お題 「肌寒い哀れみ」
公園で出会った彼は服を着ていなかった。
どうして裸なのだろうかと僕が訊ねると、彼は自慢げに言ってみせた。
「これは馬鹿には見えない服なんだ! 凄いだろう?」
思わず僕は吹き出してしまった。
「ははは、君はもしかしてどこかの国の王様だったりするのか?」
「そうだったら良かったんだけどね、生憎僕はお金がなくて、売ってもらえる服がこれしかなかったんだよ」
彼も同じように笑って答える。
騙されてるんじゃないだろうかとも思ったが、その自嘲気味な言い回しから、どうやら服を売ってもらえなかったのだと察した。
まだ幼い少年だった。
身に纏うものがないから身なりから判断することは出来なかったけれど、貧困にあえいでいるのは容易に察することが出来た。
「……寒くはないのかい?」
「全然! この服のおかげで夏は涼しいし、冬は暖かいんだ!」
「そうか。なぁ、君は何故こんなところにいるんだい? 家へは帰らないのか?」
「家は焼けてしまったんだ。ボロ屋だったから何もかも簡単に燃えてしまって、僕以外にも色んな人が帰る場所を無くしてしまった」
「そうか、それは災難だったね」
「うん。それで、着る服もなくなってしまったから市場に行ったら、こんな素敵な服に出会うことが出来たんだ」
話しを聞くと、店の人間からこれだったらタダで売ってやると言われたらしい。
確かにその服に原価はかかっていないだろう。体のいい厄介払いの謳い文句だ。
そして彼は、道行く人間の反応から、どうやら世の中の人間は馬鹿が多いのだと気付いたらしい。
皮肉にもそれは間違っていないように思う。
こんな有様の子供を奇異の目で見て放っておくのだから、その市場には馬鹿しかいなかったに違いない。
ベンチに二人で腰をかけ、そのまま少年の話しを聞き続ける。
彼はまるで自分の状況から目を背けてるいるかのように、終始明るい調子だった。
やがて雨が降り始めた。
彼は立ち上がり、またしても自慢げに言う。
「雨が降ってもこの服があるからまったく濡れないんだ!」
そう、無邪気に自慢げに、両手を広げ見せびらかすような素振りで言ってみせた。
そして僕は気付いた。
確かに彼は、雨に濡れている様子がないのだ。
ふと視線を落とすと、彼が座っていたはずのベンチは何も座っていなかったかのように、雨に濡れていた。
――あぁ、そうか。そうだったのか。
「そうだね、見えないといった言葉は訂正するよ。とても立派で便利な服だね」
「そう? じゃあお兄さんは馬鹿じゃないんだね!」
「いや、君の言う通り、世の中は馬鹿ばかりさ」
紛れもなく、馬鹿には見えない服など存在しなかった。
けれど、僕にしか見えていない存在がそこにいた。
彼越しに、申し訳程度に供えられた一輪の花を眺めながら、僕はどうしようもない遣り切れなさを感じた。
触れることが出来ないと分かりながらも、上着を脱いで彼が座っていたベンチの上にかける。
降りしきる雨が、僕の身体と心から熱を奪っていった。