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童話

古伝《空の話》

作者: 15cc



 空の王には三人の息子と一人の娘がいた。一番目の息子は父の胸を借り雨を降らせ、二番目の息子が凍らせ、三番目の息子が風を吹かせた。たった一人の末娘は虹を作り、たいそう王を喜ばせては、飾り気のない兄達に嫌味を言った。

 「兄様達、父様を楽しませることも出来ないのですか?だから、婚約者の姫様方に逃げられるのです――ほら、少しは太陽の御子を見習ってはいかがでしょうか?」

 娘は、指を空の先――母の光の波を眩しそうに見つめた。

 波は、彼らの異母兄弟であった。

 「シャーラヌ」

 一番目の兄が妹を呼んだ。

 「何です、パッパ兄様」

 シャーラヌは、自分の虹で造ったドレスを翻し、苦い顔をしている兄に笑った。

 「私等は、大地の恵みのために雨を与え、雪を与え、風を与えているのだ。決して侮辱されるようなことではない」

 普段は温厚で、仕事のない日は書籍を読んでいるだけのパッパが、豪雨を降らせるときの鋭さでシャーラヌを睨みつけた。だが、そんなものは何千年と見てきた妹には効かず、「ならば何故に地の民が祈りを兄様に捧げているのに雨を降らせてやらぬのです?もう一月も経ったではありませぬか」と逆に痛いところを突かれてしまった。

 パッパは、浮かべていた青筋をすっと隠し、気弱な声で違う違うと否定した。

 「……一体、何が違うのやら。ただあの民の娘に振られたからという理由だけで、砂地ばかりの…雨が命よりも価値があるというのに祈りの岩を砕いていらっしゃる……あの娘はそのせいで死にましたよ、ええ、兄様の望む通りに干からびてオーサムテン兄様の風に流されごみ屑のように何処かへ転がって行きました」

 シャーラヌが言い終えると、パッパは号泣し、その場に崩れ落ち、「あらまあ、勿体ないこと」と追い打ちをかけらた。

 それを見て、二番目の兄が間に入った。

 彼は、シャーラヌが首をガクンと反らすほどに大きく、長く、そして見上げる妹を今すぐにでも落ちて来そうな氷柱の如く視線で貫こうとした。

 ……が、シャーラヌはまたもドレスを翻し、三歩、四歩と後ろへ下がって大きな大きな兄の方を向いた。

 「カットドント兄様、わたくしを凍らそうなどと愚かなこと。ただ美しさを閉じ込めるだけではありませんか?そうしたら、父様はどうなさるでしょう……きっとわたくしをお側に置いて下さるだけだわ。ならば、兄様の話をお聞かせしなければいけなくなるでしょうね」

 不敵な声に、カットドントは冷たい息を震わせて言った。

 「貴様が私の何を知っているというのか、式がなければこうして顔を合わせることもないというのに。最後に合ったのは貴様が生まれたときのはずだ」

 カットドントは馬鹿なことをと兄の涙を雹に変えて、妹の周囲へ威嚇した。これで妹も臆するだろう。怪我を負わすつもりはないが、先程から目障りな虹が傷付けば生意気な口も閉じるだろうとガツガツと音を鳴らしてやった。

 しかし、シャーラヌはというと、己の裾にぶつかる前にふわりと消して、挑発するようにまた七色をはためかせたのであった。

 カットドントは、意地でも当てようとした。そのせいか、たとえ本人に当てる気はなかったとは言え、雹は一回り、二回りと大きくなっていき、ついにはシャーラヌの頭の大きさまでになってしまった。

 それにはさすがのシャーラヌも驚き、悲鳴を上げて倒れた。

 「やり過ぎです、兄上!」

 慌ててシャーラヌの側に寄ったオーサムテンが兄のカットドントを諌め、いまだに泣き続けいるパッパを怒鳴った。三人は確かに兄弟ではあったが、同時に母の腹から生まれた三つ子でもあったために、吹き付けられた突風にハッと我に返った。

 「ああ…シャーラヌ、すまない…君を傷付けようと思ったわけではないんだ――」

 風で退かされた雹の下から、カットドントが彼女の小さな身体を抱き上げた。

 しかし、彼女の美しい顔は見る影もなく潰れ、しまいには虹のドレスだけを残し、跡形もなく消え去ってしまった。

 三人の兄は、その場に立ち尽くした。

 「父上にこのことが知られてしまったらどうなることか――」

 オーサムテンがドレスを握り締めた。

 「……知られないようにしてしまおう」

 パッパがごくりと唾を呑んで言った。

 「そんな――……一体どうやって?」

 「母上にお願いするのだ。私の勤めのときには父上は継母の元だ、見てはいらっしゃらない。母上がいらっしゃらないときにはこのドレスを地に渡そう。そうすれば婚約者の御子にも知られまい。――もし!手を伸ばそうものならお前が邪魔をするのだ、オーサムテン」

 パッパは弟の両肩をぎっちと掴み、揺さぶった。しくじれば全てが終わりだ、と脅して。

 そして、最後にカットドントに言い付けた。「お前は、地の果、地よりも深く、留まることを知らず、父上の目に入らぬ氷山の下に身を潜めるのだ。わかったな?父上が知れば――波のヨウにばれてしまえば、私らとは違うお前は本当に消えてしまうだろう」

 その言葉にカットドントは反応したが、兄の目を見て口を閉ざした。己が消えることは、兄と弟も消えること……暴走した己だけでは、お気に入りであるシャーラヌが消えたことを父は決して赦してなどくれない。兄は泣き、弟は何もしていないのだから、カットドントは頷く以外出来なかった。

 

 こうして、兄は生みの母にだけ事情を話し、同情と愛情の元に匿って貰い、父の目がない内にオーサムテンの風でカットドントを遠い遠い地へと運ばせたのだった。

 

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