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夢。死の世界。不気味な噂。part1

 ロウ。

 

 桃華がそう呼んでいたあの生物は一体なんなのだろうか? あれは欲望の塊のようなものだと桃華は言っていたが、本当にそうなのだろうか? それに、あの場所は? 夢と無意識の狭間? そんな世界が本当に存在するのだろうか?

 

 自分の目でそれらを見はしたものの、いまだに信じることができない。だが、本当に自分の見たものが事実だったなら、これまでにあの世界に足を踏み入れたのは桃華が初めてではないはずだ。胡散臭い噂として扱われているとしても、何かしらの証言が残されてはいないだろうか。

 

 そう思って、高矢は昼休み、図書室を訪れて夢に関する書籍にダメ元で目を通していた。ハンカチを使って表紙に触れないよう気をつけながら次々と本を引き抜いては戻してを繰り返しているうち、ふと気になる一文を見つけた。


『夢は死への入り口』

 

 それはオカルト好きの小学生が喜んで読みそうな、ほとんど二ページおきに禍々しい絵や写真が載せられている薄い本だった。パラパラとそれを読み飛ばしているうちに目に飛び込んできたその章タイトルに引かれて内容を読んでみると、そこにはおおよそこのようなことが書かれてあった。


『夢は死の世界への入り口である。

 

 夢があの世とこの世を繋ぎ、実は誰もが毎夜、その狭間の世界へと足を踏み入れている。死んだ親や友人が、夢の中で自分に警告をしたという話は世界に数多く存在するが、それはこのためである。

 

 また、『夢枕』と言われるものも、これに類するものである。死者が夢という入り口を通ってこの現実へまでやって来て、我々に何かしらの思いを――感謝や警告、あるいは恨みを――伝えようとするのである。

 

 夢という扉によって、あの世とこの世は繋がれている。その扉を通って『彼ら』がこちらへやって来るのだとしたら、ある恐ろしい考えが容易に思いつく。


 つまり、その逆――我々が『狭間の世界』を越え、『死の世界』へと深く足を踏み入れてしまうこともあり得るのではないだろうか、ということである。自らの足でそこへと行くか、もしくは枕元に立った『彼ら』に引きずり込まれるか、そのどちらかによって……。

 

 眠りは人間にとって至上の休息である。しかし、それが永遠の休息とならないよう、我々は気をつけなければならない。』

 

 何をどう気をつけろというんだ。そう思いながら高矢が本を閉じようとした時だった。


「コウくん」

「うおっ!」

 

 不意にすぐ背後で名を呼ばれ、高矢は思わず手に持っていた本を床へ落とした。飛び退くようにしながら声のほうを向き、


「お、おい、急に声をかけるな。心臓に悪いだろ」

 

 と、声からすぐにそれと解ってはいた桃華を睨む。


「ご、ごめん……! コウくんのことだから、足音でもう気づいてると思って……!」

 

 驚いた高矢に驚いたように桃華はキョドキョドとしながら謝り、床に落ちた本を拾い上げ、こちらへ差し出してくる。が、


「いや、もう読んだからいい。戻しておいてくれ」


 顎で本の返す場所を指すと、桃華は「うん」とにこやかに頷いて、目一杯にかかとを上げて本を本棚へ返す。


「…………」


 じっと、高矢は思わずその桃華の身体を――爪先から頭のてっぺんまでを眺め回す。すると、桃華はこちらの妙な視線に気がついたように頬を染めながら、本を戻し終えた手でスカートを押さえる。


「な、何? 制服、どこか変かな?」

「いや、別に。ただ、やっぱりこっちのほうが落ち着くと思ってただけだ。あんなのはお前じゃない。お前はこれからも、ずっと小学三年生のままでいてくれ」

「だから、わたしは小学三年生じゃないったら!」

 

 思わずと言った様子で桃華は大きな声を上げて、それからすぐに手で口を押さえる。と、本棚を挟んだ隣の列からくつくつと笑い声がして、それからその笑い声の主――山吹がゆっくりとこちらの列へ姿を見せた。相変わらずの下卑たニヤケ面をしながら、


「ふふ、夢の中の桃華、セクシーダイナマイツで凄かったでしょ。アタシも初めてあれを見た時は度肝を抜かれたわ」

「ああ、もうあんなのを見るのはゴメンだ。ついでに、あんな目に遭うのもな」

「やっぱりコウくん……怒ってる、よね?」

 

 と、桃華が上目遣いにこちらを見てくる。夢の中とはまるで逆に、高矢は遥か高みからその目を見下ろし、


「当たり前だろ。あれは夢だが現実だ。夢と割り切って水に流せるようなことじゃない」

「くくっ。その様子だと、アンタ、アレに追いかけられて相当ビビったんでしょ」

「だ、誰がだ。俺は別にビビってない。なんというか、ただ単に、反射的に驚いただけだ」

「それをビビったって言うのよ」

「でも、竹ちゃんだって凄く驚いてたよ。『もう動きたくない』ってわたしに抱きついたり――」

 

 山吹は素早く桃華の背後に駆け寄り、その口を手で塞ぎつつ、


「ところでアンタ、最近、この学校で変な噂が広がってるの、知ってる?」

「噂?」

「そう。最近この学校で、眠ったまま目が覚めなくなっちゃった女の子が何人もいるらしいんだけど、それについて妙な噂が立ってるのよ」

「眠ったまま、目が覚めない……?」

 

 先ほど読んだ本の内容が、ふと思い出される。『夢は死の世界への入り口である。』。


「とりあえずは体調不良ってことで入院してるらしいけどさ……実はみんな、ずっと意識不明になってるらしいの。どんなに検査しても全然原因が解らなくて、お医者さんたちもどうしようもないんだってさ」

 

 山吹は声を低めながら言い、桃華と目を見交わしてから、


「でね、妙な噂が特に女子の間で広がってるのよ。目が覚めない人たちはみんな、あっちに連れて行かれたんじゃないか、って」

「あっちとは?」

「決まってるでしょ。……あの世よ」

「あの世? フッ……なるほど、それは一大事だな」

 

 真剣至極な顔でこちらを睨む山吹がおかしかったが、それ以上に高矢が笑って受け流したかったのは、自らの中に広がりつつある恐怖心だった。


 しかし、山吹はそんな高矢の見栄に気づいた様子もなくカッと顔を朱くして、


「な、何よ、これは笑い話なんかじゃないのよ。アンタだって、夢の中で『X』につきまとわれたんでしょ?」

「X……?」

「あの、わたしたちを追いかけてきたロウのことだよ。竹ちゃんがそう呼んでるの」


 という桃華の注釈に、「まあ仮の名前よ」と山吹はつけ足して、


「Xが犯人なのかどうかは解らないけど、ともかく目が覚めない人たちは、きっとアレと似たようなヤツに浚われちゃったのよ。だから、眠ったまま目が覚めないの。意識はもう、あっちで人形にされちゃってるのよ」

「人形? 今度はなんの話だ」

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