」


 かがりが再び扉を殴って声を荒げた。しかし、またすぐに静かな嗚咽が聞こえ、


「私が、何をしたの……? どんな罪を犯したの……? 私は……私は何もしていない。なのに、どうして私だけがこんな目に遭わなきゃいけないの? どうして私はあのクソみたいな親のもとに生まれてしまったの? どうしてお前の姉なんかに生まれてしまったの?

 私は……私は私になんて、なりたくなかった。お前らとはなんの関係もない人間でいたかった。そうすれば、こんな惨めな思いなんてせずに済んだのに……。他の連中と同じように、暢気に生きていられたのに……」

「…………」

 

 これが姉の本心か。それを聞き出そうとはしていたものの、その言葉は受け止めるにはあまりにも重過ぎた。思わず膝から力が抜けてしまいそうになったのを堪えられたのは、高矢が今自分を信じて戦っているという、その思いがあったためだった。


「せめて、お前さえ……お前さえいなければ……!」

 

 桃華の受けている衝撃に構う様子もなく、かがりはもはや呪詛そのものである言葉を吐き続ける。だが、その言葉の後、扉の向こうが不意にしんと静まった。その静寂の中、やがてかがりがぼそりと呟く。


「そうか。お前がいなくなれば、私は……」


 再び声が途絶え、深夜の静けさが家の中に戻ると、かがりが部屋の前を去っていくような足音と、それからリビングへ続く扉が開けられる音が、静寂を伝わって聞こえてきた。


「…………」

 

 これはマズい気がする。冷や水を浴びせられたように桃華は動揺から立ち返り、背後の窓を振り返る。

 

 ここは三階だが、いざとなればあの窓から飛び降りて逃げるしかない。桃華はそこへと駆け寄り、どうしようもなく震える手でその鍵を開けようとしたが、しかし、その手をゆっくりと下ろした。


 ――コウくんが、今も戦ってる。わたしだけ逃げることなんて……できない。

 

 桃華はそう心を固め、扉へと向き直った。高矢を信じる。その覚悟には一点の曇りもなかった。

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