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すべきこと、できること。part2

 寒さのためか、緊張のためか、それとも武者震いか、小さな震えが止まらない自らの手を高矢は握り締め、


「夢の中で、桃華は人を『起こす』ことができる。でも、それは本当にアイツにしかできないことなのか? これは仮説に過ぎないが……もしかしたら、夢の中で意識を持つことができた人間なら、誰でも他の人間を『起こす』ことができるのかもしれない。

 もしそうなら、俺でもお前を『起こし』に行けることになる。それができれば……お前の緊急脱出能力で、きっと桃華を助け出せる」

「ほ、ホントにそんな上手く行くの?」

「なんだよ。何も試さないうちから諦めるつもりか?『まだ何も試してない』。俺にそう言ったのはお前だろ」

「そ、それは……そうよね。うん、そうだわ。アタシたちが諦めたら、おしまいだものね……」

 

 山吹は自らに言い聞かせるように言い、その眉間に力を込めながら高矢を見上げた。


「アタシのほうからも、お願い。もしアタシなんかにできることがあるなら、なんだってやらせてちょうだい。実は、アタシ……後悔があるの」

 

 後悔? 高矢が反芻すると、山吹は気まずそうに目を落とし、


「アタシね、桃華に夢の悩みを相談された時、『そんなの、アタシを頼れば大丈夫』ってカッコいいこと言ったクセに、実際に夢の中でXにつきまとわれたら、怖くて……最後には、あの子を放り出して一人で逃げたの。あの子を囮みたいにして、一人だけで……。

 桃華は笑って許してくれたけどさ……アタシ、今でもあの時の自分が許せないのよ」

「…………」

 

 自分も身に覚えがある。自分も夢の中では、ただ桃華に守られていることしかできなかった。そう思い出しながら、高矢は苦々しく空へと目を向ける。


「しかも、それだけじゃないわ。アタシはその罪悪感を軽くするために無理矢理あの子をアンタの所に連れて行って……結局、そのせいでアンタまで傷つけることになった。今、こんなどうしようもないことになってるのは、全て、あの時にアタシが逃げたせいみたいなものなのよ……」

 

 ふっ、と高矢は思わず苦笑した。すると、山吹は語りすぎていた自分に気づいたように顔を上げ、耳を朱くして高矢を睨む。


「な、何よ。確かに情けないけど、笑うことないじゃない」

「別にバカにしたわけじゃない。愚痴を吐いて気が済むなら、洗いざらい俺に話すがいいさ。何せ桃華に対する後悔と反省の量に関して言うなら、俺の右に出るヤツはどこにもいない。どんな後悔でも反省でも、俺が全て同情して、憐れんで、許してやるさ」

「……はは」


 驚いたようにパチパチ瞬きしてから、山吹は思わずと言った様子で表情を崩し、


「いや、遠慮しとくわ。アンタに同情されるような人間になったら、それこそお終いよ」

「その通りだ。それに今は生憎、そんな無駄話をしてる暇はない。行くぞ」

「え? い、行くって、どこによ」

 

 とぼけたことを訊いてくる山吹に、高矢は非常口のドアを開いて廊下へ戻りながら、


「そんなの決まってるだろ。俺は俺の家に、お前はお前の家に帰って、すぐに眠るんだ」

「アンタ、こんな朝っぱらから眠れるの? 夢を見たってことは、少しは寝てきたんでしょ?」

 

 山吹は寒さで足が強張ったようにたどたどしい足取りで隣に並んでくる。高矢はそれに構わず早歩きしながら、


「まあな。それに、精神的にも今すぐに眠れるような状態じゃないが……睡眠薬を山ほど飲めば眠れないことはない。早寝が特技なんだから、お前も問題ないだろ?」

「早寝って言ったって、いくらなんでもそれは夜になってからの話よ」

「夜までバカみたいに何もしないで待てと言うのか? まあ、お前がそうしたいなら、そうすればいい。俺は先に一人で行かせてもらうが」

「わ、解ったわよ。ええ、大丈夫。アタシもたぶん、気合い入れればすぐに眠れるから。だけど、あなたは睡眠薬を山ほど飲まなきゃ無理そうなんでしょ?」

「俺の心配をするのか? らしくないな、山吹」

「ち、違うわよ、別に……! あ、アタシは別にアンタなんて死のうが何しようがどうでもいいのよ。っていうか、一秒でも早く死ねばいいと思ってるし……。

 でも、桃華は違うでしょ? これからアタシたちがあの子を無事に助けたとしても、もしアンタがいなくなってたら、あの子はきっと凄く悲しむわ。そんなの、アンタだってイヤじゃないの?」

 

 アタシは別にいいんだけど。山吹は最後に再びそうつけ加える。高矢は鼻を鳴らして、


「お前が別にいいなら止めないでくれ。確かに、俺が死んだらアイツは悲しむ……のかもしれない。でも、別に俺がいなきゃ生きていけないわけじゃない。問題ない、アイツは俺と違うんだ。上手くやっていけるさ」

 

 鞄を持ったままであるため、教室へと寄る必要もなくそこを素通りすると、山吹は慌てた様子で教室へ駆け込んでいき、それからすぐ鞄片手に息を切らして高矢に追いついてきた。


 山吹は高矢の隣について階段を下りながら、まだ何か文句を言いたげに口を開きかけたが、その時、


「どこへ行くのですか、教室へ入りなさい」

 

 クラス名簿を片手に階段を上ってきた江里原と出くわした。


「せ、先生……?」

 

 と、山吹はキョドキョドと横目に高矢を見上げる。面倒なヤツに出会ってしまった。高矢は心の中で舌打ちしつつ、


「今日は休まなくてよかったのか。桃華の様子は相変わらずか?」

「……ええ」


 江里原は疲労の影が濃く現れた顔をやや伏せ、注意を重ねる気力さえ出ないように小さく嘆息しながら再び階段を上り出す。しかし、高矢はふと思いつき、その前を塞ぐように立ちはだかり続ける。


「待ってくれ、先生。一つ、頼みたいことがある」

「頼みたいこと……?」

「アンタ、まさか……!」


 と驚きの色を顔に広げる山吹に高矢は小さく頷き、その耳元で言う。


「俺もお前も、ちゃんと向こうで動ける確証はないんだ。だから、人手は多ければ多いほどいい。それに、先生は桃華の姉だ。桃華の存在を感じる力は俺たちよりずっと上かもしれない……と思うんだが、どう思う?」

「そりゃあ、そうかもしれないけど……」

「なんの話をしているのですか? さあ、早く教室へ――」

「俺たちはこれから、桃華を助けに行く」


 と、高矢は江里原の言葉を断ち切って言う。江里原と同じ段まで階段を下り、


「だから、先生。先生も力を貸してくれ。桃華の姉である先生がいてくれれば、なんというか、まあ……俺たちも心強い」

「あなたたち……まさか、この前言っていた夢の話をまだしているのですか? あんなものは所詮、くだらない噂です。あなたたちが桃華のために必死になってくれることは嬉しく思いますが……やめなさい。そんなお遊びで、あの子が帰ってくることはありません」

「で、でもっ!」


 と、山吹。


「桃華は確かにあの後――夢の中に知り合いを捜しに行った直後に意識を失ったじゃないですか。実は先生だって、何か普通じゃないことが起きてることは解ってるんですよね?」

 

 階下から他の教師が上ってきて、江里原はどこか気まずそうに目礼しながらそれをやり過ごしてから、


「万が一……あなたたちの言っていることが本当だとしたら、余計にこれ以上のことをさせるわけにはいきません。夢は人の手に負えるような場所ではない。人が気軽に立ち入ってよい場所ではないのです」

「そんなことは解ってる。でも、桃華を助ける方法はこれしかないかもしれないんだ。先生は、このまま桃華が目覚めなくてもいいのか。このまま何もせずにいられるのか」

「医師の方々が懸命に原因を探してくれています。私たちのような素人にできることは、ただ彼らを信じることだけです」

 

 決まり切ったような言葉を、仮面を被ったように硬い表情で言う。


「俺みたいな人間が言えたことじゃないが……先生、あまり悲しそうでもないし、動揺してもいないな」

「あの子のためにも、私はこれまで通り、働き続けなければいけません。大人には、やるべき仕事があるのです」

 

 江里原は高矢の脇を通って階段を上り出す。が、すぐに足を止めて高矢を睥睨し、


「ともかく、これは忠告です。絶対に、妙なことはしないように」

 

 そう言うと、それきり振り向くことなく上階へ姿を消した。


「クソッ……!」

 

 このような状況でさえ良識を崩さない江里原のカタブツさには腹が立ったが、それ以上に、桃華を助けるために必要な人間を逃がしてしまったことが悔しい。高矢が思わず拳で壁を叩くと、


「折炭……」

 

 と、山吹が高矢の傍まで階段を下りてきて、真っ直ぐな瞳で高矢を見上げた。


「アタシ、頑張るから……。アタシだけじゃ心細いかもしれないけど、二人でやりましょう。でも、その前に少し落ち着いて。今急に帰ったりしたら、親に連絡が行っちゃうわ。そうしたら、絶対にメンドくさいことになる。だから、保健室へ行きましょう」

「……ああ……確かに、そうだな」


 解った。高矢は頷いて、山吹と共に保健室へと足を向けた。

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